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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集2
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ノリスと少年~おうちを探す子供達2~

 ヴァンが孤児院に引き取られてから間もなく、ノリスは別の事件の話を聞いた。

 蜂蜘蛛と呼ばれている魔獣の討伐の後に、回収された蜂蜘蛛の死骸をつなぎ合わせて標本が作られた。その標本は、街にある博物館に寄贈されていたのだが、それが騒ぎを起こした。

 展示方法として、暗いホールの中に、台座を施した幾つかの魔獣の標本を置き、下の方から照明を当ててライトアップすると言う見せ方をしていた。

 熊によく似た魔獣の剝製や、大蛇によく似た魔獣の標本が一緒に展示されている中で、つぎはぎである蜂蜘蛛の標本だけが、生きているようにぎこちなく動き出したのだ。

 もちろん、標本に蘇生や操作の術などかけられていない。しかし標本は邪気を発し、その邪気侵食を受けた者達は、恍惚とした表情で立ちすくむと言う意識障害を起こした。

 蜂蜘蛛の標本は、台座の固定具から逃がれ、闇雲に博物館の外へ向かった。

 アプロネア神殿に速報が届き、その情報が軍に送られてきた。討伐隊が要請され、隊が現場に到着して数十分で、蜂蜘蛛の標本は破壊された。

 神官達が現場を調査すると、一帯に「神気」が漂っていた。蜂蜘蛛自体が発していた邪気とは違う。標本に命を与えた――もしくはそう見えるように操った――者は、何等かの神聖物であるだろうとされた。


 三ヶ月前に調査された「声を出す大穴」のある坑道に巣くっていた魔獣は、魔神の術によって生み出されていた。それを調べたルイザは、まだ軍病院で治療中である。

「標本が動き出した件にも、魔神が関わっている可能性がある」

 ノリスは全治五ケ月のルイザに説明していた。

「私としては、標本が動き出したのは事故だと思うの。これ、標本が置かれてた台座の様子」

 そう言って、ノリスは一枚の写真をルイザのベッドのテーブルに置く。

 火炎のような模様を描いた台座の周りに、古代文字で「蜂蜘蛛」と記載され、その周りを三つのライトが照らしている。照明が影を落としている箇所を繋ぐと、明かりの占める場所に重なるように逆三角形が描けた。

「凝った魔法陣になってるね」と、ルイザは述べる。「確かに、魔神クラスの存在が影響してきてもおかしくない」

「でしょ?」とノリスは返して、さらに写真の添付された書類を並べる。「これは、タイガが調べた内容。近年で極端な異常が現れた、邪気の集中が起こった場所のデータ。ルイザ達の調べた西の渓谷。鉱山の町が丸ごと呑みこまれた、北のアーヴィング領。南は大規模沈下を起こしたカスケードロード。東は胚種病の蔓延した、福祉シティ」

「これは、何年間に起こった事?」と、ルイザは書類を見ながら聞く。

「福祉シティで胚種病が起こったのは、八年前。カスケードロードの件は五年前。アーヴィング領の邪気騒ぎは約一年と数ヶ月前。西の渓谷に関しては、貴女も知る通り」

 ノリスの言葉を聞いて、ルイザは、何かを思いついたように黙った。だが、考えはまとまらなかったようで、溜息をついただけだった。

「胚種病って言うのは、どんな病気だったの?」と、ルイザは聞く。

「軽度の邪気侵食を繰り返した人体に、赤い腫瘍が発生するの。身体の内外問わずに」と、ノリスは語る。「福祉シティの全体で一気に病が広がったから、職員もシティに住んでいる人達も、長期間治療も受けられずに放置された。その中で、病人の体を食い破って虫に似た魔獣が出現するようになった。腫瘍と魔獣が関連付けられたのは、人間の背中に出来た瘤から、魔獣が生まれるのが発見されてから」

「その騒ぎは、何時収束した?」と、ルイザは次の質問をする。

「邪気がシティを覆うようになってから、一年後。シティ全体を隔離、焼却することで災害を収めた。その某所は、今でも封鎖状態」

「誰も助からなかったわけか」

「そうだね。記録では、一部の『腫瘍』が、生存者としてアプロネア神殿の研究機関で、凍結保存されてる」

「ああ、神様」と呻くルイザの声は、抑揚も無い。「吐き気がする結果だ。カスケードロードについては?」

「道のある土地の一部が地盤沈下して、穴の底に溶岩が噴き出すようになったの。邪気のこもった地熱を伴って」

 ノリスは資料を指さしながら言う。「地盤沈下の規模と、邪気の濃度は此処に書かれている通り。遠距離から観察すると、火炎を纏った龍に似た生き物が、地底から空に飛んで行くのが、現在でも確認されてる」

 望遠で撮影されたフィルムには、ルイザ達が蜂蜘蛛の要塞で手を焼いた「翼竜」に似た生き物が写っている。それを見て、ルイザは「うーん」と唸る。

「その現象に関しての対策は?」と聞くと、ノリスは首を横に振った。「現地には、熱波の影響で近づく事もできないでいる。場所は荒れ野の真ん中だから、周りを立ち入り禁止にして、迂回路を作る事で被害を食い止めてるの」

「鉱山の町の件は?」

「それが唯一の浄化成功例」

 ノリスはそう前置きをしてから、説明する。

「沼から引いた可燃ガスで、火力発電を行なうって言う計画が実行されて、その時に町中が多大な邪気侵食を受けたの。領主であるアーヴィング夫人が、三つの清掃局に浄化の依頼をして、異常が現れてから一ヶ月後の、一週間の間で完全に邪気を削除する事に成功した。発電所は取り壊されて、鉱山の町は、今では通常の採掘作業が出来ているって。それでね……」

 そう言いながら、ノリスは別の書類を入れたファイルをルイザに見せる。

「蜂蜘蛛の要塞について、新しく分かった事だけど。要塞の一ヶ所に崩れていない塔があった。主に翼竜が飛び立ってた塔。そこで誰かが術を行なっていた形跡が発見された」

 ルイザは念写されたフィルムを見て、眉間にしわを寄せた。

 塔の中の狭い部屋に、巨大な虫の屍がうず高く積まれている。完全な蜂蜘蛛の姿ではなく、蜂や蜘蛛や爬虫類、両生類等を悪戯に組み合わせたような、キマイラの屍だ。

 その中央は、不自然に場所が開いており、使い古した道具が散らばっている。其処で誰かが何かの作業をしていた様子はある。

「実験場って所かな……」と、ルイザが呟くと、ノリスも頷いて、「恐らくね」と答えた。

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