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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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そして肩を落とす。


六年前も、そうだった。

あの日、今世で初めて料理に挑戦した私は見事に料理を丸焦げにし液状化させた。包丁で惨殺したのは林檎だった分、まだ可愛いものだったなと今は思う。生肉のグロさと比べれば、遥かに。

せめて今回の調理メニューが魚料理ではなく鶏肉と野菜のスープだったことが救いだろうか。これで魚丸ごと捌くようになったら、確実にモザイクしないといけない現場になる。

そして充分凄惨な惨殺現場を前に、私は改めて思い知る。生まれながらに与えられた頭脳や戦闘力のチートと引き換えの呪いを。

この私、ラスボス女王プライド・ロイヤル・アイビーは料理ができない。

典型的な我儘女王であるプライドは、ゲームの世界で一度も料理など当然したこともない。その結果、そのプライド本人である私は今世で全く料理ができない。もう第一作目の出番は終わったし、呪いも都合良く解けてないかなと正直ほんの少しだけ期待もしたけど駄目だった。チートも呪いも一生ついてまわるらしい。この呪いから解放される方法は現時点で判明しているだけでもたった一つだけ


「ジャンヌさん……、もう一度やってみましょうか……?」

ひぃっ。

私の隣に並んだ講師からのリテイクに喉が干上がる。

これ、ちゃんとできるまで帰れません的なやつだと速攻で理解する。

四散したのとは別の残された肉塊を前に、講師に言われた通り切って見せる。まるでバイオリンの練習中かのように「そこ力いれないで」「左手はそのままで」「そこで真っ直ぐ引くように……」と口で言われてもやっぱり四散してしまう。駄目だ完全に私も鶏肉も公開処刑になっている。

肉が削げ、薄切り肉を形成してしまったところで講師が後ろから二人羽織のように手をとって切り方を伝授してくれる。……うん、これって二人羽織というか小さい子ども相手にやってあげるやり方よね。私、見かけだけでも十四歳なのに。実年齢に至っては十九歳なのに。

講師にやってもらって自覚した途端、顔がだんだん熱くなる。このポージング自体恥ずかしい。周囲でくすくす笑いされてないだけマシだけれど、代わりに小鹿が自分の足で立つのを待たれているかのような凄まじい注目を受けてしまう。

私の班だけでなく、気が付けば調理室全体が私を見てる。そして講師の先生の二人羽織によってお肉に包丁を入れてみれば


ズリュンヌッ

……やはり駄目だった。

呪いの発動だ。ほとんど力を入れていないにも関わらず、私の手を握った先生まで手元が狂い出す。あれ?と何度か息遣い程度の掠れた音で聞こえたけれど、どうやっても講師の思い通りにいかないらしい。

私が力を入れてないのは講師にもわかるみたいだけれど、私とセットで料理スキルが地に落ちている。うん、料理ができる人と一緒にやれば良いというわけではないのよね。

私の呪いを解けるのは現時点でティアラだけだ。

ゲーム内で攻略対象者と一緒に料理したり、料理を教えてあげていたティアラの恩恵を受けている時だけ、私も料理が普通レベルまで扱える。

それに対し、講師のエイダ先生は残念ながらゲームに登場すらしていない。調理実習自体、第二作目のゲームにはない。そしてジルベール宰相が調理講師の為だけに呼んだ特別講師なのだから、ゲームにいなくて当然だ。調理実習がなければ学校に呼ばれることもない。

その後も何度か挑戦してくれた先生だけど、やはり何度やっても駄目だった。私一人に時間を大幅にかけてしまった上、このままだと逆に私か自分の手を切りかねないと途中で判断したらしい先生はそこで諦める。

私から手を離し、若干青い顔でまじまじと見返してから生臭くなった手を拭いた。そのまま他の班が既にスープを煮た立てているのを確認すると、とりあえず他の女子に残りの肉を切るように命じた。……そのまま、怖いものを見る目を私に向ける先生は若干怯えていた。

顔が強張ったままの私を見返し、必死で優しい笑顔を作ろうとして痙攣らせる。何度か口の中を飲み込んだ先生は、この上なく優しく気遣う声で私に一言かけた。


「……ジャンヌさん。今日、放課後に補習を行います。…………頑張りましょう」


居残り決定。

その言葉に、私は小さく口を開けたまま愕然としてしまう。

補習……基本的に四限で終わる学校だけれど、あまりにも授業では学習が間に合わなかったり結果が酷い生徒だけが任意で受ける、いわゆる居残りだ。

教師に許可か、もしくは指示を受けた時のみ行われるこのイベントは仕事があるとか理由があれば断れるけれど、基本的には本当に必要な生徒への救済処置でしか行われない。つまりそれにゴーサインを私が受けたということは、……そういうことだ。

