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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集2
81/433

色彩眼者~ハルナちゃんの家庭の事象3~

 スロットで大勝ちをした次の日。休暇の間に実家で出来る事を粗方済ませたアヤメは、自室で基地に帰る準備をしていた。

「アヤメ。アヤメ!」と、玄関の方から母親の焦った声が聞こえてくる。

「何?!」と、迷惑そうに大声で返すと、「警察の人が話が聞きたいって!」と、母親は叫ぶ。

 訳が分からないと言う顔をしながら、アヤメは玄関に出る。警察官らしき人々が、シンボルマークのついた手帳の表紙を見せ、それから手帳を開いて身分証を見せて来た。

「ジン・ウキョウさんの事件はご存知ですか?」と、警官は聞いてくる。

「はい。放送で聞いただけの内容なら知ってます」と、アヤメは答えた。

「それについて、貴女と被害者の人間関係についてお聞きしたい」と、警官。

「はぁ」と、アヤメは気の抜けたような返事をした。

「貴女は、三歳の頃から、初等科に通うようになるまで、被害者に危害を加えられていましたね?」と、警官は問う。

「危害……。嫌がらせは散々されましたけど」

 そう答えると、警官はそれを手帳にメモして、「片目に『色彩眼』をお持ちなのでしょう? その事について、被害者にからかわれていた」と続ける。

「からかわれては居ましたね。で?」と、アヤメは話しを促す。

「中等科を卒業後、貴女は十六歳で軍に入隊を志願している」と、警官はアヤメの様子を見ながら言う。

 アヤメは、何が言いたいのかを薄々察しながら、「確かに」と応えた。

 警官は、段々と「言いたい事」を言うようになった。

「十五歳の予備軍時代から二年間訓練を受け、今の貴女は軍で狙撃手として働いている。もちろん、人体構造の学習もしましたね? 何処を傷つければ死に至るか」

「それで?」と、アヤメが相づちを打つと、「子供の頃の怨みと言うのは、深い物でしたか?」と、警官は問いかけの形で、それとなく誘導尋問を仕掛ける。

「覚えていません。当時は腹が立ってたけど、関わらなくなれば良いだけなので」と、アヤメは静かに答える。

「そうですか」と、警官はあっさり誘導尋問を引っ込めた。「念のため伺いますが、一昨日の深夜から昨日の朝までは何処にいましたか?」

「自宅で眠ってました」

 そう答えると、警官は、アヤメの斜め後ろにいた母親に、「夜間に、娘さんが外に出た様子はありましたか?」と聞いてくる。

 母親は、娘が疑われているのかを問いただしたいのを必死にこらえ、「いいえ」と、首を振った。


 警官が帰ると、アヤメの母は肩を震わせて大きなため息をついた。

「母さん。近所の人に、私が『清々した』って言ってたの、話したでしょ?」と、母親のほうも見ずにアヤメは聞く。

 母親の肩は震えが固まり、強張った姿勢を見せる。

「だって、ねぇ……。近所のお兄ちゃんが亡くなったのに……その……あんただって、あんまりじゃない?」と、母親は挙動不審な様子でブツブツ言う。

「娘の言う事を、なんでもかんでも吹聴する母親よりは、あんまりじゃない」と、アヤメはスラスラと断言する。「おかげで変な情報まで警察に渡っちゃってるみたいだし」

「目の事?」と、ふくれっ面で母親はいじける。

「母さん。あんたにとっては、『人と違う変な目を持ってる娘の話題』って言うジャンルのネタなんだろうけど、私にとっては個人情報なんだよね。母さんは、自分の子供の頃の素っ裸の写真を、親が世間に『可愛いでしょう』って言って公開してたらどう思う?」

 それを聞いて、母親は不服気な顔のまま黙り込んだ。それから、「ごめんなさい」と口だけ謝る。

「ごめんで済んだら、裁判所は要らないんだよ」と、アヤメは動じない。「私が、もし、今の法律に訴えたら、母さんを家庭裁判所で裁いてもらうこともできるの。それを覚えおいて」

 そう残して、一度も目を合わせずに部屋に戻って行った娘の背を眺め、母親は「心の狭い子ねぇ」と思っていた。しかし、自分の親がもし、子供時代の自分の裸の写真を、世間に公開して居たら……と考えると、ぞっとした。


 ハルナは異様にしょっぱい鮭の切り身を口にして、次に異様に甘ったるい卵焼きを口にする。

 それ等を白米と一緒に飲み込み、コショウとマヨネーズでドロドロしたポテトサラダを口にして、思わず冷やした麦茶を飲んだ。どれもこれも、調味料が主張しすぎていて、美味しくない。むしろ、不味いと罵りたくなる。どうやら、母親はまた何か失敗をやらかしたらしい。

 美味しくない夕食を食べているのに、アヤメはポーカーフェイス、母親は少し青ざめた顔をしていて、何も言わない。であるが、ハルナは不味い飯に黙っていられるほど大人でもない。

「あのさぁ、お母さん。この玉子焼き……」と、ハルナが言いかけると、「味足りなかった? そうよね。はい、ケチャップ」と母親は焦ったように、トマトケチャップをドバドバと皿の上に足す。

「いや、味が濃すぎて食べれない」と、意向をちゃんと伝えると、母親は「じゃぁ、ご飯大盛りにしようか?」と、よく分からない相殺方法をとろうとする。

 失敗したら別の要素を足せば良いと言うのは、母親の思考や感覚の癖であり、それが料理や、他人への対応に表れているのだ。失敗を、帳消しにする何かは無いか探しているのだろう。

「別に要らない」と、ハルナは答えた。そして、「ご飯もう良いわ。ごちそうさま」と言って席を立った。

「ハ、ハルナ。全然食べてないじゃない」とかなんとか、母親は引き止めたがっている。アヤメと二人になるのが気まずいのだろう。

 毎回お姉ちゃんが怒る事するもんね、この人。と納得したが、納得してもフォローする気はない。ハルナは、せめてリビングに居てやろうくらいの気分で、ソファに掛け、水晶版のスイッチを入れた。

「……と血液型と術式による判定の結果、第三地区七石(しちせき)に住む、サロン経営者の女性、アイナ・ノハラ容疑者を、殺人の容疑で逮捕しました。容疑者は、容疑を認めているそうです。布袋第一署では、被害者のジン・ウキョウ氏との関係性を調べています」

 朝にこの家に嫌味を言いに来て、夕飯前には別の所で別の人を捕まえている。警察署と言う組織がどれだけ複雑なものなのかは分からないが、証拠として挙がってきている対象への術式の判定を待たずに、「足で調べる無駄をする」と言う雑な仕事をしているのであろう。

 アヤメはそう思って、改善前の基地の食堂の味を思い出させる飯を食い終わると、麦茶で口を濯ぎ、何も言わずに部屋に戻った。

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