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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集2
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ノリスと少年~おうちを探す子供達1~

 病院の中の個室に、平服を着たノリスの姿があった。ベッドに腰を掛けている四歳くらいの少年の脚に、「状態回復」をかけていた。

「少しはマシ?」と、ノリスは尋ねる。少年は縁から下げていた脚を寝台の上に持ち上げ、ふわふわと膝を動かして見せる。

「うん…。今は痛くない」と、少年は答えた。それから物憂げな顔をして、「怪我が治ったら、僕、家に帰らなきゃダメ?」と、問い返してくる。

「そうだね。入院費を出してくれているのは、君のご両親だから」

 ノリスがそう答えると、少年の表情は一層暗くなった。

 少年の名は、ヴァンと言う。ヴァン・エマーソン。ノリスの親戚にあたる子だ。

「それなら、怪我が治らないほうが良い」と、ヴァン少年は言う。

「どうして?」と、ノリスが聞くと、少年は黙り込んだ。


 昨年の冬、行方知れずになったヴァン・エマーソンは、失踪した二日後に家からだいぶ遠い山の中で発見された。大人の脚でも一日かかる場所で、膝から流血して倒れていた。今にも衰弱死しそうな状態だった。

 ヴァンの両親は、彼が発見されたことを喜んだ。行方不明になっていた子供が、発見されたことを喜んでいる……ようにも見えた。

 病院で意識を取り戻した時、「ヴィヴィアンは?」と、ヴァンは看護師に聞いた。看護師が、それは誰の事かと訊ねると、ヴァンは「僕と一緒にいた女の子」と答えた。

 発見された時のヴァンの周りには誰もいなかった。しかし、ヴァンは、ヴィヴィアンが「本当のおうちを探しに行こう」と言うので、一緒に歩いて遠くまで出かけたのだと言う。

 少年の言う「本当のおうち」とはどう言うことなのかを医師が問いただすと、ヴァンは口をつぐんだ。

 口走っていた事の内容から、軍部に情報が回ってきた。

 セラ・リルケが調べていた、少年少女の集団失踪事件に関わる事かも知れないとされ、面識はないが少年の親戚であるノリスに、ヴァンから情報を引き出せと言う指示が来た。


 指示が来てから、ノリスは三日に一回の「お見舞い」を欠かさないでいた。

 少しずつヴァンが話してくれるようになった内容としては、こうだ。

「去年から、家にいても、僕のご飯は無いの。いつも、夜になってからキッチンに行って、残ってるものを食べるの。でも、そのうち、ママが残ってる物をすぐに捨てるようになったから、僕はゴミバケツの中から食べられる物を探してたの。

 だけど、ゴミバケツの中身に洗剤がかけられるようになって、食べられなくなっちゃった。

 それで、僕は食べられるものを探して、山に行ったの。木の実が生って無いかと思って。でも、何処にも木の実が無くて、すっかり疲れちゃったときに、ヴィヴィアンと逢ったの。

 ヴィヴィアンも、家から逃げてきた子で、一緒に『本当のおうち』を探そうって言ってくれたの。ヴィヴィアンは山の事に詳しくて、何処に木の実があるか教えてくれた。それで、僕はヴィヴィアンと一緒に山の中を歩いて行ったんだ。

 でも、途中に居た変な人が、『近寄るな!』って言いながら、僕の膝に鎌をさしたの。ヴィヴィアンはたぶん、その時に、驚いて逃げちゃったのかも知れない。ヴィヴィアンを探してあげて。あの子も、おうちでご飯をもらえないって言ってたから、きっと今頃お腹を空かせてる」

 その内容を纏めてから、ノリスはヴァンを家に帰すべきではないと言う意見書を記し、公的機関に提出した。

 ヴァンは孤児院に保護され、彼の両親は家庭裁判所から処罰の内容を受け取る事になった。


 ヴァンの事件でノリスが気にかかったのは、ヴァンの膝を鎌で刺した人物の様子と、ヴィヴィアンと言う少女についてだ。

 ヴァンに怪我を負わせた人物は、既に御用になっていた。それは年経た老女で、家の者に連れられ、「化物を刺した」と言って出頭したのだ。

 その人物と面会したとき、彼女はノリスの質問にこう答えた。

「あれは人間なんてものじゃない。もっと、ひどく禍々しいものだ。子供の姿をしていたが、私は騙されなかった。キノコを採ってたら、あいつ等が、ニヤニヤしながら手をつないで近づいて来たんだ。

 私を殺してキノコを奪う気だと思って、私は先にあいつ等の一人に一撃をお見舞いしたんだ。

 そしたら、あいつ等の片方は消え去って、もう片方は唯の子供に戻って転がっていた。それでも、私は騙されなかった。

 キノコを詰めた籠を持って、素早く家に帰った。それで、家の者に『化物を退治した。あいつ等の仲間が追って来るかもしれない』と言って、家の何処からも入って来れないように戸締りをしたんだ。

 そしたら、それが気に食わなかったらしい息子達が、『化物なんて居るはずがない、何を傷つけたんだ』と言って、私の手にしていた鎌を指さしたんだ。手指まで血まみれになってるのを、その時に気付いたんだ。

 私は子供なんて傷つけてない。あいつ等は確かに化物なんだ。私は殺される所だったんだ」


 老女が化物だと思った者の一人が、ヴァンであることは言うまでもない。ノリスは、もう一人の「消え去った者」が、ヴァンがヴィヴィアンと呼んでいた少女であると仮定した。

 邪気侵食による、意識障害のデータを幾つか読み返すと、守護幻覚を誘発する邪気と言うのが存在する。

 命が絶えようとしている人間から発される邪気で、それを発していると、本人のみならず、周りの人間にも「幻覚作用」を引き起こす。

 しかも、唯の幻覚ではない。邪気を発している本人にとっては、命を長引かせる方法を得させ、邪気に触れた者には、著しい恐怖を感じさせると言う特質がある。

 そして、その「我が身を守る邪気」を発せるのは、魔力を保有している者だけであると。

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