がっくし、と肩を落とす私に何人かの女子が慰めてくれる。その後なんとか他の女子の頑張りのお陰で完成には間に合った我が班だけれど、何とも気まずさが残ってしまった。

「ジャンヌは頭が良いんだから」と何度もフォローを入れられながらの完成後の試食会はまるでお通夜だった。どっかの班が調味料を入れ過ぎたとかで倍以上薄めないといけない結果になったけれど、それすらも私の惨状後では印象は無に等しくなった。

チリチリの細切れ肉の混ざった野菜スープを食べながら、……どうやってステイルとアーサーに補習の言い訳をしようかと考える。

本当に本当に知られたくない。今の今まで料理できる体で色々作って食べてもらったことがある私だけれども、こんなヘンテコ体質の呪いが持続中とだなんて知られたくない‼︎

食後に食べ終えた食器回収を率先してやりながら、ダメ元で班の子達にこのことは秘密にして欲しいとお願いしてみる。噂好きな女子で〝秘密〟が〝絶好の話のネタ〟になることはわかってるけれど、それでも藁に縋ってしまう。

食器の音で若干聞き取り辛くなりながら返事を待てば、目配せし合った彼女達からまさかの質問で返された。


「フィリップとジャックも知らないの?」


知らない。

というか、昔はそうだと知っていたけれど今はできると思ってくれている。そう正直に答えれば、彼女達は一応は秘密の方向で頷いてくれた。「確かに男子に知られたら恥ずかしいわよね……」と同意してくれた彼女らの言葉に頷きながら、本音は男子ではなく二人ピンポイントで知られたくないのだと思う。セドリックとパウエルにも同様に。

だけど人気男子二人にだけ知られたくないとか、そんな女子全員の殺意を買うようなことを言える筈もない。


「え、ええ。このままだとお嫁にも行けなくなっちゃうわね……」

あはは、と不出来な笑いと最もらしい動機で誤魔化す。

実際、担任のロバート先生にはそう言い張っているし、筋は通っている。皿を割らないように細心の注意を払いながら流し台の水桶に重ね、近くにいる他の女子が食器を洗ったり拭いたりしてくれる。


「フィリップかジャックならきっと気にしないから大丈夫よ」

……一体どういう意味だろうか。

確かにあの二人は料理できないくらいで私に幻滅するような人じゃないけれども、微妙に文脈が行き違っている気がする。いや、ステイルとアーサーにも料理を隠しているという発言に関しての方のコメントか。まさか一つ前の返事をされるとは思わなかった。

目を向けてみれば、以前校門まで一緒に帰った女子チームの一人だ。彼女の発言に他の子達もうんうんと頷いて笑っている。何人か逆に思い詰めた表情の子もいるけれど、この明暗分かれた表情は何だろう。気がつけば同じ班の子だけではなく皿以外担当以外の殆どの女子が集まっていた。首を捻りたくなりながら、私も重ねた食器から一枚取り皿洗いに参加する。……その直後。


ガシャンッ、と。皿が割れた。


「…………」

割った本人の私だけでなく、稜にいた同班の女子もこれには絶句する。

サササッ、と一歩二歩と全員が私から距離を取る。……これは仕方がない。基本的に学校の備品は全て無償で貸出こそ可能だけれど、代わりに壊したり無くしたら全額弁償だ。誰でも入学できる無償の学校だからこその絶対規則でもある。そうしないと勝手に授業で使う書物やペンとかの教材を売って稼ごうとする人間が現れてしまうからだ。

今も、割ったのが自分ではないと無実を示す為の行動だろう。皿一枚でも弁償となれば家庭には結構な損失だ。私から「ごめんなさい、お皿を割ってしまいました」と言葉にして犯行を認めれば、その途端一気に彼女達が破片を拾うのを手伝ってくれる。

講師が遠目から「また?」と言わんばかりの眼差しを私に注いで苦笑いしたけれど、名簿から皿一枚分弁償のチェックと怪我はないかと確認をされただけで事なきを得た。


「ごめんね⁈私が変なこと言ったから!」

「ジャンヌは皿洗い続けてて。私達が拾っておくから」

私が弁償することになったことで気負ってくれたらしく、青い顔で女の子達が床に膝を折る。怪我をしないようにハンカチ越しに摘んだり、ホウキを持ってきてくれる子も現れた。……ちゃんと話しながらも私は細心の注意を払って洗っていた筈なのに。

そう思いながらも、彼女達にお礼を返した私は改めて皿洗いに戻った。話題が止まったことで再び皿洗いに集中する。食器を手に取り、水で流しながらゴシゴシと汚れを擦れば


ガシャンッガシャガシャンッ。


「……………………………………….………...…」

今度は水桶の中で割れた。

おかしい。私、腕力はちゃんと凡人の筈なのに。

ゴリラの方がよっぽど上手なんじゃないかと思うほど、盛大に真っ二つになる。これにはもう絶句どころか女子も講師も凍結した。私も皿を持っていた手のままで固まってしまう。カチッ、と教室にかけられた時計の針の音が浮き立って聞こえた気がした。

