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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第三章~魔女の庭の片隅に~
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10.散らかった庭

 お掃除をしよう、と、子供達のうちの誰かが言い出した。新しい蜂蜘蛛の成虫達が歩き回るのに、周りの森は動物の遺骸で汚れすぎていると言うのだ。

 子供達はうんうんと頷き、それから霊媒を見た。霊媒も少し考えてから、「それじゃぁ、歩いて行ける範囲の掃除をしましょう」と決定した。

 子供達は、大掛かりな仕事に成る事を頭に入れて、遺骸に直接手を触れないための、骨で出来たナイフと、燃やすための油を持って行った。火は、自分達の能力で熾せる。

 幾つか、遺骸を投げておいておいた場所に行ったのだが、つい先日まで腐臭を放っていた遺骸の山が、無くなっている。

 みんな、不思議そうな顔をして、あちこちを見回した。幾つ目かの遺骸置き場に着いた時、霊媒が子供達の頭の上に手をかざした。「さがれ」の合図だ。子供達は、霊媒の手より後ろの方に引く。

 森の木立を抜けた辺りに、誰かいる。確か、あの辺りにも数体の遺骸を放置しておいたはずだ。

 ジュッと言う、水が焼けて蒸発するような音がした途端、遺骸の放っていた臭いが消えて、木立の香りの中に紛れる。

 そちらの方から軽い風が流れてきて、目を輝かせた子供達は、霊媒の指示を忘れて、風の吹いてくる方に一斉に走り出した。

「駄目!」と霊媒は声を上げたが、集団行動に重きを置く子供達は制止を聞かない。

 子供達は、風の吹いてくる先で、白い髪の一人の女性を見つけた。


 魔女の正装をしている女性は、アンと名乗った。猟師の組合から依頼を受けた清掃員で、最近山の中で散らかっている獣の遺骸を、片づけてくれと言われたそうだ。

 アンのおかげで、「酷い環境」に成りかけていた山の中は、だいぶ綺麗になっていた。

「まだ何か所か遺骸が残ってるから、一緒に片づけてくれるかな?」と、アンは膝に手をついて姿勢を低くし、子供達に聞いた。

「もちろん!」と、子供達から歓声が上がった。それから、霊媒のほうを期待に満ちた目で見る。

 霊媒はすっかり諦めていて、「好きにしなさい」と答えた。


 アンと一緒に大仕事を片づけている間、子供達は身体を動かす事を楽しんでいるようだった。

 アンの掃除の仕方は、一ヶ所に亡骸を集めた後、魔力を使って亡骸を塵に変える。その塵も小さな石粒のように固め、霊的な力は封印してしまう。

 器用に術を使うアンに、「そう言うのは、どうやってやるの?」と聞いている子が居た。赤い片目を眼帯で隠している髪の長い子だった。

「覚えたい?」と、アンは聞いた。

「うん。僕もやってみたい」と、子供は答えた。

「君、男の子なの?」と、アンが聞き返す。

「うん。ジュノって言うの」

 そう返事をもらって、アンはジュノの傍らにいる女の子を見た。ジュノとほとんど同じ格好をしているが、眼帯はしていない。隠していない片目は、ルビーように鮮やかな赤だ。

「こっちの子は、きょうだい?」とアンが聞くと、ジュノは「ジャネットは友達」と答え、「それより、お片づけをどうやるか教えて」とせがんだ。

 アンは、幾つかの術の名前を上げ、どの術にどのような魔力の操り方が必要かを、ジュノに教えた。

 ジュノとジャネットは、アンの扱っている魔力の流れをよく見ていて、自分達でも真似し始めた。

 四回目くらいで「遺骸を塵にする」事が出来、次の回で塵にした遺骸を石にすることが出来た。

 しかし、霊的な力は封印できず、其処だけはアンにお願いをした。

 ジュノとジャネットの様子を見て、他の子達も真似しようとし始めたが、ジュノ達のように上手く行かない。ジュノとジャネットは、子供達の中でもとりわけ器用な子のようだ。


 泉の周りでお昼休憩をとる事にして、子供達は夫々が持っていた「燻したジャガイモと干し肉のお弁当」を食べ始めた。

 ふわふわの淡い色の髪の女の子が、おずおずと、自分の持っていたジャガイモの一つをアンに差し出す。

「ありがとう」と答えてアンは枝に刺したジャガイモを受け取り、着ていたワンピースのポケットからキャラメルの箱を取り出した。そして一粒を女の子に渡す。「お返し」と言って。

 他の子供達はそれを羨ましそうに見ていたが、自分もジャガイモあげるからキャラメルをくれとは、言わなかった。そこは、霊媒がきちんと躾をしている。


 子供達の中の最年長は、九歳の子達だった。彼等は来年で十歳になる事を喜んでいた。みんな変わった服を着ている。在り合わせような、年齢と体つきに合って居ないような。

「十歳になったら、霊媒さんが、新しい服をくれるって言ってるんだ」と、子供達は言う。

「それは良かったねぇ」と、アンは子供達と一緒に、喜んだ様子を見せた。

 やがて、霊媒が声をかけ、子供達は「おうち」に帰る事に成った。座り込んでいた泉の周りから立ち上がり、自分達の背丈と同じくらいの低木の中を、見知った道のように歩き始める。

「貴女には助けられた」と、霊媒はアンに言う。「何時でもこんな幸運が起こると思わないけど、また来てくれたら嬉しい。いくら掃除しても、すぐに散らかるからね」

 アンは口元に笑みを浮かべて、「定期的にお掃除には来ます。また、会う事もあるでしょう」と言って、霊媒に片手を差し出した。

 霊媒と清掃員は握手を交わし、夫々の帰路に就いた。


 山間の村で、泊めてくれる家を見つけた。アンはその家で客間を宛がってもらい、少し埃っぽい部屋の片づけをして、綺麗になったベッドに座って考え始めた。

 行方不明になった子供達は、決して不幸と言うわけでは無いようだ。生きるために工夫して、力を使い、自分達の生活を住みよくしようとしている。

 彼等を人間の社会に引き戻す事は、彼等の幸福につながるだろうか? そう考えて、ジャネットの赤い瞳を思い出す。虹彩が赤いだけではなく、赤い瞳の瞳孔は明るい場所に居ると猫のように細くなる。

 赤色鳳眼(せきしょくほうがん)を持っている彼女と、恐らく同じ瞳を持っているジュノは、人間の社会で生きていくなら、唯の厄介者だろう。

 能力を伸ばせる環境に、誰しもが恵まれると言うわけではないのだ。

 彼等が「人間にも魔物にも神様にも見捨てられた子供達」なのだとしたら、見捨てた者の元へ戻るのは、あの子達には「死」の中に戻るのと同じだろうか。

 アンは、彼等をしばらく見守る事にした。

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