どこにでもそれはあって 4
翌日、小鳥とベアトリスとファベルに一瞬だけ任せて、彼はトイレで用を足した後、あまり気分の良くないものを見てしまった。それは一人の女子生徒を囲って、男子生徒と女子生徒で詰め寄っている状況だ。そのままみれば、一人の方がいじめられているように見えるが、今だけ彼女を助けても意味がないことを彼は元の世界の経験で知っていた。中学生の時にいじめられていた女子をただの自己満足の正義感で助けたことがある。そのあと、彼女へのいじめは多少エスカレートしていて、その度に助けた記憶がある。その時に小鳥以外を守るのは難しいと悟り、それ以降、よっぽどのいじめがない限りは彼は人を助けることはなかった。そもそも、彼自身が不良に絡まれていたこともあり、彼の近くでそういうことをしようという馬鹿はいなかった。
とは言っても、既にこの世界で彼のその行為を知るものはいない。小鳥でさえも、彼が暴力を振るっていたことは知らないのだ。そして、彼の強さを知らない人たちからすれば、彼は大した存在ではないと思えるのだろう。ただ、彼はそんなことは関係なしに、小鳥のところへ行くためには一番近い道だからと、その集団の近くを通ろうとした。しかし、その集団以外に人がいない場所に他の人が来れば、その集団も龍樹に気が付いてしまった。彼のことを知らないわけではないが、実際に彼が強いと思える場面に遭遇していなければ、ただの噂だと決めつけられる。
「あぁ? いいところにいるなぁ、いま、ちょっとむしゃくしゃしててよ。ちょっと殴らせろっ!」
集団の中の男子生徒が彼に気が付いて、舌打ちをして、言葉と同時に彼に殴りかかる。魔法でなければ、彼だって対処に仕方は理解している。相手がまっすぐ出してくるパンチを軽く受け止めて、ぐっと相手の拳を握った。相手の拳からミシミシと音がしそうなほどの力で相手は痛みに顔を歪ませて腕を振る。だが、その程度では彼の手を放すことはできずに、拳はさらに痛みを増す。
「ってえな! 離せよっ!」
ついに言葉でそういったが、龍樹は彼の手を放すつもりは全くない。攻撃されたのだから、それに対して報復くらいはするのが彼だ。
「お前から手を出してきたんだろーが。攻撃してきたんだから、手を失うくらいの覚悟はあるんだろ?」
彼はさらに手に力を込めた。相手の目に涙が浮かび、全力で腕を振るって彼の手を放そうとしたが、それでも手が離れることはない。手を振るっても手が離れないため、彼は龍樹に蹴りを淹れようとしたが、その全てが龍樹の足によって防がれる。どうあがいても、格闘では敵わない。彼は相手が魔法を使うだろうというタイミングで手を放して、相手の腹に一撃拳をいれた。
「あ……」
相手の口から空気が漏れて、一音だけ声が出た。その後は地面に体を打ち付けるように前に倒れる。その光景に、女子生徒をいじめていたであろう一人を除いて、恐怖を顔に張り付けながら、その場から逃げていく。倒れた生徒を放置して、彼はその場を去ろうとした。
「あ、その、ありがとうございました。授業の時も助けていただいて、何かお返しをさせてほしいのですが」
そう言われて、彼は振り返る。緑色の髪を一本に三つ編みにしている。たれ目の奥には緑色の瞳。顔を軽く俯かせて、自身のなさが伺える。背丈は小鳥と同じくらいだろうか。そして、彼女をしっかり視界にとらえたところで、ようやく今、いじめられていた女子生徒の顔を思い出す。魔法の中級の授業に出て、魔法を暴走させた男子生徒の魔法から助けた形になった女子生徒だった。最後にお礼も言いに来ていたのも思い出す。
「お礼は必要ない。今回は、俺に突っかかってきたから、やっただけだ。あんたを立助けるためじゃない」
「それでも、助けていただいたことには変わりありません。私があなたに感謝したいのです」
俯いてはいるのだが、その言葉ははっきりとしていて、見た目とは裏腹に、そこには信念を感じた。それがわかるのは彼が小鳥を何が何でも守り通すという信念があるからだろうか。
「はぁ、わかった。だが、とりあえず、今日のところは退いてくれ。明日以降に他の皆がいるときに来てくれ」
「わかりました。私はフリュー・ストルエンと申します。一応、商家の娘ですので、何かご入用でしたら、私がご用意して見せます」
龍樹は彼女が丁寧に自己紹介をしてくるものだから、自分も名乗らないのは失礼だと思い、彼はかったるそうに名を名乗る。
「……月村龍樹だ」
「ツキムラ様。よろしくお願いします」
彼のぶっきらぼうな挨拶にも丁寧に対応して、龍樹が軽く手を振って、彼女の元から去っていく後姿を彼女は見送っていた。




