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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第三章~魔女の庭の片隅に~
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12.間者としての

 秋も深まり、少しだけ曇っている日の事だ。

 ノリスが、「新しい道具を持ってくる」と言って、蜂蜘蛛の住処を後にした。彼女が間者としての仕事をしに行くのを、知っているアンは、少し表情を緊張させた。

 しかし、フライパンを構えているためか、その表情の緊張は、あまり目立たない。どうやれば、綺麗にパンケーキをひっくり返せるのかに一生懸命だからだ。

 料理係の子がアドバイスをくれる。漆黒の髪が印象的な、茶色い目の女の子だ。

「ヘラで充分にフライパンから引っぺがしてから、一気にひっくり返すの」

 また別の子もアドバイスする。

「外側に滑らせるようにすると、上手く行くよ」

「タイミングは?」と聞きながら、アンは実際に、フライパンにくっついているパンケーキを、ヘラで引っぺがした。

 最初の子が教えてくれる。

「タイミングは、まだパンケーキが柔らかくて、焦げ付く前。リズムとしては、よーい、しょ! って感じかな」

「了解」と言って、アンは緊張した顔のまま、パンケーキを外側に滑らせ、「よーい」と呟いた。

「しょ!」と言う掛け声と共に、パンケーキは宙を舞い、フライパンにべちっと着地した。

 少しだけ形が歪んでしまい、「あー……」と、子供達とアンは残念そうな声を出す。

 その様子をちらっと見て、ふっと笑ってから、ノリスは霊媒達にこう言い残した。

「みんなが冬になってもお風呂に入れるように、でっかいビニールのプールを持ってくる」

 霊媒も笑顔を浮かべ、「気を付けて」と言って、仲間を送り出した。

 子供達はいずれ風呂が登場することに喜んだ。

 男の子が先に湯舟に入るか、女の子が先に湯舟に入るかを決めるため、枯葉に記号を書いて箱に投票することまでしていた。

 厳正なる投票の結果、男の子は後、女の子は先、で、話は……落ち着かなかった。

 ある男の子が、髪の毛をガリガリ書きながら文句を言う。

「女の子って、お風呂に入ると髪の毛洗うじゃん。お湯が少なくなっちゃうよ」

 それを聞いた女の子が言い返す。

「お湯ならいくらでも沸かせるじゃない。それに、髪の毛も洗わない子が先に入ったお風呂なんて、気持ち悪いよ」

 髪の毛も洗わない子、と言うのは、もちろん男子達を総まとめで示している。

 双方の言い分は、女の子側が優勢で終わり、お湯はプールを一杯にする以外にも用意する、と言う所で落ち着いた。


 ネイルズ地方から「帰国」し、ノリスはクオリムファルンの小さな町で、ビニールプールを売っている店を探している。

 タイガが向こうから歩いて来る。ノリスとすれ違うふりをして、彼女のポケットに読み取り用の水晶を転がした。

 ノリスは何でもないように、玩具屋で大型のビニールプールを選ぶ。軽い素材で出来ている自転車用の空気入れも買った。

 それから、アロマ専門店で入浴剤を買い、荷物を持って喫茶店に足を運んだ。席を探す仕草で、先に別の席に座っていたタイガをちらっと見てから、視線を合わせないように近くの席に座る。

 タイガはカフェオレを飲んでいた。クオリムファルンでの異常は「変化なし」のようだ。ノリスが視線を走らせたとき、カフェオレに角砂糖を三個入れた。浄化成功地点は三ヶ所。

 一度安心はしたが、タイガはウェイトレスを呼びつけ、お茶のお菓子を頼んだ。「ミルクレープをブルーベリーソースで」と。

 暗号を受け取ったノリスは、グッと唾を飲んだ。一ヶ所、邪気の濃度が濃くなっている地点がある。そして、彼はミルクレープを選んだ。邪気を発している箇所に向かった討伐隊の規模は、千人単位。

 そのうちの一部は、蜂蜘蛛達を追っている。

「お決まりでしょうか」と、他のウェイトレスがノリスに呼びかけた。


 ノリスは、レモンティーとハニーバームクーヘンを頼んだ。蜂蜘蛛と子供達を守る協力者が現れた事と、蜂蜘蛛達は「蜂蜜を手に入れた」事を伝えた。背後からでも見えるように、傍らにある砂糖壺から、レモンティーに角砂糖をひとつ入れる。

 蜂蜘蛛達に浄化の必要はない。

 タイガはカフェオレをティースプーンで一度掻き混ぜ、チリンと言う音を立てる。

 お互いの情報交換は終わった。後は、テーブルに集められた甘い物達を、涼しい顔をして食べる事が任務である。

 タイガは、クリームたっぷりのクレープと甘ったるいカフェオレを、無表情に口に運んだ。

 ノリスは、あの辛党坊やが、ミルクレープを食べる事になった災難を、口の端で笑った。


 遠路を列車で南下し、タイガは基地からは程遠い町の宿に向かった。偽名で予約していた部屋に入り、トランクの中から、着替えや手回り品の他に、水晶版を取り出す。

 部屋のテーブルに水晶版を置き、椅子を近くに持って来て、さっそく通信を始める。

「デニアスからアラムへ。姫達は静かなものだ。召使も養子達も毒されてはいない。ソミーの日記には、不穏な点はない」

 数分後に、待機していたらしいセラからの返事が届いた。

「ソミーも毒されている可能性は?」

 タイガも返事を綴る。「無いとは言い切れないが、ソミーは毒を纏っていなかった。どちらかと言うと、ソミーの力は洗練され増幅しているようだった。そして、ソミーには友人が出来た」

 しばらく、返事は帰って来なかった。

 続きを書こうかと水晶版の上に手を伸ばすと、「その友人は、良い奴か?」という短い返事が来た。

「親しい奴だ」と、タイガは返答した。「ビルティを退学させるのは、恐らく不可能だろう」

 一瞬、通信の力にノイズが入る。タイガは、通信の向こうでセラが机を叩いたのが分かったような気がした。

「ビルティは、学校で必要とされているのか?」

 頭に血が上っているのか、セラの暗号文が短絡的になって来ている。

「ソミーの日記によれば」と、タイガは書き出した。「ビルティは姫に夫を与え、兵士を与えている。ビルティが居なければ、姫達はまだ毒を発していただろう。彼等の毒は中和されつつある」

 養子達は……と書きかけて、先走らないように手を止め、先に書いてあった情報だけを送信する。

「了解した。継続を頼む」と、セラは送ってきた。

 まだカオンを取り戻す事を諦めてはいないようだと察したが、「継続了解」とだけ返し、通信を切った。


 役所でネイルズ地方への再入国許可証を取り、ノリスは蜂蜘蛛の住処までの帰路についていた。

 新しく受け取った水晶に、その間のノリスの視界と聴覚が記録される。しかし、彼女も馬鹿じゃない。途中で色んな寄り道をし、最終的には水晶の機能を一時的に機能不全にしてから、ネイルズ地方に再入国した。

 タイガの魔力が水晶の中で持続するのは、約二週間。その度にネイルズ地方――エイデール国――からの帰国と再入国を繰り返すと怪しまれるので、時々、タイガのほうがエイデール国に旅行に来ている。

 身分証を偽造するのも、もう慣れたものだ。特に、国を挙げてのお祭りが開催されている期間は、入国審査が簡単で良い。

 この祭りが一年中続いてたら良いのに、と思いながら、ノリスは寄り道のための途中下車を繰り返していた。

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