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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
我儘王女と準備

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Ⅱ6.我儘王女は背筋が凍る。


「……そっか。わかった、じゃあ来月からは夕方にお邪魔するよ」


「ありがとう、レオン」

紅茶を片手に滑らかに笑んでくれたレオンに、私はお礼を返した。

私の誕生祭から一週間。またいつものように我が国を訪問してくれたレオンとお茶をしながら、来月から暫く忙しくなって夕方以降に会いたいと伝えた。

学校といっても前世みたいに義務教育とか強制じゃないし、レオンが訪問してくれる日だけ休むとかでも良いのだけれど、限られた期間はなるべくしっかり調査に費やしたい。学校の休日に指定しようかとも思ったけれど、それだと鋭いレオンには潜入することも気取られてしまう。

今日はまだ私とレオン二人のお茶会だ。背後には近衛騎士のアラン隊長とエリック副隊長が控えてくれているけれど、ヴェスト叔父様の補佐でステイルも、そして父上の補佐でティアラも今は出ている。最近は本当に定期訪問でレオンとだけが増えた。


「忙しいなら仕方がないよ。僕もそれなりに忙しいしね。それに夕方なら次からはディナーも一緒にできるかな」

「ええ、勿論よ。素敵ね、レオンと一緒に御食事なんて嬉しいわっ」

いつもは夕食に間に合うように帰っているし、レオンと夕食なんてそれこそ初めて会った頃以来な気がする。

あの時とは関係性も全く違うし、ディナーならティアラやステイルも一緒にできるしきっと楽しい。そう思って今からわくわくして頬が緩むと、レオンも嬉しそうに笑みを返してくれた。


「学校の方が忙しいんだろう?来月からは開校で受け入れとなると色々大変だからね。もしかして教師が見つからないとか?」

「ううん、それは問題ないの。昨日、教職員も全員確定したわ。」

教職員に関しては大分前からジルベール宰相を中心に上層部が教師は候補を選出してくれていた。勉学関連の教師や学園長とかの幹部は大分前から内内に確定している。専門職関連の講師採用試験と選抜も昨日終わったところだ。公表前から目ぼしい専門職の人達には城から〝今後国で運営する機関で働かないか〟と採用条件の提示と共にリクルートしていた。……それこそ、本来公表する筈だったティアラの誕生祭前から。

学問関連の教師はそれなりの立場とかあるから箝口令も心配ないけれど、専門職は実際にそれを仕事にしている民から募る。公表前に秘密を守る為に、専門職の教師だけは公表後に具体的な仕事内容の説明と求職の意思を確認してからの採用試験だった。

メインの教師ほど人数もいないし、仕事内容も今までの仕事を生徒に教えるだけだからひと月前でも問題なく確保できた。ジルベール宰相曰く、学校の公表も仕事内容を説明されてから辞退した人はいないらしい。国立だから給料も結構良くしたし、ブラック企業にならないように私も業務内容には細心の注意は払った。それでも、確保人員全員辞退で専門職教師が集まりませんでしたということにはならなくてほっとした。

他の教師とは別の職員、管理人とか寮母とか警備とか掃除係とかも追って募集を始めたけれど、かなり大勢の希望者が集まってくれたらしい。民が興味を持ってくれたのは嬉しいし、最強謀略家なジルベール宰相が自ら採用担当を担ってくれたから間違いないだろう。


「なら、授業とかの体制かな?まだカリキュラムは決まってないとか」

「それも平気よ。授業の組み立てや教科とかはステイルも凄く張り切ってくれて。ジルベール宰相とも協力したから凄く素敵な体制も整ったわ」

「へぇ、流石ステイル王子だな。僕もいつかアネモネにも民の為の学校を作りたいし、開校したら見学に行ってもいいかな」

「もちろんよ!一ヶ月以降からは見学も母上の許可さえ降りれば随時可能になるし、私もレオンなら大歓迎よ」

本当は開校早々に随時可能の予定だったのだけれど、私の潜入都合でひと月後にしてもらった。希望者には本当に申し訳ない。

まぁ、レオンなら私の子ども時代は知らないし、近付き過ぎなければバレないだろうけれど。アネモネ王国にも奴隷制度撤廃後は是非学校制度を取り入れて欲しい。アネモネ王国だけじゃない。同盟国用の学校は我が国の独自になるけれど、各国も民の為の学校は遠慮なくドシドシ作って欲しいと思う。

学校制度と今回の学校カリキュラム作りには、私だけでなく法律や国内に精通するジルベール宰相と一緒にステイルも最初の頃から加わって、最終的には父上に通して許可を下ろしてもらった力作だ。是非、参考にして欲しい。

