しょうもないことで 3
敵は龍樹を睨んだままだが、彼に攻撃する手段がないのか、攻撃をするような様子はなかった。蹴りでも頭突きでもありそうなものだが、敵はそういうことをする気はないようだが、敵意や戦意が消えていない以上、油断はできない。相手がボロボロでも、戦う意思を持っているときは油断はできないのだ。それを彼は自身の体験から知っている。
彼は相手の視線にたじろぐこともなく、相手に視線を返しているだけだった。どちらとも何も言わず、ただただ視線が交差しているだけ。その時間は停滞しているかのようにも感じる。だが、その停滞を動かしたのは、彼らではなかった。
彼の視界が火に包まれていた。いきなりのことに少し驚いて、彼の魔法の操作が少しだけ乱れた。いつの間にか発生した炎の熱を感じたが、彼はすぐに魔法のイメージを元に戻した。それでも、熱を感じたのは事実。そして、火が収まった後の視界には、驚いた敵がそこにいた。その顔のおかげで、相手の意図していない攻撃だということがわかったが、相手に影響が出ていないところを見ると、敵陣営の攻撃であることは明らかだった。
「それ以上は、もうさせません。彼をこれ以上傷つけるのは、私が許しません……」
彼の横から聞こえたその声は、女子のものだった。彼に杖の先を向けていて、そこから魔法を放ったのだろうと予想できた。彼は敵の三人の中で一番大人しそうで、不良たちとつるんでいる理由がわからず、脅されているのかと思っていたが、そういうわけではないらしい。杖使いは明らかに、この不良に、自らの意思でついていっているのだ。
「やめろ、お前、一人じゃ勝てるわけないだろ」
リーダーは杖使いの方を見て、そういった。しかし、彼に向けられた杖を外すようなことはなく、敵は今まで以上に戦意が高くなっている。目の前の男二人はおそらくもう戦えないだろう。龍樹は未だに無事で現状、今一番、脅威であるのは杖使いの女子だった。
「おい! おい! とまれ、お前の相手は俺だっ! まだ、やられてねぇって。こっちにこい!」
彼が杖使いの方へとゆっくりと移動を始めると後ろから、リーダーの怒声が飛んできていた。彼は後ろを振り返り、リーダーに視線を送る。敵は腕は動かないが、足は動く。そのため、すぐに彼の前に立ちはだかった。しかし、それに効力はなく、腕の痛みに耐えているだけでもかなりの苦痛だろう。だが、それでも抗おうとしているのは、リーダーにとって、杖使いは大切な人なのだろう。龍樹にとっての、小鳥のような存在なのかもしれない、と彼は思った。しかし、喧嘩を売られて、小鳥に危害を加えた以上は放っておくことはできない。殺すまではいかずとも、このグループには再起不能になってもらう程度には痛めつけるつもりだった。
「仕方ねぇ……」
リーダーは、緑というか、緑に多少混ざりきっていない黒を入れたような粘性の液体が入っている瓶を取り出した。瓶に詰まっているコルクを引き抜くと、敵は瓶の中身の匂いに顔をしかめたが、敵は瓶の口を自身の口の中に突っ込んで、思い切り真上に向けた。瓶の中身がドロリと瓶の内側に沿って敵の口の中に流れていく。喉がゆっくりと動くのを見るに、明らかにそれを自身の胃の中に流し込んでいるのがわかった。中身をほとんど飲み干して、彼は口から瓶を離す。ほぼ全ての瓶の中身を飲み干し、息を大きく吸った。
「う、く」
うめき声を漏らしながら、息を切らせたように呼吸している。口元を自身の腕で拭っている。いつの間にか腕がしっかり動くようになっていることに敵自身は気が付いてないようだが、龍樹はその効果に驚いていた。かなりの治癒効果のある何かを飲んだらしい。彼の元居た世界にはそんなすぐに効果の出る薬はなかったのだ。彼の知る物語の中ではポーションなんて呼ばれるものだったのだろうか。
「これで、戦えるらしいぜ。さぁ、二戦目と行こう、か。ぐ……」
確かに回復はしているようだが、明らかに顔色が悪い。本来の自然治癒の速度を大きく超えた回復をして体に負担がかかっているのかもしれない。そんなものを使ってまでも戦おうとするのは、中々に男らしいとも、馬鹿らしいとも思える。だが、大切な何かのために、そこまでする理由はわかる。
杖使いの援護を頭の中に置きながら、彼は再び戦闘を開始する。先に動いたのは彼ではなく、相手。先ほどよりも目に見えて、その速度が上がっていた。回復しただけではなく、身体機能も上げるような薬だったのだろう。しかし、速度の問題ではなく、彼の魔法を貫かなければ、攻撃は通らない。ただの格闘術では彼の防御を貫通することもできない。速度をのせた拳であっても、彼の防護魔法を貫通することができなかった。




