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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第三章~魔女の庭の片隅に~
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9.迷い児達

 黒散原野(ティーズソーナ)に最も近い町で、アンは馬車を降りた。そして、何故かライムも馬車を降りた。

 ライムは「私はこの町の酒場か宿屋に居る。もし剣が必要な用事があったら呼びつけてくれ」と言って、さっさと酒場のほうに歩いて行った。遠くで、酒場の扉のベルが鳴る音がする。

 アンは、ライムをよく分からない人だなぁと思っていた。剣が必要な用事があっても、呼びつけはしないだろう。大体の難事があっても、なんとかできる自信はある。

 旅行パンフレットで黒散原野の位置を確かめ、地図と今立ち止まっている場所を照らし合わせてから、てくてくと歩き出した。

 義理を感じる必要もないだろうが、もし酒場の窓からでも見ていて、「ツーッと飛んで行ける人を有料の馬車に押し込めて移動させたのか」と言う恥ずかしさを、ライムが覚えるかもしれないと言う、変な気を利かせて。


 土地を荒らさないように、歩行者専用の踏板が渡された黒散原野は、乾季であるためか名前とは違って白っぽい土を見せている。

 花の見頃だと言う五月に来れば、様々な色のカラフルな草花が、地面一杯に広がる光景を楽しめる。そして、その草花が枯れる時、どんな色の花だったとしても、必ず真っ黒に変色して砕け散ると言う、不思議な現象も見られる。

 それが黒散原野の名前の由来だ。

 黒く変色すると言う所から、アンは何等かの邪気が関係しているのかと憶測を持っていたが、原野の内側に入り込んでも、地面や空気中に邪気の気配はない。

 丈夫な踏板はしっかり整備されていて、何処を踏んでも軋む音さえしない。定期的に踏板を取り換えているのだろう。

 人間が出入りするための踏板の届く範囲に、獣や魔獣の気配はない。木立の手前で踏板が途切れ、「この先立ち入り禁止」と言う看板の置かれている所に来てから、アンは辺りを見回し、ようやく箒にまたがった。


 お気楽な青空をツーッと飛んで行くと、木立は隆起し、坂に成り、丘に成り、山に成った。途中で、山間の小さな町や村を見つけた。

 何回か、拓けている地面に居りて、パンフレットの地図を確認した。

 本当にホウガを連れて来れたら良かったのにと、アンは思った。精霊に地図を読み込ませて、空中に地図を表示させることができると、とても便利なのだ。

 しかし、ホウガはあくまでもドラグーン清掃局付きの精霊なので、仕事を休むのに無断で連れてくるわけには行かない。

 黒散原野(ティーズソーナ)と名付けられた土地は、次の山の天辺辺りで途切れるらしい。その先は、馬車で一緒になった学生達が言っていた限界断崖(アータラート)のある、天辺の平たい山脈になっている。

 そうなると、黒散原野の何処かに、織七巡と言う町があるはずだ。

 だが、今のアンには観光より、優先しなければならないことがある。それが最悪の事態なのか、それとも最善を尽くした結果なのかを、知らなければならないのだ。

「幼虫を殺すのは最後です」

 そうアヤメに告げた時、アンはそれを外部に逃げた成虫を呼び寄せる餌であるとした。であるが、彼等に逃げ延びてほしいと、アンと共に存在している者達の一部は思っていたのだろう。それは、子供達なのだろうか。それとも、自らも子を持ったことのある、大人達の誰かだったのだろうか。

 誰の意見で、どんな理由だったのかは分からない。それをはっきりさせた所で、何も生まれないのだ。

 あの日、アンは蜂蜘蛛の幼虫達が逃げるのを許した。それにより招かれた結果を、彼女は確認したかった。

 地図をリュックサックに戻し、箒にまたがって再び空に舞い上がる。仕事の時のように、ゆっくり呼吸をする。深く吸って、数秒止め、ゆっくり吐き出す。混雑しやすい頭がはっきりしてきた。

 朱緋眼に霊視の力を込め、アンは空中から見下ろせる範囲をくまなく見つめた。


 地下水が湧きだす泉で、水底の泥が入らないように、木製のバケツに上手く水を汲みあげる。水汲みは、ノーラとノノラの、毎日の仕事だ。ほんとうのおかあさんの所に来てから、毎日続けている。

 蜂の頭と蜘蛛の腹を持つ、人間より大きな体をした不思議な「おかあさん」は、成虫になったたくさんの「あかちゃんたち」に囲まれて、ゆりかごの部屋で卵を産む仕事をしている。

 ノーラ達は、まだ成虫になっていない白くぶよぶよした身体のあかちゃんたちの面倒を看て、あかちゃんたちが自分達より大きな体の蜂蜘蛛になるのを、何度も目にしている。

 成虫になったあかちゃんたちは、ゆりかごの部屋から出ても体が成長して、最終的にはノーラ達が見上げる程の大きな体躯を持つようになった。

 あかちゃんたちは「ほんとうのおかあさん」と同じ形の体を持っているが、「ほんとうのおかあさん」より少し体つきが小さい。ゆりかごの部屋に居た間にもらえた肉の量で、成長に違いが出ているのだと霊媒さんは言っていた。

 霊媒さんは、ノーラ達よりずっと年上だ。一番最初に、「ほんとうのおかあさん」の従者に成った人間で、「ほんとうのおかあさん」が必要とする、蜂蜘蛛の姿の強い兵士や優れた夫を生み出す。

 その蜂蜘蛛達は、霊媒さんが口から吐き出す霊的物質(エクトプラズム)と言うもので作られており、冬が来ても眠る事も死ぬ事も無い。

 ノーラは今の生活になってから、何回か冬を経験したが、冬になると「ほんとうのおかあさん」は長い眠りに就き、卵を産まなくなる。その間は人間の子供達が、憶えた術でおうちの中を温め、成虫の蜂蜘蛛達と一緒に、あかちゃんたちの世話をして、みんなが冬を生き延びれるように手を尽くす。

 あかちゃんの頃にノーラ達から肉をもらっていた蜂蜘蛛は、暖かい時期に成虫になると狩りをして、ノーラ達にも、食べられる肉を用意してくれた。

 このおうちに人間の子供が集まるようになってから、子供達はジャガイモを食べる事で空腹を満たしていたが、誰もが成長期の体を持っているので、成長のためには蛋白質が必要だった。

 今まで食べたことの無い肉でも、ノーラ達は好き嫌いせずに食べた。しっかり火を通して、砕いた岩塩をかけて。

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