どこにでもそれはあって 5
「おはようございます。ツキムラ様」
翌日、いつものように龍樹たちが登校すると、玄関の手前に彼女はいた。彼女は龍樹に気が付くと、しずしずと彼の近くに着て、軽くお辞儀しながらそう挨拶をした。小鳥以外の全員が、フリューがいることに驚いていた。龍樹とベルシャインたちの驚きは別の理由であったが、その様子は変わらない。小鳥だけがその状況を正確に理解せずに、頭を傾げていた。
「お兄ちゃん?」
小鳥に軽く服を引っ張られて、意識がその場に戻ってくる。まさか、昨日の今日ですぐに来ると思わなかったのだ。さらに言えば、昼休みや放課後ではなく、朝から来るとは思わなかった。
ベルシャインとベアトリスは、目の前の少女がストルエン家という大商家であることを知っている。この国の政治には介入しては来ないが、この犯罪都市で未だに正当な商売ができているのは、彼らがまっとうな商売人を守っているからだと言われているほどで、実際に犯罪者が表立って悪い商売ができないのは彼らがいるからであった。ストルエン家が商人ギルドを経営していなければ、とっくの昔にこの国は金銭面から終わっているといわれるほどだ。だからこそ、ベルシャインやベアトリスは彼らの機嫌を損ねるようなことはできない。
だが、聖女とその付き人が関わるとなると、いくら機嫌を損ねてはいけないとは言え、簡単に関りを持たせるわけにはいかない。それだけ、王家のとって、聖女と付き人は重要な存在であった。
ベルシャインとベアトリスが龍樹たちの前に出て、二人を守るようにして立つ。フリューは二人に視線を向けた。睨んでいるわけではない。だが、ベルシャインとベアトリスの行動の意味を考えれば、すぐに二人が何かしら重要な人物であると言っているようなものだろう。そして、この国に他の国の重要人物が送られてくるとは思えない。移動のリスクの方が大きいし、そのリスクを取ってまで、今のこの国に来るが分からない。確かにこの学園は珍しいものだろうが、それでも命を懸けるほどのものではないはず。とすれば、学園中で噂になっている二人の正体が真実に近くなってくる。
彼女はベアトリスに近づいて、口元を彼女の右耳に近づけた。
「そこの少女が聖女様なのでしょうか。そして、隣の男子が今回の聖女様の付き人様ということで相違ない?」
ベアトリスはその言葉を聞いても顔色一つ変えなかった。いつもの彼女ならすぐに慌てふためいたり、大声を出すだろう。しかし、彼女は将来の王妃だ。重要な事柄をうっかり話すなんて愚かなことはしない。
「……お二人は、ベルシャイン王子の客人ですわ。少し事情が複雑ですの。これで理解してくれますわよね。ストルエン家のご令嬢なのですから」
フリューはもともと、そこまで暴こうとは思っていない。彼女の目的は助けてくれた人への恩返しなのだ。彼が何者であろうと関係はない。
「私は、彼にお礼をしたいだけですよ。これ以上勘ぐることは致しません」
ベアトリスはそれでも彼女の言葉を信用することはできなかった。嘘をつくとは思っていないが、商家は何を考えているかわからないからだ。ベルシャインも心は彼女と同じだった。
「……すみません、今はあまり歓迎されていないようなので、私はこれで戻ります。ツキムラ様」
彼女はそう言ってお辞儀すると玄関へと入っていった。
空気が弛緩して、ベアトリスとベルシャインは息を吐きだした。そして、ベルシャインが龍樹の方を見た。
「ストルエン家の娘に何をしたのですか?」
「いや、助けたわけじゃない。あの人に詰め寄っていた人たちが俺に突っかかってきたから、反撃しただけだ。それを助けられたなんて思われてる」
龍樹はどこか不満そうにそういった。そもそも彼は小鳥以外が、自分に纏わりついてくるのが嫌いだ。お礼だなんだと言われて、近づいてくる女子は少なくなかった。それがなんとも面倒だったのだ。この世界であればそういうものもなくなると思っていたのだが、そういうわけではないらしい。この世界の人も元の世界の人と、持っている精神性はそう大きく異なるわけではないのだ。それはベルシャインや彼の父、ベアトリスやファベル、セレナルと関わっていたからわかっていた。しかし、前の世界のようにはならないと思っていたのだ。
そして、朝のストルエン家の令嬢の行動は学園の中に広がっていく。それは付き人様が彼女を助けたという噂だ。当然、玄関の前でそういうことをやっていれば、他の生徒などに見られる。五人とフリューだけがそこにいたわけではない。そして、彼女を助けたというのが噂ではないと知るものもいる。それは彼女に詰め寄っていた生徒たちだ。噂の中には自分の名前は出てないが、それでも自分たちが撃退されたことが思い出される。




