どこにでもそれはあって 3
フリューへと飛んで行った魔法はいつの間に消えていた。誰もその現象を理解している者は一人もいなかった。しかし、何もせずに魔法が消えるなんてことはまずない。失敗したとしてもそこに込められた魔気が消えるまでは魔法は動き続けるのだから。
魔法が描き消えた彼女の視界には一人だけ、自分たちの方へ視線を向けている人が一人いた。それは昨日、ハルエラを立受けてくれた人物だった。彼は魔法が消えたのを確認すると視線を元に戻して、近くにいた小柄な女子の方に視線を移した。その女子も彼の行ったことには気が付いていない。たまたま、視線が彼の方へと向いていたからこそ、気が付いていたが、そうでなければ彼がやったことだとは全く分からなかっただろう。
「え、あれ」
フリューがいつまで経っても、体に衝撃が来ないと思いながら、目を開けるとそこんは何もなかった。彼女に攻撃を向けてしまった生徒もその状況を理解していなかった。ただただ誰かに助けられたということは二人とも理解していたが、その人物が誰かなんてことはわからなかった。
危険なことが起きたとは、考えられないほど平和に授業は終わった。そして、ハルエラは、伝えるべきか迷ったがお礼の一つも言わずにいるというのが我慢できずに、フリューに魔法が消えた李勇を話した。
「それはお礼にはいきたい」
フリューはそういうと、二人だけではなく、王子様たちを含めた五人になったところに向かって歩いていく。フリューだって怖くないわけではないが、それでもお礼も言えないなんてことはしなくなかったのだ。そして、ハルエラも彼女と共についていく五人へと近づいていく。
「すみません。先ほどは救っていただいたと聞きました。本当にありがとうございました」
彼女は腰を直角に折って、綺麗に頭を下げた。龍樹以外には彼女は何を言っているのか理解していない。龍樹が彼女の前に立つ。
「頭を上げてくれ。それに気にしなくていい。。怪我しなくてよかったな」
彼はそれだけ言って去っていった。彼女は軽く頭を上げると本当に、彼らが行ってしまったのを見て、彼が怖がるような人ではないかもしれないと思った。フリューはこの国でも犯罪者集団に商売で対抗できるほどの商家の娘だった。そして、彼女は幼い頃から人と関わる機会が多くあり、相手が悪い方向にいる人か、いい方向にいる人かくらいの判断ができた。ただの一瞬であっても、彼が悪い方向にいる人ではない気がして、彼を不必要に怖がるのは間違っているような気もした。しかし、自分が気楽に話かけることができるような身分の人ではなさそうなことを考えれば、怖がらなくともまた話す機会というのは限られてくるだろう。
(それに、私は口下手だし。商売でなければ、どうにもうまく口が回らない。頭の中にある言葉は沢山あるのに、それを整理して口から出して、日常会話をするのが難しい。ハルエラは、言葉足らずでもある程度は理解してくれるし、わからないところは我慢強く聞いてくれる。聖女様とその付き人というくらいだから、すぐに怒るなんてことはないとは思うけれど、それでも迷惑をかけていい相手ではないことは確かだ。自分の行動一つで商家の名誉に傷をつける結果にならないとも限らない。そんな取り返しのつかないことにはできない)
頭の中には思考があふれれているのに、それを口に出すときにはどうしてもまとまらずに、仕事以外の会話がほぼほぼままならない。
「今のは?」
ベアトリスが龍樹にそんなことを訊いた。女子生徒が二人、彼に近づいて、一人が綺麗なお辞儀で謝っているのを見たあとすぐのことだ。
「いや、何でもない」
「な・ん・で・もないことありませんわ! あんな誠意のある謝罪を受けるだけの何かをしたのは間違いないと思いますけれど?」
ベアトリスは彼に詰め寄り、圧迫しようとしているが、彼女の背が足りずに、龍樹にはその圧迫も効果がない。彼は近くに来た彼女を見下ろすだけで、彼女に怖さを感じなかった。しかし、かたくなに秘密にすることでもないと思い直して、先ほどの授業のことを説明した。その流れで、昨日起こったことも一緒に話さなくてはいけなくなって、それも話した。
「なるほどですわ。それであれほどまでに感謝されていたのですわね。納得ですわ!」
ベアトリスは今、お礼を言いに来た女子生徒の顔がはっきり見えていなかったため、気が付かなかったが、ベルシャインは彼女が近づいてくるのを少し見ていたので、彼女は何者かを理解していた。だからこそ、彼が何も要求しなかったことが少し恐ろしかった。
「……ベアトリス、今の女子生徒はストルエン家の娘さんだった。龍樹は大丈夫かな」
「……本当ですの? 少し面倒になりそうですわね。でも、私たちでフォローすれば悪い方向にはいかないと思いますわ。それに、王家との関係も悪くはないのでしょう?」
「そうだけど。まぁ、焦ってもどうしようもないか」
二人の秘密の話は、龍樹たちにも聞こえていた。しかし、小鳥に危害を加えないなら、彼からも手を出そうとは思わない。




