中
次回は、7月19日更新予定です。
丁寧に挨拶してくれた三人の担当者さん。女性だけなのは、今は無性に有難い。矢上君が居ないのが、ちょっと不安だけど。
「鈴木 夏美です、宜しくお願いします」
私も担当者の皆さんに、丁寧に頭を下げた。
「ごめんなさいね、矢上君も居て欲しいと思うでしょうけど、今回はちょっと向かないのよ、彼だと」
榊原さんが説明してくれた。よく分からないが、矢上君では無理な何かがあるらしい。そこは専門家が言うのだから、そうなんだろう。
「さて、まずは今お持ちの御守りを貸して頂けますか?」
「えっ? はい」
椎名さんという方に言われて、今現在着けている、水晶のブレスレットを含む、全ての御守りを机に並べた。何故か、御守りを見る皆さんの顔が険しい。
「う~ん・・・美鈴ちゃん、視て貰える?」
椎名さんに促された神戸さんが、眼鏡を外して、御守りをジッと視る。あまり長い時間では無かったけど、彼女は直ぐに眼鏡を付けた。そのまま、眉間を揉んでいるから、かなり目がしんどいらしい。
「美鈴、どうなの?」
榊原さんに問われた神戸さんは、ようやく視線を彼女達に向けた。綺麗な子なので、妙に様になる。
「ダメですね、もうほとんど効果は無いようなので、新しいお札を渡すべきかと」
「そう、予想通りね・・・鈴木さん、申し訳ないけど、御守りは此方で預かるわ、ブレスレットは・・・大事な物かしら?」
「はい、お誕生日に貰った物です」
水晶のブレスレットは、母からお誕生日に貰った物で、手放したくはない。
「なら、私が浄化してから、お返ししますね」
椎名さんが、丁寧に持ち上げて、ハンカチに包んだ。代わりに、別のハンカチを出して、その中から幾つかの品物を出す。どれに対しても、終始丁寧な手つきである。
「解決するまでは、此方をお持ちくださいね」
出した品物は、それぞれ、華奢な一粒の水晶が揺れるイヤリング、水晶が二段程着いた、品の良い幅広のブレスレット、更には水晶が着いた華奢なデザインのネックレスである。
「・・・えっと?」
意図が分からず、困惑する私に、椎名さんは優しく説明してくれた。
「これらは魔除けの御守りです、一式あれば、かなり強い作用が有りますから、着けていて下さいね」
成る程。天然石は御守りというのは、やはり、正解だったらしい。だが、いくら華奢でも、これは中々の品物で、普段着の私にはちょっと似合わないのでは? かなり、躊躇した。
「さぁ、着けたら、現場に行ってみるわよ」
そんな私等、気にも止めず、突然の榊原さんの宣言に、思わず固まった私は、悪くないと思う。それだけ、急だったのだ。
「あ、あの、その場所は本当にあるんでしょうか・・・?」
ポロリと、本音が漏れた・・・。だって、証拠と言えるのは、私の記憶と、私の腕にある、幅広い紫色の痣だけなのだ。不安にもなる。
「あると思いますよ」
そう、答えてくれたのは、今まで静かに事の成り行きを見ていた、神戸さんだった。
「その紫色の痣は、間違いなく、こっち側のモノが付けたはずです、人間が付けられる痣ではありませんから」
スパッと言い切られて、妙に何故か納得したのだ。確かにあれは、人では無かった、とーーーーー。
「となれば、やはり、現場に行ってみるのが一番です、見落としている“何か”がありますよ」
年下の神戸さんに、冷静に言われて、正直気は進まなかったが、明るいうちに行くのを条件に、承諾したのだった。
◇◇◇◇◇
四人で車に乗り、あの駅の近くに行く。
「帰りは、この駅から歩いて、次の駅へ向かうんです」
いつものように歩いて、あの日を再現する。真っ直ぐ歩くだけの道で、私はいつも、左側を歩いていく。横断歩道が一番少なく、真っ直ぐ歩くだけの道。
だからこそ、迷う理由が分からないのだ・・・。
「・・・あら? 工事してるのかしら?」
椎名さんに言われて、そういえばと思い出す。あの日は、夜にも工事をしていて、いつもの左側の道では無く、右側の道を通ったのだ。
「確か、こっちを通って・・・・・あれ?」
そう、此方の右側の道には、左側へ渡るべき、横断歩道が、無い。完全に無い訳ではなく、かなり先に一つあるだけだ。それも、Yの字型交差点の、ちょうど手前だけ。あの日は、ちょうどそこで工事があって、信号も光って無かった。
「これ、暗いと気付かないわね、とにかく真っ直ぐ歩いてみましょ」
榊原さんに促されて、私達は歩いていく。しばらく歩いて気付いた。この道、似てるのだ。左側の道に。つまり、私はあの日、左側ではなく、右側を通った可能性が出てきた。
「道を間違えたから、迷ったのかしら?」
いくらなんでも、おかしい。確かに工事があったから、普段とは違う道を通ったけど、それにしても、気付かない何て事があるんだろうか?
