表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第三章~魔女の庭の片隅に~
88/433

2.ウィスプの南瓜祭

 アン・セリスティア。十九歳。女性。職業、清掃員。所属、ドラグーン清掃局。

 この身分証を見せると、大体、職業の欄で目をしかめられ、所属の欄で目を見開かれる。それから、粗方の公共機関の人は、まるでパペット人形になったようにぎこちなく、だが丁寧に応対してくれる。

 一言で言うと、「怖い」のだろう。死霊や邪霊なんかに関わる仕事の人が何をしに来た、と思われても仕方ないのだから。

 今日の彼女は別に役所に仕事をしに来たわけではない。独自自治権を認められていて、簡単に侵入できない地方に観光に行くための通行許可証をもらいに来たのだ。


 朝食を食べた後、パジャマから旅行用の服に着替えた。ちょっとだけレースとフリルが付いている、襞の多い「オシャレ着ローブ」を着て、黒いタイツと黒いショートブーツを履いた。

 そして魔女の正装用のとんがり帽子を被って、いつもの仕事道具であり、同時に重要な移動手段である箒を手にすれば……立派な「可愛い系の魔女のコスプレをしている女の子」の出来上がりである。

 その、一見魔女のコスプレをしている女の子が、世に名高い清掃局で働いていて、しかも移動規制のある魔術の本場に行こうとしている……となれば、問われるのは通行証発行の理由である。

「ネイルズ地方には、何のお仕事で?」

 係員はパペットのように口をパクパクさせている。

「いえ、個人的に、観光で」とカタコトで言うと、パペットと化している係員は、作業用の水晶版から視線を外し、アンを見る。それから、「その服装でですか?」と問うてくる。

「変ですか?」と、聞くと、「いや、今、向こうはお祭りの時期だから……丁度良いとは思います」と、パペット係員は言いながら、カタカタと水晶版を操作する。

「滞在期間は何日ですか?」と、係員。

「最長で一ヶ月で」と、アン。

「途中で『帰国』することがありますか?」

「無いとは言えませんが、その時も手続きは必要ですか?」

「いえ。途中帰国は全く構いませんが、一枚の通行許可証が有効なのは、出国と帰国の二回だけです。戻って来たら、残りの日数があっても再出国は出来ませんよ?」

「分かりました。あの地方って『国』なんですか?」

「この国の側から見れば、自治権を認められているだけですが……。出かけてみればわかるでしょう」

「それもそうですね」

 そうこうやり取りをするうちに、アンの身分を証明するための、カード式の通行許可証が制作され、パペット係員によって丁寧に差し出された。


 箒で町の上をツーッと飛んで行って、人里を離れ、山を抜け、森を抜け、河を超える頃に、ポケットに入れていた通行証が一瞬、ガラスベルを鳴らすような音をたてた。

 念のため、ホバリングしながらポケットから通行証を取り出してみると、いつの間にか入国許可印が押されている。

 そして、手元の証書から空中に光の文字が伸びる。

「ようこそエイデール国へ。現在、全国区で『ウィスプの南瓜祭』開催中。オシャレも仮装もお化け飾りも大歓迎。

 パンテシナーレ・ココの毒沼ショコラタルトと、モップポップピギィのカボチャケイクが食べたかったら、是非お店の中で叫んでね! 『天国か地獄か!』」と、空中に花文字が描かれた。

 どうやら、さっきの係員が話していたお祭りとやらが行われているらしい。

 パンテシナーレってなんだろうとか、モップポップピギィとは……と、ちょこちょこと疑問が浮かんだが、叫んだらお菓子をくれると言うので、たぶんお菓子屋さんの名前だろうと予想しておいた。

 そして、ネイルズ地方の人々が、自分達の自治区の国家独立を主張していると言う話を聞いた覚えがあるとうっすら思い出した。


 引き続き空の旅を続けていると、印象的な時計塔のある大きな町に出くわした。田舎風の石レンガ造りの町並みが、風光明媚と言うものである。

 表通りには人波が集中している。通りのあちこちはお菓子や人形やランタンと言ったお祭りの飾りできらきらと華やぎ、商品を買ったり売ったりするやり取りの声が聞こえてくる。

 飛行速度を落とし、ゆっくりと町を眺めながら飛び続けると、こちらに向かって手を振っている婦人が通りに見えた。魔女の正装をしている女性だ。愛想を振りまいていると言うより、こっちをしっかりと手招いている。

 なんだろうと思ってアンは高度を下げ、片腕にチケットのいっぱい入った籠を持っている女性に近づく。

「ようこそ。異国のお嬢さん。はい、観覧チケット」

 女性はスタンプカードのような長方形の厚紙をくれた。

「各所のポイントを回るごとに、お店でお菓子がもらえるから、是非地上にも降りてきてちょうだい」

 アンはそれを聞いて、ニヘッと笑った。そして、何時もの間抜けな笑顔を浮かべてしまったと思って、片手で頬を叩き、顔をシャキッとさせてから「ありがとうございます」と答えた。


 シーツを被ったお化けと包帯男が、普通に町のバーでお酒を飲んでいる。目と口の部分を、仮装に馴染むように綺麗に開けているので、目と口元を見ると仮装だと分かる。

 その他に、群れを成して街を駆け回る、白塗りの子供魔法使いの群れも見た。目が二倍くらいに見えるようにメイクをしているので、これも仮装だと分かる。

 チケットを持って町中を飛んでいる間に、三回か四回くらい、ポケットからガラスベルを鳴らす音が聞こえた。その度に確認してみると、店名の上に「ポイントゲット」の印が押されていた。

 五回目のガラスベルを聞いてから、これは一度お店に行ってみようと思い立った。何せ、異国のお菓子である「スフレチーズケイク」が一切れもらえると言うのだから。

 チーズでケーキが作れる? と知ってから、レシピを取り寄せ、弟に作り方を覚えてもらって、誕生日には毎年作ってもらっていたが、あれの「ネイルズ地方版」いや、「エイデール国版」が食べられるのだろう。

 チケットによれば、マンマ・ペポカボチャと言うお店で配っているらしい。

 アンは通行人にぶつからないように通りに降りて来ると、ついさっきまで空なんて飛んで居ませんでしたよと言う風に、しゃなりしゃなりとブロック敷きの通りを歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