そして配達人は考える。
「……その辺で食うぞ。宿もだ」
仕方なく小袋から飯代を配る。
いちいち王都に戻るのもめんどくせぇ、さっさと食って安宿探して寝酒する。
一声で返事をしたガキ共は、それぞれ両手で包むように銀貨を持つと目を輝かせて駆け出した。城下でも大して治安も良くねぇのに、好きな店を探して人混みの中を突っ切りやがるから見ているこっちは面倒でしかねぇ。
右手の店に果物を見つけたセフェクが列に並び、ケメトが肉を探しに左手の道を駆けていく。
もうセフェクは身体もでかくなったし小脇に抱えて運ぶのは難しくなったが、力尽くならどうにでもなる。しかも一応女だから余計に狙われやすい。ケメトなんざまだチビの所為で簡単に袋に詰めて運べる。
……本当なら。主のことさえなけりゃあ、もっとすんなりガキ共を置いて行けた。
今日だって俺がこのまま配達で遠出だ言えばガキ共もここまで引っ付いてこなかった。俺までガキ共に混ざって備えてねぇといけねぇからこうなる。今のところ最初に言った通りに主達のことも探そうとはせず、俺との関係もバレねぇように隠してはいるらしいが長引けば長引くほどボロも出る。ケメトはさておきセフェクは口を滑らせやすいから余計に安心できねぇ。学校の話も毎回長いのはセフェクの方だ。
結局ガキ共と居る時間も配達をする前と比べれば大して変わらねぇ、むしろまだ多い。
「ヴァル!買ったわ!ケメトを迎えに行きましょう!」
最初に買い終わったセフェクがリンゴを二個抱えて戻ってくる。
もっと高いもんでも数買っても足りる量を渡しても毎回余らせやがる。王都の市場でも中級層の市場でも味に大してこだわりも無いらしい。以前に貧乏舌だと言ってやったら「ヴァルだってお酒なら何でも好きじゃない!」と言い返された。ンなもんまで俺に似ねぇで良い。
片手ずつリンゴを掴み、右手のリンゴに早速齧り付いたセフェクを連れてケメトへ向かう。人混みの中でチラチラと寝癖がかった髪が上から見える。
思った通り、ケメトが並んでいた店は肉だった。列から外れ、吊るされた肉を馬鹿みたいに口を開けたまま見上げるケメトにセフェクが声をかければすぐ振り返った。
「すみません、どのお肉にするか悩んじゃって……この中に僕が食べたことないのってありますっけ⁇」
「大概食ってる」
店を選ぶのも面倒になったから俺もここで買うことにする。
大概俺もケメトも肉を食うからか店も被りやすい。先に選ぶぞと店主に一つ吊り下げられた肉を注文すれば、ケメトが「じゃあ僕はその隣のでお願いします!」と声を上げた。金やってんだからテメェで買え。金を店じゃなく俺に払おうとするケメトに舌打ちし、取り敢えず先に肉二本分の金を纏めて払う。
店主が生温かい眼差しを俺とケメトに向けた後、わざわざ膝を曲げてケメトの分の肉を手渡した。「大きくなれよ」と声を掛け、ケメトがそれに返事をするこの往来も見飽きるを通り越してもう慣れた。次に俺にも肉を手渡せば「アンタの奢りかい?」と、してやったり顔で笑われる。こっちの生暖かい眼差しはまだ慣れねぇ。毎回殺したくなる。
ちゃんと払いますよ!と俺に銀貨を押し付けようとするケメトの手を払う。セフェクまで便乗してテメェの釣りを返そうとしやがるから早足で先に行く。テメェらが稼いだ分なんだから勝手に使えば良いってのに、未だ余分な分は俺に持たせやがる。
「要らねぇ。明日の飯代の足しにしろ」
「そっちはもう貰ってるでしょ‼︎」
「じゃあ今度は僕がヴァルに奢ります‼︎」
うぜぇ、と今度は声に出して唸る。
肉に噛り付きながら酒を探すが、このまま立ち止まると本当にガキ共に奢られそうだと思う。
仕方なく目についた酒を二本ぶん取り、店主に金を叩きつける。「釣りはいらねぇ」とだけ言えば、馬鹿に釣りだと追われる面倒もなくなる。
