3.君等と僕等の見分け方
マンマ・ペポカボチャの看板を見つけ出し、店内に入ってみた。
チケットを持っているお客さんが来たことを察して、店員さんが期待顔でアンの方を見る。
「あのー、スフレチーズケイクがもらえるって……」と言いかけると、ふっくらとした女性の店員さんは、耳に片手を当て、首をかしげてみせる。
アンはしばらく考えてから、「天国か……地獄か……」と呟いた。店員さんは面白がるように笑みを浮かべて、手をあてた耳を、もっと寄せてくる。
これは、恥ずかしさを覚えていたら、ケーキがもらえないようだ。
アンはスーッと息を吸ってから、「天国か地獄か!」と声を張り上げた。
「はい。天国の施しを!」と、水色のチェックのワンピースを着たエプロン姿の店員さんは、四角く切り分けられたカップケーキ大のチーズケーキを差し出してくれた。
「ありがとうございます」
アンはケーキを包んでいる透明なフィルム袋を受け取り、ついでにパンテシナーレ・ココの場所と、モップポップピギィの場所を聞いた。
毒沼タルトとカボチャケイクを手に入れるついでに、果肉山盛りのアップルパイと袋一杯のチョコレート菓子を買い入れ、いつの間にかスタンプが押されていた「カフェ・キケリキー」で一休みする事にした。
「大丈夫でしょうか? お菓子の持ち込みは」と店員さんに聞くと、店員さんは笑顔で「良いですよ」と答えてくれた。
カフェ・キケリキーでの「天国の施し」は、ホイップクリームをたっぷり乗せたお茶だった。上澄みはオレンジ色で、下の層はピンク色に透き通っている。クリームの溶けた部分から白色の濁りがわずかにオレンジ色の中に沁み込んでいる。
店内の席を借りてお茶を飲み、お菓子を食べる。甘いものばかり摂取したので、しょっぱいものも食べたくなってきた。「カフェ・キケリキー」のメニューを見ると、シチューポットパイがある。
早速頼んでから、調理ができるのをしばらく待つ。
その間に、アンの席の正面に座った者がいた。アンはきょとんとした。相席を頼むなら、一言あっても良いのに……と。
「ドラグーン清掃局員だね」と、向かい席に掛けた者は言う。服装はボロボロで、両目と口からは血液が滲み流れているメイクがされている。頭は包帯で覆われ、メイクのせいで人相が正確に分からないが、声と体格からして男性だ。
「はい。今は非番ですが」と、アンは答えた。
「だけど、肩書を持っている」と、男性は言う。「君には近いうちに『地獄の諫め』が起こるだろう。なんで、どこの店に行っても『施し』を受けられるか、不思議じゃないのかい?」
「私が思うに。そう言う、お祭り、なのでは?」と、アンが聞くと、男性は答える。
「祭。確かにそうだ。だが、古い祭には意味がある。みんなが余所者にこぞって施しを与えて、自分達の罪を拭いつけるんだ。せいぜい、甘いお菓子に誘惑されているが良いよ。後で苦い痛みを味わう事になるから」
嫌なことを言って男性は席を離れ、ふらりとカフェの中から姿を消した。
アンがポカンとしていると、突然、誰かの笑い声が聞こえた。「カフェ・キケリキー」の店員さん達が笑っている。
「驚いた? 全部のポイントを回った人だけの、特別演出なんだ」と。
事情を知った観光客が表情を緩める傍らで、焼き上がったポットパイがテーブルにサーブされる。
「安心して。『地獄の諫め』なんて、本当には起こらないからさ」
店員さんにそう言われたが、アンはなんだか店員さんたちの笑顔のほうが作り物のような気がした。それでも、笑って「はい」と応えておき、シチューポットパイを食べ始めた。
「通告は終了したんだろう?」
「だけど、三つの店で支払いをしてる」
「年齢は幾つだ?」
「十九って話だ」
「三つの店は何処と何処だ?」
「パンテシナーレ・ココとモップポップピギィと、カフェ・キケリキー」
「キケリキーの連中も、『ちゃんとしたお客さんだから呪いたくない』って」
「何処に泊まってる?」
「『ファーマの家』だ。宿泊代も通常価格で払ってる」
「別の奴をあてにするか」
「空を飛べる『客』なんて珍しいのにな」
「空を飛べる図々しい奴を探そう」
妖精達が遠くでそう囁いているのを、アンは宿で眠りながら聞いていた。
変な夢を見た気がすると思いながら、アンは日の出と共に宿で目を覚ました。そして髪の毛を直そうとして、出かける前に適当に切った事を思い出した。
よく見ると、切端の揃っていない髪の毛は、だいぶずぼらそうに見える。この町にも理髪店はあるだろうか。
昨日のうちにお祭り騒ぎは堪能したので、今日はもっとじっくり町を巡ってみる事にした。理髪店を探しながら。
町角で見つけた理髪店は、通常営業していた。唯、アンより先に髪を整えてもらっていた女性は、頭の大きさが二倍に見えるくらいのふわふわの縦カールをかけていた。
理髪店の店主も、「お祭り用のヘアセット」を続けた後なので、「どうしましょう?」と期待顔で聞いて来て、「あ。その……綺麗にそろえて下さい」とアンが言うと、ちょっと頬を膨らましてから息を吐いてみせた。
理髪店の店主は、ハサミとコームを操りながら、「お客さんは異国の人ですね」と声をかけて来る。
「そんなにハッキリわかるものなんですか?」と、アンはケープの中で手をもじもじしながら聞いた。
「ええ。お客さんの国でも、瞳の色や肌の色や髪の色で、人種を見分けたりするでしょ?」と、店主。
「まぁ、そう言う習慣はありますね」と、アンは答えた。しかし、アンには自分とネイルズ地方の人達の人種的な違いが分からない。
「この国の人達は、夫々が『妖精』を連れてるんですよ。その妖精の思ってる事や表情が、宿り主の表情にも影響してくるんです。
宿り主が普通に接してても、『妖精』が怒ってると、その人は怒ったような動作や表情になってしまいます。そう言う、違った心と同居しているんですね。
でも、貴方には『妖精』が憑いていない。それで、外国の人だって分かるんです」
アンは思い当たった。空を飛んでいた時に、通りでチケットを配っていた女性に、瞬く間に外国人であると気づかれてしまったことを。
それならば、ホウガとかを連れて来ていたら、私は「妖精憑き」だと言う事でこの国の人に混じれたのだろうか……と思ってから、ホウガは妖精じゃなくて精霊だったと思いなおした。




