しょうもないことで 5
敵の力が上昇しているのに気が付いたことで、龍樹の動きも変わる。先ほどまでのように、動かずに相手の攻撃に当たり続けるということはできなくなっていた。さらに、相手の攻撃の速度に対応しなくてはいけないとなると、かなり難しくなる。回避だけなら今もできているが、今以上に動きが素早くなるというのなら、それに反応するのも難しくなるだろう。彼は確かに魔法を自在に扱える。しかし、魔法でなんでもできるというわけではないのだ。自身の身体能力を上げることはできない。彼の防護の魔法はあくまで、風の壁を作っているだけだ。その耐久力を超えるような威力の攻撃を受ければ、魔法を貫通して攻撃が通ってしまう。
「うおお、どうだよっ! 俺の攻撃を躱すって、それは……。はぁ、はぁ」
なぜか、唐突に息切れしたかのように、息を吐きだす敵。あれだけの動きをして、体に負担がかからないはずがないのだ。この世界の人は、龍樹たちの元の世界の人よりも体が頑丈ではあるものの、無理な動きや体が耐えられなくなるラインはあるのだ。そして、今の敵はそれを圧倒的に超えているのだろう。それでも壊れないのは、驚異的な回復速度の効果のある薬のおかげなのだろう。痛みすら感じないのか、既にマヒしているのか、敵の動きはさらに加速している。速度のせいで、攻撃に勢いがついているのだ。
「に、にげんなよ……。ごほっ、はぁ。俺は、俺が、ぶっ倒して、それで、それで……。はぁ」
動く速度はかなりのものであるのにも関わらず、敵の言葉は弱弱しい。しゃべることができるほどの元気ももはやないのかもしれない。体だけを無理やり動かしているのだ。それがわかったところで、敵を楽にする方法は思いつかない。彼が相手を認識するのが難しいということは、自在な魔法でも敵に当たるイメージがなくなるということである。敵が回避できないほどの密度の魔法くらいしか攻撃を当てる方法はないだろう。それをする準備は既にできているが、相手は確実に死ぬだろう。アレクサンダーに当てた衝撃を与える魔法は、敵に当ててもすぐに回復される。気絶させてもすぐに意識を取り戻してしまうだろう。手加減すれば、相手はすぐにそのダメージを回復してしまう。つまりは、手加減すれば相手を倒すことができないというわけだ。
(このままよりはいいか。小鳥に攻撃される前に殺しておくのが得策だろうな)
彼が魔法で自身の周囲を攻撃しようとしたその瞬間、敵が地面に倒れた。走った勢いのまま、体の動きが停止したせいで、体を地面に打ち付けながら転がる。転がる軌道には血が飛び散り、小さな肉片のようなものも血痕の近くに落ちていく。敵が止まったところで、体がぐずぐずと溶けていた。溶けた肉と赤い血が混ざりあい、グロテスクな見た目。それを見てしまった敵も、味方も思わず、口を覆って嗚咽するほどだ。幸いにもファベルが先にそれを見たおかげで、小鳥がそれを見る前に、彼女の目をふさいで、他の方向を見るように顔を動かしていた。彼女は何があったのかわからないが、何か見てはいけないものがあるのだと理解して、彼女の無言の指示に大人しく従っている。
グロテスクなその物体はぴくぴくと動いていて、未だに生きているように見えた。彼がそう思った時にはその肉片が無形のまま、立ち上がる。肉片がぐちゃりにちゃりと音を立てていた。肉片も血もその赤みが薄くなっていき、奥が多少見える程度の半透明な赤色になる。徐々にその範囲が広くなっていき、赤の半透明のゼリー状の何かになった。その見た目は既に、人間のそれではない。先ほどまで敵だったそれは死んだのだ。
見た目には赤い水まんじゅうのような見た目で、彼の中にある認識でいえば、それはスライムという魔物に似ていた。その敵は、体をプルプルと揺らしている。敵だったものが残した血をたどり、地面にこびりついている血を食べているのか、それのとった後には血痕も残らない。目の前で起きたことの衝撃にその場の誰もがすぐには動けなかった。そして、あたりを見回すような動作をすると、近くにいた杖使いに気が付いたように、そこで動きを止めた。それはゆっくりと杖使いに近づいていく。そして、それは自身の攻撃範囲に杖使いが入ったところで、動きを止めた。それから、体をぐっと前に出したかと思えば、杖使いを包むように、体を大きく開く。そのまま杖使いに近づいていき、捕食するかのように近づいている。杖使いは動くこともできず、杖をぎゅっと握ったままその場に突っ立っている。杖使いが逃げようと思った時には既に逃げることができる位置にない。が、彼女は何かに突き飛ばされた。体が宙を移動している間に視界に、自分を突飛ばした人が視界に入る。それは棒使いだった。杖使いがしりもちをつくと同時に、棒使いはそれの中に取り込まれて、一瞬でそれの体と同化していた。




