13.保護と守秘義務
黒散原野の入り口の町で、ライムを含む二十名の剣士や術師が集まった。男も女も、攻撃的な能力や防御的な能力、そして治癒的な能力に富んでいる者達だ。
「みなさん、割印を」
アンの声に応えて、全員が片手に割印の翡翠を用意する。
「最終確認です」
アンが、落ち着いた声で言う。「この仕事を引き受けて、絶対の守秘義務を守れる人だけ、割印を飲み込んで下さい」
早速、口に石を含み呑みこむ者、戸惑うような表情をしてから、恐る恐る石を口の中に入れる者、割印を手に持ったまま周りを見回している者に分かれた。
見回している者のうち、「石を呑み込んで大丈夫なのか?」と聞いてくる者には、アンは「術で浄化しています。害はありません」と答えた。
体に害はないと聞いて、数名が割印を吞み込んだ。
しかし、三名だけ、「そこまで厳重に守らなきゃならない秘密には関われない」と言う。一人が、アンに割印を返そうとした。
その瞬間、その一人は意識を失い、倒れたと同時に何処かに瞬間移動された。
明確に拒絶の様子を見せた三名は、次々に意識を失ってその場から姿を消され、まだ石を呑み込むことを迷っていた別の二人が、それを見て震え出した。
震えながら、唇に石を挟む。どうやら、意識を消される恐怖を味わうくらいなら、引き受けてしまったほうが良いのではと思っているらしい。
「迷うのであれば、引き受けないほうがよろしいでしょう」とアンが言うと同時に、口元に石を持って行っていた二人も、意識を失わされて何処かに飛ばされた。
彼等が立っていた場所に落ちた割印を、アンは一つ一つ回収する。
割印を呑んだのは、最終的に十五名。ノリスが希望していた人数よりは減ったが、アンとノリスと霊媒の三人を「大人達」の数に入れれば、十八人だ。ギリギリ、二十名弱と言えるだろう。
「それではこれから、現場の最寄りまで行きます。みなさん、少し集まって下さい」
そう言って、アンは十五人を一ヶ所に集める。その周りに、魔力を通した箒の房を這わせた。ずるずると大きめの円を描き、自分も中に入る。
「それでは、しばらくうるさいですが」と前置きをしてから箒を逆さに握り、「壱、弐ぃいいいい……参!」と掛け声をかけて、円を描いていた青白い魔力の帯を叩いた。
十六人を瞬間的に運ぶ大移動で辿り着いたのは、深い森の中だった。落葉樹は葉を落とし、紅葉は鮮やかで、針葉樹は青い枝を見せる。踏む足元はふかふかとして、木の枝と落ち葉が降り積もったもので出来ている。
踏み固められていない地面に足を取られて、体のバランスを崩す者もいた。
「此処から、徒歩で移動します。時間としては三十分ほどです。この通り、人の通ったことの無い所を主に歩きますので、注意して下さい。術に覚えがある人は『防御』を備えて下さい」
アンがそう呼びかけると、術師の一人が、自分の両脚に手をかざし、『毒蛇除け』をかけた。すると、まるで鋼鉄で覆われたような結界が発動する。
「何これ。こんなに強い術じゃないのに……」と、女性の術師が困惑していると、アンがちょっと振り返って、「割印に含まれてる魔力です。一定期間、みなさんは私の魔力での保護を受けています。使う術によっては、出力が強くなったりするかもしれません」と言う。
「割印の魔力の成分は?」と、聡い者が聞き返す。
「主に、封印と浄化です」と、アンは答え、「準備は出来ましたか? 先を急ぎます」と続けると、低木が茂る中に歩を進めた。
アンが十五人を導いた先には、バラック小屋が作られていた。絶対の守秘義務を守らせるにしては、施設は簡易的だなと、連れて来られた誰しもが思った。
恐らく、素材も技術もないのに急ごしらえで作った「根城」なのだろうと思って、一同が小屋に入ると、内部は石造りの広間になっていた。飾り襞のあるカーテンに覆われた窓と、上質な布地のソファが備えられ、中央に琥珀色の大きなテーブルがあった。
天井には魔力式のシャンデリアが燈り、それでも明かりの届かない場所は、壁に備えてある照明で照らされている。
足元は、ぐらぐらする柔らかい地面ではなくなり、しっかりした踏み応えの石造りの床に、オリエンタルな幾何学模様が描かれた、柔らかい絨毯が敷かれていた。
「此処をしばらくの居住地として下さい。奥には、みなさんの部屋もあります」と、アンは説明する。「この広間は、主に作戦を立てて待機する場所として使って下さい。それから……ちょっとした学習会もします。作戦を立てる前に。少し待ってて下さい」
そう言われて、広間を見回していた全員が、アンの歩いて行く方向に目を向ける。
アンは、「建物の奥」に行ってから、くるくると丸めてある丈夫な紙の筒を持ってきた。「まずは、着席を」と促すと、雇われた者達はテーブルを囲む椅子に座る。
広間のテーブルに広げられた紙は、幾つもの図形が描かれていた。その図形は、何かの絵が重なり合っているようにも見え、また、何かの文字が重なり合っているようにも見えた。
アンが、片手の四つの指に魔力を込めて、紙の端をピアノを弾くように叩く。
紙の表面から光が発され、空中に、近年大発明だと騒がれている、「ホログラム」に似た映像が浮かび上がった。蜂のような頭部と、蜘蛛のような腹を持った、不思議な生き物。それが唯の虫ではない事は、胸にある肢のうちの前から二つ目が、蛙の手のような形になっている事で分かる。
映像は回転し、周りにいる全員に不思議な生き物の全身図を見せている。
「これが、みなさんに『守って』いただきたい、蜂蜘蛛と言う生物です」
アンはそう言って、全員が蜂蜘蛛の姿を暗記したと同時に、一歩の指で紙の端を叩いた。蜂蜘蛛の隣に、人間を模した図形が浮かぶ。
「平均的な成人男性の姿と比べると、成虫の蜂蜘蛛はこのくらいの大きさです。最初に会った時は、少し驚くかもしれません」
そう解説者が言う通り、成虫の蜂蜘蛛の体躯は牛や馬より大きい。隣の人間の図と比べると、二列式の四馬力馬車を想像させた。
「これを、私達が守る必要があるのか?」と、ライムが聞いてきた。
「希少な生き物と言う事? 頭数は?」と、さっき毒蛇除けの術を使ってびっくりしていた、女性の術師も聞いてくる。
「今は千頭以上いますが、まだ体が完全に成熟していない『幼虫』や『幼体』の者が多いです。蜂蜘蛛は年を経るごとに、それまでより大きな体を手に入れます。
今、みなさんが見ているのは、平均サイズの蜂蜘蛛です。一番大型の者は、女王として彼等の住処に存在します。ですが、彼女は邪気を放つ以外の戦闘能力はありません。ほとんど、卵を産めるだけです」
説明が続くにつれ、雇われ人達は思案顔になった。邪気を放つことができる生き物を、希少だと言う理由で守るのか? と言う疑問があるのだろう。
「何故、『蜂蜘蛛』を守らなければならないかは、以前もお話した通りです。彼等の庇護を受けている『子供達』が居るからです」
アンは表示する映像を変え、話を続けた。




