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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ82.支配少女は肩を落とす。


「ではジャンヌ。この後ファーナム兄弟が来ますが、くれぐれも勉強に集中させてくださいね」


一限目終了後、移動教室へと準備を始めるステイルに再び釘を刺される。

ええわかっているわと返しながら、私も口角がわずかに引き攣った。もうステイルの中では私は立派な問題児なんだろうなと思いながら、心の中で反省する。にっこりとされた笑顔が若干黒い気がするし、腹黒策士ならぬ腹黒家庭教師がちらちら垣間見えている。

続いてステイルの隣に並んだアーサーがぺこりと小さく頭を下げてくれた。


「終わったら速攻で俺もフィリップも戻ります。なので試験会場に行かず教室で待っててください」

本当にすぐ戻るンで、とアーサーにも言い聞かされる。勿論よ、と返せば今度は苦笑してしまった。男女別の選択授業の度そうだけれど、本当にお留守番する子どもみたいなことを言われる。教室から出ないように、知ってる子でも付いていかないように、誘われても自分達が戻ってくるまでと断るように、もし万が一のことがあれば合図の指笛を鳴らすように、ヴァル達やセドリックにうっかり話しかけないように、窓からは飛び降りないように、と。

二人が戻るまで待つようにも何も、毎回二人とも授業が終わった途端にどこの教室にいても校庭にいても一番に教室に帰ってきてくれるから大して待ったことはないのだけれど。

瞬間移動を使っているんじゃないかと思ってしまうほど、二人とも合流が凄まじく早い。授業とは関係なく汗をかいて合流してくれるステイルと、息一つ乱してはいないけれど代わりに銀縁の眼鏡をずらしたまま帰ってきてくれるアーサーは毎回ここで一番体力を使ってくれている気がする。

でもそれだけ二人とも私のことを心配してくれてもいるんだろうなと思うとちょっぴりくすぐったくもある。

いつもの通り二人を席から見送り、廊下に消えていくまで手を振る。次は女子のみの授業の為、見回せば教室には女子しかいなくなった。毎回この時間だけはボッチになったり、五日前からは時々女の子達の会話に混ぜてもらったりしていたのだけれど、今日だけはちょっと違う。


「ジャンヌ。……入っていいよな?」

「うわ……本当に女子ばっかり」


ディオスとクロイが顔だけを覗かせて廊下から声をかけてくる。

二人のクラスは男女別の授業が二限目ではない。だから今朝と同じように授業が始まるぎりぎりまで勉強することができる。……といっても、本当に二人とももう勉強する必要がないくらい完璧なのだけれど。

他クラスというだけではなく、今や女の園感の入りにくさにディオスがきょろきょろと教室内を見回し、クロイが眉間に皺を寄せる。私から大丈夫よと手招きで呼べば、二人とも恐る恐るといった様子で歩み寄ってきた。

早速アーサーとステイルの席だった場所に腰を下ろす二人は、また持参した紙の束を広げてくれた。もう書いてない項目はないと言えるくらい、みっちり紙には文字や説明が書き込まれている。今朝の答案しただけの束ではなく、こっちは復習用の紙束だ。

既に何度も目を通して捲ってを繰り返したであろう紙は皺ができて端の方はヨレヨレだった。


「じゃあ早速始めましょうか」

ステイルにも釘を刺されたことだし。と思いながら、私は二人にぱんっと軽く手を叩いてみせる。

どの授業内容を確認したいかと尋ねれば、二人もすぐにそれぞれ紙の束から示してくれた。

男女共有の授業内容は、主にその人個人の理解力や学力を引き上げるための科目と、我が国の民として覚えておくに越したことはない知識関係だ。国語……主に文章の読解問題や、文字の読み書き。計算問題やお金の価値、簡単な法律と罰則、周辺国関連知識、国内の地理歴史、他国への移動方法、貿易、営業や書類制作方法、国内の店や施設機関の詳細、王族、祝日や式典、行事についても教えるようになっている。

