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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集2
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色彩眼者~ハルナちゃんの家庭の事象4~

 アヤメ姉ちゃんは、戻って来た時とほぼ同じ荷物を持って、何事もなく基地に帰って行った。そう、帰って行ったのだ。

 私の住んでいる家は、お姉ちゃんの「家」ではないんだなぁと、一切振り向かない姉の去り際を見て、ハルナは思う。

 毎回、アヤメは笑顔で家に戻ってくる。そして、母親の何等かの失敗により、不機嫌とは言わないが、ポーカーフェイスのまま基地に帰って行く。

 ハルナは、それが寂しいような気もした。が、家族二人分の仕送りを当てにして、市場店のタイムセールと闘っている専業主婦と、自分の体と能力を武器にして、異国からの侵入者や魔獣と戦っている軍人達とでは、感覚も考え方も違うだろう。

 ハルナは、風呂上がりに自室のベッドに寝転ぶと、何となく将来の事を考え始めた。

 母親を見ていると、主婦と言うものには成りたくなくなる。どれだけ日常を頑張っていると言っても、小さな世間の中で、重箱の隅をつつくような情報交換をして、誰をねちねちと攻撃すべきかを考え続ける人生なんて嫌だ。

 家族の事でも世間の事でも、自分の気に入らない事があったら、すぐに自分の気に入っている「ご近所様」に告げ口をして、その告げ口が原因で、今回は警察が家に来る事態にまでなった。

 此度の帰り際、アヤメはハルナにこう言い残した。

「ハルナの人格や身体は、ハルナのものなんだよ。それが無視されたり、侵害されたりする事があっちゃならない。親だって他人。子供が親の所有物だなんて言うのは、ずっと昔に作られた傲慢な考え方なんだ。あの母親は、それがまだ分かってないんだ。だから、ハルナは自分で自分を守らなきゃならない。誰を信用すべきかは、しっかり考えるんだよ?」と。

 ハルナはベッドの枕元にある照明のスイッチを切って、部屋を暗くした。まだ歯を磨いていないし、髪も乾かしていない。明日の朝やればいいや、と自分に許可を出した。


 アヤメがこの家を去った後、ハルナは先の件を取り扱っているニュース番組や談義番組を細かく観てみた。そこで大人達が話していた情報では、「アイナ・ノハラ」はサロン経営者である他に、「黄色虎眼(おうしょくこがん)」を持っていた。

 黄色い片目は夜の中でしか目が見えないが、闇の中では普通の人より視力の鋭くなる目なのだそうだ。

 そして、その「黄色い目」を持つ者は、闇を見透かす力があるだけではなく、他の色彩眼者と同じく魔力の保有者でもあるのだと言う。


 アイナ・ノハラは、夫のいない間の自宅を解放してサロンを運営していた。そこには、アイナの魔力で起こせる「不思議な事」を見物したり、その能力を健康や仕事のために当てにしたりする人々が集まっていた。

 アイナは運営資金として、光熱水費の一部をサロンの会員から受け取っていた。その中でやけに羽振りの良い会員が居た。先の件で殺された「ジン・ウキョウ」だ。

 ジン・ウキョウは、サロンの会員全員分の光熱水費の支払いを請け負ったり、長話をして誰よりも長くサロンに居座ったりと、アイナやサロンに対して執着心のようなものをみせていた。

 事件の前日、夜遅くまで帰ろうとしないジン・ウキョウに対し、警戒心と嫌悪感を持ったアイナは、「もう、サロンに来ないでくれ」と告げた。

 すると、ジン・ウキョウは人が変わったような暴言を吐き、食器を割ったり家具を壊すと言う苛立った態度を見せ、天井の明かりまで壊すと、アイナの服の襟元を掴んで、シャツの襟から胸元までを引き千切った。

 身の危険を感じたアイナは、ジン・ウキョウの割った硝子の破片を手に取ると、覆い被さるように襲い掛かって来たジン・ウキョウの胸を刺した。

 反射的に魔力が籠り、それは単なるの硝子の破片より鋭利な刃物と成った。同時に、刺した肉の出血を抑えた。激痛を受けたジン・ウキョウは、アイナから離れ、おぼつかない足取りでサロンから逃げ出した。

 夜の町を福禄寿通りまで逃げた頃、アイナの魔力が届かなくなり、ジン・ウキョウの胸の出血を抑えていた力が解かれた。彼はその場で心臓から大量に出血し、倒れ込んだ。その時、死ぬ前に血文字で「目」と記した。まるで、自分は何も悪くないとでも言い残すように。


 アイナの行動は正当防衛にあたるのか、それとも過剰防衛にあたるのか、そもそもその証言の真偽は?

と、裁判で騒がれたが、アイナの夫がしっかりとした弁護士を雇っていた事により、求刑よりもだいぶ軽い罪に減刑する事が出来た。だが、彼女の夫は妻の減刑にも満足していなかった。

 留置所に居るアイナと面会した時に、夫はこう声をかけていた。

「君は何も悪くない。君は、自分の力で自分の身を守ったんだ。裁判ってものは、君の持つ力を、世の中の定規で測ろうとしてるだけの事なんだ。

 誰が騒いでも、罵って来ても、胸を張ってくれ。君が黙って危険な目に遭えば『平和』だったのになんて言う夢を見てる、何処の誰かも分からない奴等の言う事なぞ、聞く必要はない。大丈夫だ。僕も、君を救えるように尽力する」

 その言葉は叶えられ、一度懲役を科されたアイナは再審が決定された。その後、再審議の場で正当防衛が立証された。


 ハルナは毎日学校に通う。先日刑を逃れたアイナ・ノハラについての悪口も耳にする。だけど、周りに教師や男子の居ない所では、女子同士で、「当たり前だよね。男の人が暴れ出して、襲い掛かって来たら、私だって刺しちゃうよ」と言う話をこっそり言い合っている。

 ハルナは思った。本来、世の中で弱い者とされている存在が、「予想もしない反撃」をした時、世の中はそれを今までの基準で、どう測ろうと言う考えに囚われてしまうんだろう。

 反撃せずに暴力を受け入れていたら、その人は「被害者」として「平和」で居られた? と思い浮かべて、それは平和ではないとハルナは考える。

 身にも心にも、一生残る傷痕になるかも知れない。そんな傷を抱えさせられても、「被害者」には、可哀想にだとか、お気の毒にだとか言う、他人の空言がかけられるだけだ。

 みんな、内心は、「被害者」が自分じゃなくてよかったと思っている。特に、それまで目立っていた人が「被害者」に落下すれば、心の中で……嘲笑うと言わなくても、何処か安心するのだ。

 自分の心を惹きつけて、悔しささえ感じさせていた人が、「被害者」になったと知った瞬間、他人は心から安心して、「私は目立つ所にいたあの人より平和な場所で生きている」と思えるのだ。

 誰かが被害者になる事で得られる平和など、所詮は事件を知っただけの者達の、利己的な平和の確認でしかない。

 アイナの正当防衛が認められた今、ジン・ウキョウが再び「被害者」と呼ばれることは無いだろう。命を失った「加害者」。それが道に転がっていた事で、なんにも関係ないアヤメが疑われた。

 納得は行かないが、唯の初等科四年生であるハルナには、どうしようもない。

「誰を信じるかは、しっかり考えなきゃな」と、ハルナは教室の隅で、一人呟くのだ。

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