ノリスと少年~おうちを探す子供達4~
セラは眼球保護のための専用のゴーグルを掛け、身分証を見せて中枢情報室に入室した。
部屋の中央に備えられた防護壁の隙間から零れる光は有害で、直視すると数分から十数分で網膜が焼け、失明する。
防護壁の内部には、「ブレイン」と呼ばれる、高レベルの魔力を固定した記録演算装置が備えられている。その魔力がどんな形で固定化されているのかは、人間が視力で知ることは出来ない。
防護壁に背を向けるように、円を描いている壁際に水晶版を備えたデスクがある。空いている席を見つけ、セラはノリスから受け取った情報を水晶版からブレインに打ち込み、術式を組んだ。
起動キーを押す。水晶版内で術が発動し、壁に埋め込まれているケーブルを伝って、ブレインへデータと魔力が送られる。
それに応じるように、防護壁の中から、キュイーンと言う高音を鳴らしながら圧縮データが上昇してきた。
ケーブル伝いに光が戻ってくる。セラの操作している水晶版に、青い光の線で国の地図が描かれた。そして、国土の全域を包むように、赤いドットが七ヶ所散った。
ブレインは各地点の「汚染レベル六」を伝えてきた。「各地点の早急な邪気の削除を推奨。一ヶ月以内に各地点でレベル七、もしくは八へ移行が見込まれる。邪気発現位置を中心に、通常の生命体の絶命や変質を予測」と。
ノリスは孤児院を訪れ、ヴァンと面会していた。
「内緒の事」と言って、ヴァンは向かい合わせた椅子に座っているノリスに近づくと、耳元で囁いた。「ヴィヴィアンを見つけた」
ノリスは一瞬息を止めたが、ゆっくり吐き出してから、ヴァンの耳に囁き返した。「ヴィヴィアンは、何処にいたの?」
ヴァンは更に耳打ちする。
「先に、本当のおうちが何処にあるか、見に行ってくれてたんだ。やっぱり、ヴィヴィアンは、あの、鎌を持った変な人が怖くって逃げちゃってたんだ。
それで、僕が怒ってるって思って戻って来れなかったんだけど、その代わりに、先におうちに行って、おうちの様子を見てくれてたんだ」
「どんなおうちなの?」と、ノリスも囁き声で訊ねた。
「色んな子達が居る所。このおうちと似てる。だけど、とっても綺麗な山の中にあるんだ」
そう囁いてから、ヴァンは周りを確認し、もっとノリスの耳に口を寄せる。
「ヴィヴィアンは、新しいおうちがすっかり出来上がったら、迎えに来てくれる。その時は、ノリスも一緒に行こう。ノリスは怪我を治せるから。きっと、みんな歓迎してくれるよ」
「そう」と言って、ノリスはヴァンの耳に口を寄せ、「その時は、なるべく余裕をもって教えてね。すぐには出かけられないから」と告げた。
「何か用事があるの?」と、ヴァンは尋ねる。
ノリスはヴァンと目を合わせて頷き、「大人って言うのは、普通の日常の中に、色んな約束事があるの」とだけ答えた。
基地に戻る時、ノリスは入れ違いに出て行くジープを数台見つけた。緊急の出動を目撃するのには慣れている。何処かで魔獣の発見情報があったのかも知れない。
廊下を歩いていると、大量の紙の資料を持ったタイガと出くわした。
「ノリスさん。丁度良かった」と言って、タイガは小走りに近づいてくる。「さっき、セラさんが、ノリスさんの調べた事をブレインに打ち込んだんですけど……」
そう言って、タイガは資料の束の一番上の紙を避けて、二ページ目に描かれた国の地図を指さした。七ヶ所、赤い点が打たれている。そして、一ヶ所だけ、白い点が。
「白い点は、アーヴィング領の鉱山の町です。後の七ヶ所は、まだ浄化が未完了の場所で、それ等の汚染レベルが、一ヶ月以内に急激に上がることが算出されました。全地点で一段階は上がるのが確実だと」
「魔獣の存在は?」と、ノリスは聞き返す。
「魔獣が確認されている場所には、討伐隊が向かいました。予め僕達の方で魔獣を片づけてから、清掃局の人達を集める計画です。レオスカー清掃局と、ホーククロー清掃局と、後……十人雇うのにも、すっごくお金がかかる清掃局の人達を」
「ふざけてないでちゃんと教えて」と、ノリスは言う。
「はい。以前もお世話になったこともある……セルリティアさん……じゃなくて……」タイガはうろ覚えな名前を思い出そうとする。「ほら、難癖マシーンをサディストと呼んだあの人の所属している」
そこまで聞けば、ノリスも分かる。
「ドラグーン清掃局か」
「それです」
そんなやり取りをしていると、遠くの会議室の方から、「タイガ! 資料は?!」と言う声が響いてきた。
「すいません! 今行きます!」
そう大声で返しながら、タイガは廊下の奥に走って行った。
山の深くの木々の中。開けた一帯に畑があります。
ジャネットとジュノは木と生き物の骨で出来た農具で畦を起こし、別の子達は切り口に灰を付けた種芋を植えました。
ノーラはノノラと二人で水汲みのお仕事をしながら楽しくおしゃべりをしました。
春が近くなると、おうちの近くに作った野菜畑で、ジャガイモがたくさん採れました。
「ほんとうのおかあさん」の眠っていた洞窟の地下には「ゆりかごの部屋」がたくさん作られ、そこで蜂蜘蛛の幼虫達はお腹を空かせていました。
霊媒さんの言いつけ通り、人間の子供達は、その蜂蜘蛛の幼虫達の様子をよく見て、どの幼虫の具合が悪そうだとか、どの幼虫がご飯を食べれていないとか、細かく観察していました。
蜂蜘蛛の幼虫達は、体をすっぽりと覆う房の中から、自分達より体の小さい人間の子供達に、「おなか。ごはん」「たべる。おにく」と、囀るように話しかけました。
狩りをしてきた成虫の蜂蜘蛛達は、人間の子供達の手を借りて肉の塊を切り分け、良くほぐして肉団子にしました。幼虫達が食べやすいように工夫しているのです。
人間の子供達は、均等に行き渡るように幼虫達に肉を与えました。
成虫の蜂蜘蛛達は、それを見届けてから、狩場に戻って自分達の食事を摂りました。成虫の蜂蜘蛛達は液体しか飲めないのですが、顎で獲物を噛んで胃液に由来する毒を染み込ませると、獲物はドロドロに溶けて、肉汁として啜る事が出来ました。
霊媒さんと人間の子供達は、日陰で取っておいたジャガイモを焚火で焼いたり灰の中で蒸したりして、岩塩から作った調味料で味をつけ、毎食お腹いっぱい食べました。
おうちの中は、とても平和でした。
ヴィヴィアンは、ヴァンをこの家に呼べる日を待っていました。