男女共有の選択授業になれば、もっと専門的な歴史や法律、特殊能力、経済学、交渉学や商売学、歴史、貿易、利益の取り方、自営業の種類とそのメリット、デメリットとか、それぞれが深めたいものや将来に役立てられそうな内容を選べるようにしている。

そして今回、特待生試験では選択科目は外されて試験内容は必修科目だけ。更には一週間だけの授業内容だから、必修科目の中から項目もたった一握りの数科目だけだ。

必修科目の授業はそれなりに絞られているから、多数ある選択授業のようにクラスによってのバラつきはない。前世の英国数理社くらいの大きな科目の中でそれぞれ教えるように設定してある。

二人に改めてそれぞれの授業内容を指さしながら口頭で説明していく。二人ともやっぱり説明される前からちゃんと理解していて、細かく何度も頷いて話を聞いていた。

気が付くと、二人とも同じ手で同じポーズで頬杖をついていたから思わず笑ってしまう。そういうクセは一緒なのだというのが可愛らしい。


一区切りつき、解説が終わるともう予鈴が鳴るまで三分もなかった。そろそろ区切りも良いし……と私が切り上げるべき声をかけると、二人も時計の方へ振り返った。小さく声を洩らした後、机の上に広げた紙を纏め出す。一枚一枚丁寧に重ねてまとめる二人の作業を私も手伝っていると、不意にクロイが小さく口を開いた。


「…………まだ僕は信じてないから」


ぽそっ。と呟かれた言葉は小さくて、偶然顔が近づいていなかったら拾えなかった。

どういう意味かと顔を上げれば、クロイの若葉色の瞳が至近距離で私の視線と合わさった。じっ……と私を見つめたままそれ以上何も言おうとしない彼らは、それ以上口を結んだままだ。纏め終えた紙の束をトントンと最後に机で叩いて揃える間も私から目を逸らさない。

クロイの視線に気が付いたディオスが「クロイ⁇」と彼へ首を捻った。すると「なんでもない」と一言切り、ぷいっと私から顔ごと背けてしまった。一体どうしたのだろう。

そういえば昨日も見送りの間際に同じようなことを言われたなと思い出す。つい数日前まで彼らを追い詰めていた私が彼の信頼に値しないということか、それともそれだけまだ試験への不安が強いということか。

私自身が信頼されないのは仕方ないとして、ここまで学習してまだ点数を取れないと思っているのなら少し心配だ。

いくら一生懸命勉強しても、最後に自分を信じられなかったら変なところで凡ミスしてしまうことはよくあることだ。その時までは平然としていたのに試験が始まった途端頭が回らなくなって実力の半分以上も出せないとか。受験戦争とかでは特にある現象だ。

紙の束を両手に抱えたままディオスが「なんだよ!」と仲間外れにされたことを怒るように唇を尖らせるけれど、やっぱりクロイはそっぽを向いたままだ。それどころか「じゃあまた」と一言だけ残して教室に帰ろうとする。ディオスが「なんだってば!」と言うけれど、全く聞こえていないように無視をした。そのままスタスタと去って行こうとする二人の背中に、今度は私から声を掛ける。


「クロイ、ディオス。私のことは信じなくて良いから、自分のことを信じなさい」


ぴたっ、と。

彼らの名前を呼んだ直後から、背中を向けた彼らの足が止まった。すぐに振り返ってくれたディオスに反し、クロイは私に背中を向けたままだ。それでもかまわず、私は再び彼らへ言葉を続ける。


「信じる価値があるほど頑張ったのは他ならない貴方達なのだから。……先を諦めるべき人なんて、この世のどこにも居はしないわ」

本当は試験前に掛けたかった言葉をそのまま今言ってしまう。

けれど、クロイがそんなに私か自分かを信じられないなら、それだけでも早く気持ちの整理をつけてあげたかった。

ディオスもクロイも結局はお姉様と兄弟の為に自分を犠牲にしようとする子だ。もし、万が一にもまだ「もし試験が駄目だったらその時は自分が働いて……」と思っているなら今のうちに否定したい。今彼らが考えるべきなのは、諦めずに済む未来の方だ。その希望は絶対佳境に立たされた彼らを助けてくれる。