「ちょっと!またそうやって無駄遣いする‼︎」
「もっとお酒貰わなくて良いんですか⁈!」
最近はセフェクが金にとやかく言う事が増えてきた。高いもんや量を買うのは気にしねぇくせに、多く払うことだけは「勿体無い」らしい。
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら俺の横まで駆けてまで並ぶガキ共に諦め、速度を緩める。このままだとケメトが転ぶ。
市場を抜け、広場に開けたところで適当な壁にもたれかかる。俺達以外にもちらちらと飯を食ってる男女だのガキ共だのが、ベンチや古びた花壇に座っている。広場の端からは下級層のガキがコソコソ物欲しそうに覗いてやがる。物乞いじゃねぇってことは盗みかおこぼれ目当てか。
取り敢えず荷袋と酒を下ろすのは止める。盗まれたところで逃しはしねぇが、報復にぶち殺せねぇのがうざってぇ。その間もガキ共は何も言わずむしゃむしゃと手の中の物を食い始めた。
両手が酒と肉で塞がって面倒くせぇ。肉を咥えてそのまま肩に下げていた荷袋の中に酒を一本押し込んだ。砂が溢れて半分程度布の口から顔を出したが、そのまま口を絞って担ぐ。もう一本の栓を抜いて飲んだくれながら咥えていた肉に齧り付く。
「ヴァルは何のお肉にしましたか?僕のも美味しいですよ!」
食ってる最中に骨ごとケメトが肉を突きつけてくる。
何の肉かは買った時に見たから知っている。ケメトの手のまま齧り付けば思った通りの味だった。
どうせ適当に選んだんだろうが、以前買った時みてぇに噛みきれない安物でもなかった。文字は読めるくせにケメトは肉を買う時に毎回品より見た目か食ったことがないかで選ぶ。
咀嚼している間に今度はケメトとセフェクが勝手にこっちの肉に噛り付いた。更にケメトからも手の肉をセフェクに突き出す。
「そうだ!ヴァル、今度ペンと紙買っても良い?」
噛み切った肉を飲み込んでから、思い出したようにセフェクが俺を見上げる。
あー?と生返事を返せば、ケメトも手を挙げる。「僕も欲しいです‼︎」と声を上げ、燥いだ様子で話し出す。どうにも授業中の内容を紙に写したいらしい。
どっちの教室にも数人だが紙やペンを持参してるガキがいるから欲しいと。……取り敢えず明日特待生試験を受ける奴の台詞じゃねぇ。
欲しいならもっと早く言えと言いたかったが、今の今まで学校の後も配達で俺の方が忙しかったんだと思い直す。こいつらのことだからンなこと言ったら「テメェらで勝手に行け」と配達から置いて行くとでも思ったんだろう。それとも単に配達の邪魔をしたくなかっただけか。どっちにしろ要らねぇ上に迷惑な気遣いだ。
「……んなもん何処に売ってる」
今の時間じゃ店も閉まるじゃねぇか。あまりに縁の遠い買い物じゃ俺も店の当てなんざねぇ。いっそ主のところで王女にでも貰ってくりゃあ良いものを。
するとセフェクが「さっきヴァルがお酒の後に通り過ぎたところにあったわよ」と来た道を指差した。それこそもっと早く言いやがれ。
仕方なく飯を食い終わった後にまた市場に戻ることにする。早くしねぇとその店も閉まるぞと言えば、慌ててガキ共がガブガブと口を動かした。
セフェクが林檎を一個平らげる間に俺が一本食い終わる。適当に背後へ骨を放り捨てれば、パタパタと軽い足音が聞こえてくる。早速拾いやがったらしいと振り返らずに理解する。
学校の近くのここじゃ、下級層のガキもわりと多い。もう暗いから視線も気にならなかったが、フードを被り直して口布を巻く。今更だがガキ共の知り合いがいる可能性もある。
「あっ。……、……えっと、ごめんなさい僕ちょっと」
またか。
