いざ、タレコミの店へ
更新、遅くなってごめんなさい
ジュジュは代々この古の森に住む魔女の娘として生を受けた。
古の森とはその名の通り西方大陸で最も古いとされている太古の自然が今も変わらない姿で現存する神聖な場所だ。
森全体が豊富な魔力を有し、魔女は代々この森の魔力の恩恵を受けて生きてきた。
古の森の魔女の家系には何故か女しか生まれない。
最初の祖が森と交わした盟約によるものだとかなんとか。
もう二千年以上昔の事なので詳しくは誰にも分からないが。
斯く言うジュジュも女として生を受け、祖母や母が亡くなってからは一人でこの森に住んでいた。
そんな大陸随一のパワースポットに住み、呪いのように女しか生まれない女系一族でも、男性無くしてたった一人で子供は作れない。
したがって魔女たちは“魔女が番う季節”という結婚適齢期が訪れれば自ら伴侶を探し、次世代へ血と魔力と術を受け継がねばならないのだ。
かつては個人の努力に任されていたその後継者作りもいつの間にか魔術師協会に管理されるようになって幾星霜…。
十五の歳に縁組みされた婚約者クラムとは週に一度は顔を合わせ、それなりに良好な関係を築けていると思っていた。
が、先日写真付きでそのクラムが「素敵な出会いを果たした」らしいとされる密告があった。
あまり人と接する事がないせいか少々変わり者であるジュジュだが、それでも彼女なりにクラムに対しては淡い恋心なんて抱いていちゃったりする。
そんな相手に、新たな女性との出会いがあったのかもしれないのだ。
ジュジュはそのタレコミが真実であるのかどうかを確かめねばなるまいと思った。
だからこうして滅多に離れる事はない森から出て、クラムとの婚約の手続きに訪れて以来、二年ぶりに王都へ来たわけなのだが……。
「うへぇ……相変わらず人が多い……」
ジュジュは王宮へ続く大通りを歩きながら早くも辟易としていた。
「でも……」
通り沿いにある洋菓子店のディスプレイを、ジュジュはうっとりと眺める。
「カボチャのモンブランにパンプキンミルフィーユ……ですって……?」
季節柄かジュジュが愛してやまないカボチャのスイーツが並んでいる。
「あっちのベーカリーにはカボチャのバゲットが……!」
森に帰る前に絶対に立ち寄って買って帰らねば!と心の中で意気込むジュジュであった。
しかし、王都に来た目的はそれではない。
ジュジュはタレコミの手紙に同封されていた写真に写っていた場所へと行ってみた。
とりあえずその場所がどんな場所なのか知りたかったし、
あのタレコミの手紙にはその女性が食堂の娘だと書いてあったから……。
王宮魔術騎士たち御用達の食堂『3匹の白猫亭』
ここのチキングリルが旨いのだと以前クラムが言葉数少なく言っていた店だ。
するとなんという運命のイタズラか。
ちょうど今、思い浮かべていた婚約者のクラムがその食堂へ入って行くではないか。
ランチタイムならいざ知らず、午後二時過ぎという中途半端な時間にクラムに会えるなんて。
これはやはり赤い糸で結ばれている者同士だから……なんて一瞬甘酸っぱい発想が頭に浮かんだが、シフトによってはランチタイムの外れた時間に食べに行く事もあるとこれまたクラムが端的に話していたのを思い出した。
店の前の街路樹にサッと身を隠し、ジュジュは変身魔法と認識阻害魔法の術式を唱えた。
そして客の体を装って店の中へと入ろ……うと思ったが、心の準備がまだ出来ていない。
心臓が煩いくらいに早鐘を打ち、胸を突き破って出てきそうだ。
もし本当にその食堂にクラムが思いを寄せる女性がいたらどうする?
もし本当にピンクブロンドの可愛い女性がいたら……。
───でもでもっ…去年の冬至の夜、クラムがわたしのこと好きって……言ってくれたもの……
そうだ。
必要に迫られなければ二語文以上喋らないクラムが、
「俺は……ジュジュがのことが、好きだっ……」
と言ってくれたのだ。
───好きだって言ってくれたもの。大丈夫よっ……!
と、ジュジュは自分を奮い立たせた。
そしてひとつ、大きく深呼吸をする。
「よしっ……!」
ジュジュは勇み足で歩いて行き、店の扉を開いた。
「た、たのもーーっ」