振り向かないクロイに反して、ディオスは目が丸くなった。クロイと私を何度も身体ごとつかって振り返り見比べては、最後に弟の背中の裾をくいくいと引っ張った。

返事がわりにクロイは動き出したと思えば、再びずんずんと廊下に向かって進んでいってしまう。クロイの後を追いかけるディオスもひよこのように続く。クロイに言葉が届いたかはわからないけれど、去っていく彼らにもう一度だけ元気づけるべく「あ、あのっ……」と声を掛ける。

「昼休みに、またね。三人揃って特待生になれたらお祝いもしま」



「もう良いッ!来ないで良いよパクリばか‼︎‼︎」



ぐわっ!!と、クロイが怒鳴った。

突然尚且つクロイ単体での怒声なんて珍しい気がして目を皿にしてしまう。

怒鳴りと共に私の方に振り返った彼は顔が真っ赤だった。一体なにをそんなに怒らせてしまったのかと思うけれどわからない。歯を剥き出しにして怒鳴った彼は、顔の筋肉全てに力が入ったように険しい表情で私を睨むと、今度は二倍の速足で教室から出て行ってしまった。

ガチャンッ!と扉を勢いよく開けた直後、「じゃあね!」と怒り百パーセントの声色で叫ばれ、ディオスがあわあわとした表情で「ごっ、ごめん……」とそれに続いて行った。……どうしよう、逆効果だったかもしれない。

行き場のない手を僅かに彼らの方向へ伸ばしたまま、口がぽっかり開いて固まってしまう。まさかの直前で彼らの気持ちを波立たせることになるなんて。

しかもまた「ばか」と言われてしまった。来ないでということはもう試験会場にも来るなということだろうか。だとすれば相当怒らせた。

せめて試験が終わった後ならいくら怒られても良かったけれど、試験前に神経逆なでてしまったショックに私も頭が働かない。この後の彼らのことが心配で仕方がなくなって、席から腰を上げたまま立ち尽くしてしまう。扉がディオスによって閉じられるのと、二限目の予鈴が鳴るのは殆ど同時だった。

ステイルにあそこまで釘を刺されたのに最後の最後でやってしまった。どうしよう、本当に本当にどうしよう。

クロイに来るなと言われたからには行かない方が良いだろうか。だけど、フォローするチャンスは次しかない。それにクロイは来なくて良いと言っても、ディオスのことも心配だし……このまま蟠りを残したまま試験を受けさせるのも心配だ。本当に本当になんで私はこんな余計なことをしてしまったんだろうと自己嫌悪が襲う。人生の掛かった試験直前に精神攻撃をしてくる生徒なんて、それこそ極悪この上ない。

まさか、ゲーム補正でこの世界でもラスボスプライドが悪役になるように運命づけられているのではないかと馬鹿なことまで考えてしまう。完全にゲームへの責任転嫁の逃避だ。

茫然としていると、また教室の扉が開いた。

二限目の担当教師が「はい、では席についてください」と声を掛ける。すとん、と腰が抜けたように私はそのまま元の席に着地する。未だ視線は彼らが帰っていった扉に刺さったまま動かせない。よそ見をしている最後列の私に気にせず、初めて聞いた声で話す先生は自己紹介を始めた。「エイダ・キャンベルです」と名乗る年配の女先生は説明を聞くと、教師ではなく講師らしい。つらつらと話をした後に、早速本題をと今日の授業内容を発表する。



「本日の選択授業は〝料理〟です。これからまず皆さんには高等部一階の調理室へ移動してもらいます」



くわしい内容はそこで説明します。と続ける教師の言葉に、サァーーッと怖いくらい血の気が引いていく。

講師の引率に従う女子生徒の流れに沿って廊下へ出たところで逃げようかなと悩んでいると、五日前に校門まで帰ったことのある女子達に「一緒に行こっ」と包囲されてしまった。判断が一秒遅かった。仕方なく集団調理実習ならもしくは回避も!と微かな希望を抱き、逃走欲求を抑えて足を動かす。


早速、ファーナム兄弟の試験前コンディションを最悪にした天罰が下った。


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