不意に上がった辿々しいケメトの声にうんざり息だけ吐く。最近ケメトが〝そう〟することが大分増えた。
セフェクが「一人で平気?」と尋ねたが、いつものように言葉を返すと急ぐように駆け出した。去っていった方に首だけ動かして振り返れば、やっぱり広場の端へ向かっていく。
物影から顔だけを覗かせていたボロを着たガキの方へケメトが駆け寄る。セフェク程度の背のあるガキは、顔こそ見えねぇがどう見てもケメトより年上だ。今回は下のガキじゃねぇのかとだけ思いながら眺めれば、ケメトはペコペコ頭を下げながらまだ半分以上残った肉をその下級層のガキへと手渡した。何かを言ってるように舌を回し、途中で学校の方角を指差してからまた頭を下げ、相手の反応も待たずに俺達のところへ駆け戻ってくる。
セフェクが「大丈夫だった?」と迎えれば、「大丈夫です!お待たせしました」と手を振った。
「またご飯あげたの⁇」
「はい。僕はもうお昼にたくさん食べたので。……あ!ヴァルが買ってくれたのにごめんなさい」
おせぇ。そしてどうでも良い。
勝手にしろ、と返しながら開けた酒を瓶ごと傾ける。喉を鳴らして飲みながらセフェクが二個目を食い終わるのを待てば、また「ケメトの分なんだから食べれば良いのに」と言い出す。んなこと言えばケメトがどう返すか聞き飽きねぇのか。
はい、と苦笑いしながらケメトは寝癖まじりの頭を掻いた。セフェクが自分の林檎を一口とケメトの口に押し付ければ、シャクリと音を立てて囓りきる。もたもたと味わってから飲み込むと、さっきの続きをすぐに出す。
「でも、僕がしてもらって嬉しかったことはしてあげたいんです」
照れたようにヘラヘラ笑うその答えも聞き飽きた。
いつからだったか、時々こうしてケメトは自分の分の食い物を下級層の連中にわけるようになった。
食えねぇならわざわざ渡しに行かなくても捨てりゃあ拾うってのに、毎回手渡しに行きやがる。今のところ痛い目には遭っていねぇから続けちゃいるが、下級層の連中を餌付けたところでロクな事にはならねぇ。俺が良い例だ。
一度の情けなら良いが、連続すりゃあ顔も覚えられる。ケメトみてぇな人の良い面なら余計に依存もカモも時間の問題だろう。その内どうせ放っときゃあ誰かしらに喰われる。人の言う事を馬鹿正直に聞くコイツじゃあ、ろくでもねぇことを吹き込まれるか唆されて利用されることもあり得る。もう何度かそう俺からもセフェクからも言っちゃいるが……
「それに、ヴァルもセフェクも僕に分けてくれるから、僕も誰かに分けたいです」
そう言って、毎回毎回聞き入れねぇ。
別に俺らを巻き込まねぇ分、食い物までなら好きにすりゃあ良い。……それ以上の面倒ごとになりゃあ俺とセフェクも好きにするが。
いっそ痛い目に遭ってその程度は知っちまって良いとも思う。セフェクは警戒心の塊だが、ケメトは逆に緩すぎる。
セフェクが「もう!どうなっても知らないんだから‼︎」と喚きながら、やつ当たるように口を汚すほどリンゴにかぶりつく。その間にもケメトは苦笑いのまま折れはしねぇ。最近は学校で中級層下級層関係なく歳の近いガキ共に会うから余計だろう。
「……行くぞ。さっさと買って宿探しだ。」
どうでも良い、めんどくせぇ。
そう思い直しながら市場へ踵を返す。セフェクが最後の一口を咀嚼しながら何か文句を言ったが無視して進む。ケメトが俺の腕を掴み、セフェクがケメトの手を握る。
金に文句を言うようになったセフェクも下級層共に情をかけるようになったケメトもガキ共揃って学校のことを毎日飽きずにほざくようになったことも何から何までめんどくせぇ。……だが。
そのめんどくささが〝懐かしさ〟になったら、今度はテメェのことが一番面倒になるんだろうとそれだけは自覚する。