時計人形のようにガチガチと私は彼女らに振り返る。まだ一枚目の皿を拾ってくれていた女子達は床で膝をついたまま私を見上げている。音で察しはついているのであろう彼女達の顔色はかなり悪い。

血の気が引いて真っ青な彼女らに私は掠れた声で「ごめんなさい……」と謝罪した。現行犯での自白に、女の子の一人が勢いよく立ち上がる。


「じゃっ、ジャンヌはテーブルを拭いてて‼︎私が後はやっておくから‼︎」

ね⁈と半ば強制的に回収された私は、背後から押されながら流し台から退場させられた。これ以上、私に皿を割らすまいと思ってくれたのだろう。

その後、授業を締め括った後に講師から皿の弁償請求書とそして放課後の補習説明を受けることになった。女子達が次々と慌てた様子でひと足先に教室を後にしていく中、講師の話を聞きながらも私は考える。


……よくよく考えれば、皿洗いも女王には縁のないスキルだったわよね。


そもそも料理が壊滅的である根本的な理由を思い出せば、結論はすぐだった。

皿を割った原因は、私の腕力が突然ゴリラになった訳でも、新品の皿が割れやすくなっていたわけでもない。ゲームの呪いで家庭的スキルゼロである私にこれも必然だったのだと思い出す。

講師にお詫びを入れながら教室の扉を開いた時には、もう結論は一つだった。


「ありがとうございました。放課後も宜しくお願いします」

ペコリと頭を下げ、教室を出て扉を閉める。

講師のぎこちない笑顔が一瞬だけ目に入り、焼き付いた。

ちょっぴり泣きたくなりながら溜息だけで自分を誤魔化す。既に誰も居なくなった廊下はガラリとして誰もいない。講師との話もそこまで長くはなかったし、いつもなら廊下の先くらいには人が居てもおかしくないけど今日は無人だ。

まぁそれもその筈だろう、今日は大事な特待生試験があるのだから。


「……っと。私も急がなきゃ」

今頃、ステイルとアーサーはもう教室に飛び戻ってきている頃かもしれない。

早く教室に戻って、試験会場でファーナム姉弟を探さなくちゃ。クロイには来るなと言われてしまったけれど、やっぱりそうもいかない。あのまま放って置いたら本当に試験に影響してしまうかもしれない。せめてちゃんと誠心誠意尽くして謝りたい。

走らない程度に足を速め、廊下を抜けて階段に飛び込む。やはり大半の生徒は最上階の試験会場に向かっているのか不気味なほどに人がいない。あまり時間が経っていない筈なのに、もう試験が始まっているのではないかと錯覚してしまう沈黙に余計焦る。手摺りに掴まり、反対の手でスカートをたくし上げて高等部の階段を登る。途中の階まで到達したところで急ぎ中等部へ繋がる渡り廊下へと向か








ぐいっ、と。







「えっ……ッン⁈⁉︎」

突然、教室の扉が開いたと思えば真横から腕を掴まれた。

直後には振り向く間もなく別の手で口を塞がれた。それ以上声が出せなくなり、目を白黒させてる間に中へと引き込まれピシャリと扉が閉められた。

私が入り切るのを待たずに閉められた扉の間にスカートの裾が挟まれる。服に引っ張られて一瞬前にも詰まる私だけど、それ以上の力で無理矢理引っ張り込まれた瞬間にビリリッ‼︎‼︎と不吉な音が響いた。扉に服を挟まれていた筈の私は、そのまま背後の力によって教室の奥へと引き込まれる。

え、何、誰、というか今の音は⁈と、意味がわからないまま閉められた扉を凝視すると、今度は内側から鍵までかけられた。……あれ、待って。内側から鍵を閉められるということはここって無断使用不可の教室なんじゃ。

カーテンの閉め切られているのか、教室は全体的に薄暗い。そこまで理解が及んだところで、私の口を塞ぐ手の主とそして扉の鍵を閉めた生徒が潜めた声で囁き合った。両方とも私の知らない声だ。


「見られてねぇな?」

「良いから!縛るの手伝え‼︎」

あまりにも物騒過ぎる彼らの台詞に、第二作目でこんなイベントあったかしらと呑気に思う。その場合、被害者は私ではなくアムレットになる筈なのだけれど。

閉め切られた薄暗い部屋、鍵の掛けられた扉、私より明らかに力のある男性二名。口を塞がれ、縄なのかシュルルッと擦れる音が聞こえる中。


…………取り敢えず、悲鳴を上げたスカートの状態が今は一番気になった。


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