「なら、どんなことが忙しいんだい?僕が聞いても良い事かな」

「ええと、それは……」


コンコンッ


言葉に詰まったところで見計らったようにノックが鳴らされた。

助かった!とちょっぴり思いながら扉の方に目を向ける。直後には「姉君、僕です」とステイルの声が扉越しに掛けられた。

レオンにも確認してから入室を許可すれば、部屋の中から近衛兵のジャックが扉を開けてくれた。ヴェスト叔父様から休息時間を貰ったステイルがにこやかな笑顔で挨拶をしてくれ、私も返す。


「来てくれたのね!嬉しいわ」

「どうも、ステイル王子。お仕事お疲れ様です」

私達の言葉に合わせて専属侍女のマリーがステイルの分もお茶の用意を始めてくれる。

ロッテが椅子を引けば、ステイルはストンとレオンの斜め向かいである私の隣に座った。膝の上で指を組んで腰掛けるステイルは「間に合って良かったです」と私とレオンをゆっくり顔ごと動かして見比べた。指の先で黒縁眼鏡のツル部分に軽く触れ、口を開く。


「お話中、申し訳ありませんでした。因みに今は何の話を……?」

そう言いながらステイルは、紅茶を出してくれたマリーに笑顔で返すと手の合図だけで人払いを指示した。

合図を受けて、私達と近衛騎士だけを残し、専属侍女達やジャックも頭を下げてから部屋の外へ殆ど音も立てずに出て行く。中断した話の軌道を戻そうとしてくれるステイルに私は一度唇を結んだ。

扉が丁寧に閉ざされる音を聞きながら、取り敢えずはさっきまで話していた学校制度の進捗と暫くは忙しくなるから互いの定期訪問も夕方になることを簡単に振り返る。レオンとのディナーについては「それは楽しみですね」とステイルも抑揚をつけてくれた。

上層部にも極秘扱いされている学校潜入については、レオンにも言えない。上層部にも学校へ親族を体験入学させたいと希望している人が多いから、私やステイルが潜入なんて話したら学校に通う親族にも多かれ少なかれ情報が漏れてしまう可能性が大きい。

何より、もし何か私達が狙われるような事態が起こったら、上層部のことも怪しまざるを得なくなってしまう。それを防ぐ為にも、学校潜入を知るのは私達の身の回りの世話をする専属侍女と近衛兵含む使用人達やジルベール宰相と最上層部、そして騎士団長と副団長だけだ。それに、アダムとティペットに至っては母上達も




「ところで姉君。レオン王子にもアダムとティペットについて話しておいては如何でしょう?」




ステイル⁈

えっ、と私は思わず間抜けな声が反射的に漏れてしまう。

今、ステイルさらっと!さらっと言っちゃったけれど‼︎⁈しかも話し方がまるで「今日はお庭に出ましょうか」くらいのお気軽さで‼︎

あまりに躊躇いのない言葉と唐突さに私だけじゃなくアラン隊長とエリック副隊長も驚きで肩が上がっていた。レオンが驚愕に目を見開いてステイルを見返している中、当の爆弾発言の本人は穏やかに紅茶を一口含む。淹れたての香りを楽しむような優雅な仕草が余計に今の発言は空耳だったのかと思わされる。いや絶対がっつり言っちゃっていたけれど‼︎‼︎

まさかその為に人払いまでご丁寧にしちゃったのだろうか。沈黙の間、暫くはパクパクと金魚みたいに口を動かしたまま私は声も出なくなる。そして金魚の私より硬直したレオンの方が復活も早かった。「アダム……?」とその声が珍しく少し低くって、ぞわりと何か鳥肌が立つような悪寒までした。見開いたままの綺麗な翡翠色の瞳が一瞬ガラスの反射みたいに光った。


「姉君さえ宜しければ僕から説明しますよ?奪還戦に関わったアネモネ王国も他人事ではないと思いますし、何よりもレオン王子ならば信用に足ると思います」

ですよね?とステイルがそのままにこやかにレオンへ笑いかけた。

紅茶のカップを無音で受け皿に戻すステイルは見事に落ち着き払っていた。私も何とかパクパク状態から唇に力を込めて閉じたけど、無意識に正面のレオンへ顔を向ければ真っ直ぐ目が合ってしまう。

名前こそ呼ばれなかったけれど、綺麗な瞳が捨てられた仔犬のように私に向けられている。不吉なワードを聞いただけで私のことを心配してくれているらしい不安げな表情のレオンから目が離せない。ムムム……と是非を言えずに、必死に視線を逃がそうと意識に働きかければ今度はレオンが私に向けて小指をぴょこりと立てて見せた。

