第92話 6階層の湖
ダンジョンなんかは、魔物が競い合って襲いかかってくるものだと思っていたんだが、本当に全く魔物に遭遇しなかった。
5階層を超えて6階層に入ると、洞窟の中に綺麗な湖が見えた。草も木もない、鍾乳洞という感じだ。
風がないから波もなく、とても綺麗な湖だ。きっとこの中には水系の魔物や魚系の魔物なんかがいるんだろうが……全く姿を見せないな。
「これは本当に映えスポットだよね! 水着とかあったら着て泳ぎたいくらい」
「え〜あたしはちょっと無理。綺麗だけど深そうだし、何がいるか分かんないのに怖くない?」
「あれみたいじゃない? イタリアの青の洞窟」
「それは同感。あれ? でも青の洞窟って海じゃない?」
「あれって海なの? ここも船でなら渡れそうだけど、船はアイテムボックスに入れてないからな〜」
レオンはここを渡る気なのか? 湖でなく陸地を行けばいいじゃないか。
「船ならありますよ」
「そうなの? アシュレイ準備いいね〜」
「いえ、ダンジョン攻略は何があるか分かりませんからね。確認された階層はちゃんと地形や魔物の種類が書かれた地図も売ってますよ」
だよな。普通はちゃんと地図を買って装備を整えて挑むんだよな。俺らは人間辞めているから森にピクニックにでも行く感覚で何の準備もせず潜っているが、それがおかしいと気付かなくなった時点でもう末期なんだ……
「それにしても静かだな。他の冒険者も見かけない」
「ポータルで潜っているからだと思います。10階層まで潜れば、そこにポータルがあるので、そこで魔力を登録すれば1階層からわざわざ潜る必要はありません。入り口から10階層まで一瞬で飛べますからね。
一桁の階層など子どもの遊びみたいなものです。みんな最初に潜る時にちょっと無理してでも10階層まで潜るんですよ。2回目以降はみんなポータルを使います」
なるほど、だから全然人がいないのか。子どもの遊びというのはAランクのアシュレイが勝手に思っていることだろうが、俺たちの脅威になるような魔物は出ないんだろう。
ポータルは神様のエルミーツが使っていた空間移動みたいなものだ。違うのは、空間魔法の適性がなくても誰でも使えるということだろうか。
「ポータルというのは10階層まで飛べるんだよな? そこから先は無いのか? 26階層まで行って食糧が尽きて戻ったら、また10階層からか?」
「いや、10階層の他に20階層にもポータルがある。その先は見つかっていない」
可能性としてはもう無いか、次は30階層かのどちらかな気がする。
「レオン、ワイバーンたちの食事があるから、何日も戻らないのは無理だぞ」
ワイバーンたちも、腹が減ったら勝手にその辺の魔物を狩って食うと思うが、あいつらはグルメだからな。戻ったら文句を言われそうだし、今はシュアを人質に取られているようなものだ。
まさか次男のやつ、そのためにシュアを囲い込んだんじゃないよな?
今のシュアであれば簡単にはやられたりしないが、慕っていた次男に利用されたりするのは可哀想だ。
「ワイバーンの食事?」
アシュレイが首を傾げながら疑問を口にした。当然だよな。ワイバーンなんてもの、通常なら遭遇したら食事になるのは人の方だ。
「レオンが従えているワイバーンがいるんだ。そいつらに肉を焼いてやらないといけない」
「テイムですか。その恐ろしい子犬も……」
たぶんかなり長く生きているであろうアシュレイであっても、ケルベロスなんてものは怖いんだろう。子犬であっても。
「この子はポチ。でも頭が三つあるからさ、名前一つでいいか迷うところだよね〜」
「アシュレイ、レオンはテイムのスキルはない。そんな魔法で縛らずともレオンはワイバーンを従えている」
「恐ろしい……」
俺もそう思う。
アシュレイは木でできた船をアイテムボックスから出して湖に浮かべてくれた。
「どうぞ乗って。例え魔物が襲ってきても皆さんなら大丈夫でしょう」
船の上でなど戦ったことがないんだが大丈夫なんだろうか。ドランは大人しく座っていてくれ船の上で剣など振るわれて転覆などしたら、それこそ恐ろしいことになる。
みんなで乗り込み、アシュレイは木のオールを出してゆったりと進み始めた。
「なんかくるね〜」
レオンがそう言うと、青く美しい湖の底に黒っぽい影が複数見えた。
どうやって戦うんだ?
すごいスピードで水面にまで上がってきた魚のような形の魔物は、鋭い牙のある口だけを水面から出して、ガチガチと歯を鳴らしている。とても気持ち悪い光景だ。
体長は正確には分からないが、口の大きさからして1メートルほどだろうか。いつの間にか船はその魔物に囲まれていた。奴らは牙を鳴らすだけでなく、水面下で尾鰭を動かしているのか、船が大きく揺れ出した。もしかして転覆させる気か?
「どうやって倒す?」
「武器を使うなら弓か投擲、魔法が無難でしょう」
ガウゥ!
レオンが連れていたポチの顔三つが一斉にひと吠えした。
一気にシンと静まり返り、さっきまで船を取り囲んでいた魔物は一目散に湖の底へ消えていった。
やっぱりケルベロスは恐ろしい生き物だ。ポチのことを魔物に分類していいのかは分からないが、魔物の頂点に限りなく近い場所に君臨する者なんだろう。
「行っちゃったね〜」
「そうだな」
アシュレイが呆れたような顔をしていたのは気のせいではないはずだ。静かな水面を滑るようにゆっくりとアシュレイがオールを漕いで、進み始めた。
ドランは戦えなかったのが不満なのか、仏頂面をしているが、元々船の上でなどドランが望む戦いはできなかったんだ。
湖を渡り切ると、アシュレイはボートを再びアイテムボックスにしまった。
「あ、ずっと一人だけに漕がせてごめんね。アシュレイ疲れてない? 疲れてたら俺がおんぶしてあげようか?」
「いえ、遠慮しておきます」
レオンがおんぶするとか言い出すから、アシュレイの綺麗な顔が引き攣った。こいつは人を背負ってとんでもないスピードで走るから、背負われなくて正解だ。
「そっか〜、でもホント、女の子なのに無理させてごめんね」
「はい? 私は男ですけど」
「ええーー!?」
レオンの驚愕の叫びが洞窟内にこだました。
やっぱりレオンはアシュレイが男だと気づいていなかったんだな。
「アデル知ってたの?」
「当たり前だ。細身だが骨格は男だろ? 喉仏もあるし」
「ドランは?」
「見ればわかるだろ」
「もしかしてアリサとココも知ってた?」
「あたしはなんとなくそうかな〜って思ってた。獣人の勘?」
「私は性別など気にもしていなかった。エルフは初めて見ると思っていただけだ」
「俺だけじゃん。でもさ、アシュレイってめっちゃ美人だよね。男なのか。男でも目の保養になるね」
それは俺も同感だ。これで女性なら俺の10倍くらい年を重ねていたとしてもうっかり惚れてしまうかもしれない。
相手にされないだろうが……ほっとけ。
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