不安に思いつつも、かなり進んだ頃。
「あら、この道、右側に曲がるのね?」
榊原さんの言葉の通り、大きく右側に曲がるところがあって、その先は、高い塀で何やら囲いがあった。
「あれ? この高いのって・・・」
記憶にある、確かにあの日、襲われた場所に、似ていた。背筋にゾワゾワした感じがして、呼吸が浅くなっていく。妙に寒く感じて、知らぬうちに、体が強ばっていく・・・。
「鈴木さん? 大丈夫ですか?!」
私の異変に気付いて、神戸さんと椎名さんが、背中を擦ったり、落ち着かせてくれるが、強ばった体は中々、言うことを聞いてくれなかった。
「ゆっくりと息を吸って、はいて下さい、大丈夫です、我々が居ますから、怖い事はありませんよ」
優しく言い聞かせるように、椎名さんに言われて、頭では分かっていても、あの恐怖が甦ってきて、どんどんと不安が大きくなっていく。
「鈴木さん、私を見て下さい、大丈夫、何があっても我々が守りますから!」
小さくなっていた私に合わせ、椎名さんが、顔を合わせてくれた。真っ直ぐで、優しい表情に、段々と落ち着いてくる。
「・・・・・もう、大丈夫です」
呼吸は落ち着いてきた。あの日の出来事は、やはり、恐怖でしかないのだと、改めて思う。
先頭を歩く榊原さんは、辺りをキョロキョロと見ていた。
「あら、この先は田んぼなのね? ふぅん、確かにこれなら、町の光は見えないわね」
榊原さんに促されて、我々が見たのは、道の左右にある高いフェンスと、その下に流れる川である。更に奥に行くと、高い塀と、背の高い木々があった。
あの日、私が見た以上に、町の光は遮られていたのである。
「それじゃ、もう少し先に行ってみましょ」
どこか楽しそうな榊原さんに、他の二人は苦笑気味にしつつ、付いていく。
「まぁ! こんな近場に、広大な田んぼがあるなんて・・・」
椎名さんも、驚いていた。隣にいる神戸さんも、かなり興味津々だ。
あの日、薄暗い中で見た、真っ直ぐな道。左右に広がる広大な田んぼ。緑色に染まる一面は、何とも雄大で、穏やかな空気が流れている。その先には、山がそびえていて、ここだけ、別世界に来たようにすら、感じた。
「・・・・・あっ、圏外ですね」
神戸さんだった。私も直ぐに、スマホを取り出すと、あの日と同じように、圏外のマーク。
「もしかして、山に囲まれてるからじゃない? 住宅地も無いし、あるのは、この道と灯りに、田んぼだけ。完全な通り道よね」
スパッと榊原さんが言う。しかし、我々が来てから、車が通る事が無い。あの日みたいで、明るくとも、やっぱり何処か薄気味悪さを感じてしまう。
「美鈴、あんた、何かみえない?」
榊原さんに言われて、また、神戸さんが眼鏡を取る。彼女の目が、辺りを見るが、何だろうか。とても不思議そうに、辺りをみている。
「どうしました? 美鈴ちゃん」
椎名さんも、気付いたらしい。明らかに、神戸さんは、様子がおかしかった。
「いえ、あの・・・綺麗なんですよ、ここ」
綺麗? 確かに彼女はそう言った。確かに長閑な田舎の風景で、綺麗な風景だろう。だが、彼女の言い方は、別の意味に感じた。
まだ、明るい時間帯なのに、彼女達は何を視ているのだろう。
「綺麗・・・ですか、鈴木さんに残っている気配は、私も見えませんけど、美鈴ちゃんも、見えないんですね?」
「はい、ここ、妙に綺麗で、怪しい気配も見えませんし・・・暗くなってから、また、来てみるしかないですね」
ゾクッとした。当たり前のように、夜に来ると言われたから。先程収まったはずの震えが、また襲ってくる。
「恐らく、夜が鍵ですね」
私よりも若い神戸さんが、言い切った。頭では分かっている。早く解決するためには、必要な事だと。
「分かったわ、多分、夜なら会えるでしょう」
榊原さんの決定に、誰も何も言わなかった。