むぐぅっ⁈と今度こそその指に視線が釘打ちされる。ぴょこぴょこと小指を曲げて伸ばしてを繰り返すレオンから、切なそうな声で「約束……」と呟かれればもう勝てない。


「…………あ、……くまで可能性だけど」

国王や他の人にも秘密にしてくれるように、途切れ途切れお願いすればレオンは即答してくれた。

……うん、確かにレオンなら信用はできる。機密情報を他者に話す人でもないのもわかっている。だけど、本当に彼には不要な心配かもしれないのに。

肩が丸くなっていくのを自覚しながら、私は一度溜息を吐く。ティアラなら未だしも、まさかステイルがレオンを積極的に巻き込むとは思わなかった。防衛戦の頃からちょくちょく仲が良い感じはあったけれど、ここまで仲良しになっていたとは知らなかった。

隣で優雅に紅茶の二口目を味わっているステイルを視界に入れたまま、私は一言一言レオンに話し始めた。〝予知〟という形にして、アダムとティペットの生存の可能性について。

開口一番にアダムの名を出した途端、レオンは無言で眉を中央に強く寄せた。険しい、ともいえる表情は、怒っているようにも怪我人が見るような痛々しさも含まれていた。……多分、自分のことよりも私が彼の名前を口にすること自体を気に掛けてくれているのだろう。私だって、もう二度と口にはしたくなかった。

最後に話し終えると、テーブルの上に置かれた彼の手が僅かに震えていた。


「プライド……、…………まさか、さっきの定期訪問のこともその予知と関係してるんじゃ……!」

「‼︎ち、違うわ!違う!それは本当に別だから‼︎そっちはただっ……本当に私の都合で……!」

元々白い肌のレオンが更に青白くなるのを慌てて止める。違う!本当に関係ない‼︎

翡翠色の目を白黒させたレオンは声まで微弱に振動させた。そのまま強張った表情を私ではなく彼はステイルへと向け出した。バッと風を切り、整った青い髪まで僅かに乱すレオンにステイルはとうとう笑みも冷やす。

真剣な表情にまで静まり返ったステイルは、レオンと目を合わせると「別ですよ」と一言返した。その途端、ほっとレオンは深い息で胸を撫で下ろす。……なんだか、私の信頼性が低まっているのを実感してこっそり凹む。犯したことを考えればそれも仕方がないのだけれど。

それに、〝まだ〟レオンを頼るような状況でもない。もし彼に私から話すようなことがあれば、きっとそれは本当に助けが必要になった時に


「レオン王子。もし宜しければこの後は僕ともお話して下さりませんか?……二人きりで」


姉君との話を終えた後にでも、と。……ステイルがまた笑った。

笑顔は社交的ないつもの笑顔なのに黒い覇気を纏っている。何だろう、怒っているわけじゃないのに凄く怖い‼︎‼︎何か悪い事を考えている時に似てる空気だ。

思わず肩が上下する中、レオンが息を引く音が掠れて聞こえた。流石のレオンも怖がっているのだろうかと思い、振り向けばちょうど布の擦れる音だけで彼は立ち上がる。


「是非。……ごめんプライド、ちょっと失礼するよ。」

また後でね、といつもの滑らかな笑みを向けてくれるレオンに、ステイルも合わせる。

それではとにこやかな笑顔で立ち上がると、私があたふたしている間に二人は私と近衛騎士に挨拶をしてしまう。ステイルが手を叩いて部屋の外にいる近衛兵や専属侍女達を戻すと、同時に開けられた扉を潜りレオンを連れ去って行った。「ちょっ……‼︎」と声が出たのは直前で、パタリと無慈悲にまた扉は閉められた。

三人分のカップが並んだテーブルに私だけが残されて、なんだか無性に寂しくて虚しい。カタ、カタ、カタと古びた人形のように首を回し、アラン隊長達に顔を向けた。二人も目の前の事態を飲み込み切れていないように口が引き攣っている。私の視線に気付くまで、同じように二人が去っていった扉を見つめていた。そして目が合えばなんとも言えない表情だ。

ステイルとレオンの話。…………どう考えてもさっきの流れで、単なる男同士の茶飲話とは思えない。まさか、まさかとは思うけれど

…………言ってないわよね?

その後、ものの半刻もしない内に戻ってきた二人があまりにも清々しい笑顔だったのが余計に怖かった。更には滑らかな笑みでレオンの第一声は


「学校。……話、聞けるの楽しみにしているね?」


だったのだから。

そのあと、開校からたった三日後に定期訪問を約束したレオンは意気揚々と去っていった。


妖艶な光を瞳の奥に携えたその笑みに嫌な予感が確信を帯びて、私の背筋を駆け抜けた。


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