挿話 二人の初顔合わせ
「ジュジュさん、この者が貴女の婚約者候補のクラム=ハリスだ。彼はもうすぐ十八になる。キミとは三つ違いで、年の頃も丁度よいと思うよ」
古の森の魔女ジュジュがクラムに初めて引き合わされたのは彼女が十五歳になったばかりの事であった。
「クラム=ハリスです」
端的にそう告げ、ぺこりと会釈したクラムにジュジュもぺこりと返す。
「ジュジュです。ようこそ古の森へ」
まだ“候補”らしいがこうやってジュジュの家にまで連れて来たという事はこの者でほぼほぼ決まりなのだろう。
実際に森は彼を受け入れている。
言うなれば異物が二つ(クラムと協会職員)も入っているのに森の気は正常だ。
クラムを連れてきた魔術師協会の職員はジュジュの母の代から古の森の魔女を担当している古参の魔術師なので当然問題はない。
だけどこのクラムという青年は初めて来たにも関わらず、すんなりと森に受け入れられているのだ。
ジュジュは品定めするようにクラムの魔力を探った。
これはかなりの高魔力保持者だ。
なるほど、これほどの魔力を持つ者なら一日の内に往復分の転移魔法が使えるだろう。
つまりはこの森から離れる事が出来ない魔女の夫として暮らしてゆけるというわけだ。
それに高いだけでなく魔力の質も良さそうだ。
先程からニコリともしないし愛想のひとつも言わないが、彼の魔力がその為人を物語っていた。
優しく、穏やか。
そして温かい。
どうりで森が気に入るはずだ。
彼の魔力というか“気”は森に住む動物たちに似ている。
──森の牡鹿に似ていると言ったら、この人は怒るだろうか。
まぁとりあえずお茶でも……とお決まりの言葉を告げて、ジュジュは家に招き入れた。
魔術師協会の職員は「後は若い二人で」とこれまたお決まりの言葉を残し去って行った。
いくら見合いの席だからといっていきなり若い男女を二人きりにするなど……よほどこのクラムという青年を信頼しているらしい。
まぁこの森の中にいる限り、誰も魔女に危害を加える事など出来ないが。
それもあって魔術師は安心して帰ったのだろう。
そんな事を考えながらジュジュはアップルティーの用意をする。
今朝食べた林檎の皮を取っておいて良かった。
少なめの茶葉と林檎の皮をポットに入れて湯を注ぐと、甘酸っぱい香りが家の中に広がってゆく。
クラムは窓際に配置してあるテーブルの椅子に畏まって座り、窓から外を眺めていた。
「どうぞ」
カチャリと小さな音をたててアップルティーの入ったティーカップを置く。
砂糖ではなく林檎ジャムをティースプーンですくい、添えておいた。
お茶菓子はかぼちの種を炒ったものとパンプキンプディングを出す。
それをじっと凝視するクラムにジュジュは言った。
「お口に合うかわかりませんが、よろしかったらどうぞ」
「いただきます」
クラムは林檎のジャムがのったスプーンをカップの中の沈め、くるくるとかき混ぜる。
そしてアップルティーを口に含んだ。
その後は黙々とパンプキンプディングやかぼちゃの種を食べている。
パンプキンプディングを平らげたところでクラムはぽつりとつぶやいた。
「信じられないくらい美味い……」
驚いたようにそう言うクラムにジュジュはホッとした。
王都に住むという彼なら普段からもっと美味しいものや珍しいものを口にしているに違いない。
そんな彼が美味しいと思ってくれたならおもてなしは成功だろう。
魔女の家を訪れる客人は極端に少ない。
だから訪れた者には心を尽してもてなす、というのが古の森の魔女の流儀であると亡き母から教わった。
母はそのまた母に教わったのだという。
そうやって血や魔力、術と知恵を代々伝えてきたのだ。
だから自分もいつか……
この目の前にいるクラムという青年との間に子をもうけ、血を繋いでゆくのだ。
初めて顔を合わしたばかりだというのに、その時ジュジュは既にそんな事を思っていた。
少なくともクラムもその時、ジュジュや森を気に入ってくれたのだろう。
初顔合わせの後すぐに魔術師協会を通してクラムから婚約の申し込みがあったのだから。
そしてもちろん、ジュジュもクラムが気に入り、すぐにお受けしますと返事をした。
それから二年間、緩やかに穏やかに婚約者同士として関係を深めてきたと思っていたのに……。
(若干クラムには子供扱いされていた気もするが)
あと半年でジュジュが十八になり籍を入れようかという時に、クラムのまさかの心変わり。
そんなのってない。
あんまりだ。
こんなにも大好きなのに。
彼と共に歩む人生を信じて疑わなかったのに。
ジュジュは「クラム、このやろう……」と昏い思いを抱えながら、代々伝わる秘薬レシピの中から『魔女の秘薬』を調合していた。
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