恋せよ乙女~ルイザお姉さんの恋愛塾4~
坑道内に銃声が響く。ルイザ達の後ろには、撃ち取った――大型の蜘蛛のような――魔獣の屍が転がり、エンの担いでいる装置は、それ等が術のかかった弾丸で破壊される様を記録し続けた。
魔獣達が坑道の奥に逃げて行ってから、アンネはルイザに声をかける。
「これって、ビンゴって事なのかな」
「いや、似てるけど違う」と、ルイザは屍を見る。「別の魔獣だ。だけど、蜘蛛のキマイラである事はそっくり」
「なんか嫌な予感する」と言って、アンネは先に目を向け、歩を進めた。
人の声のような風音は、だいぶ近くに聞こえている。
光魔球の明かりが届く範囲に岩を積んだ壁が見えた。邪気と音はそちらの方向から流れてくる。
何処かに、今まで襲ってきた大型の虫達が出入りできる場所がある。
そう察して、三人は夫々の光魔球を操作しながら、出入り口を探した。
「あった」と、エンが通信で囁いた。彼女の調べている方向に行くと、足元から胸にかけての位置で、岩と岩の隙間を、別の岩で巧みに隠している箇所がある。
その中を覗いていたエンは声を失った。二歩ほど後ずさり、二人にも中を見るように、指で示す。
中を覗くと、其処には大型の蜘蛛の形に近い魔獣がひしめいていた。
その隙間から見えるのは、せり出した岩の一部に溜まっている黒い泥のような液体の中から、無数の蜘蛛に似た虫が湧き出ている様子。そして、ベールを被った半人半獣の――恐らくは女性――が、それを慈しむように眺めている。
「美しいでしょう?」と、半獣の存在は言葉を発した。覗き込んでいる者達のほうに、ゆっくりと振り返る。「貴女達にとっては、何故か『壊さなければならない対象』のようだけど」
その半獣の横で、人の声のような音を出す空洞が、特殊な邪気を発している。
「私は守護者」と、半獣は静かに言う。「この子達を壊しに来たのなら、壊されることも心得ているでしょう?」
ルイザがアンネとエンを岩壁の前から引き剥がし、身を伏せさせた。
爆発音がして、頭上の壁の一部が壊れる。伏せた状態から素早く立ち上がり、落石を避け、三人は出口の方に走る。
背後から、人の声の如き風の音と混じって、半獣の笑い声が聞こえる。
ルイザはその笑い声の近づいてくる速度から、追いつかれることを察した。「エン、そのまま走って! アンネ!」と、仲間達に呼びかける。ルイザは銃を構え、振り向きざまに連射をお見舞いした。
笑みを浮かべた半獣は、弾丸を避けるため、飛翔の速度を落とした。
アンネも足を止めて振り返り、半獣への銃撃に参加する。
弾丸が当たっているはずなのに、半獣は全くダメージを受けない。顔にぶつかる弾丸に手をかざしただけだ。
「小賢しい事」と、宙に浮いた半獣は、人間にそっくりの指をはじき、魔力の楔を飛ばしてきた。ルイザ達は弾幕で防いだが、その内の一つが、エンの背を狙っていた。
瞬間的にルイザは身体を側転させるように跳躍し、鉄板の入っているブーツの脛で楔を受ける。鋭い金属音が鳴り、エンを狙っていた楔は形状を変えてルイザのブーツを締めあげた。
ルイザは空中で一回転し、足から地面に着地する。
「ふぅん。見事ね」と、半獣は称える。「足が千切れないなんて」
ルイザは、半獣の静かな言葉と、仕草に宿った威圧感を感じ取った。こいつは、唯の魔獣じゃない。もっと力の強い……ある種の神のような存在だ。術師二人では圧倒的に不利。
そう察し、時間を稼ぐことを考えた。情報を持ったエンが、無事に障壁の向こうに逃げるまで、この魔神の足止めを、と。
坑道を出て、坂を駆け下りたエンは、ルイザの作った橋、毒沼の広がる平原、谷へ侵入した時の坂、それ等を一気に走り抜け、邪気の外に逃げた。
歩調を緩めながらジープの場所まで走り、起動させっぱなしだった通信機の記録を止め、三人が帰ってくるのを待っていた隊員に渡す。
何キロを走ったのかは正確に分からないが、死なないように走り切ることは出来た。ジープの後部座席に座らせてもらい、他の隊員に事情を説明する。
武装した隊員達は記録装置の中に残っていた「エンの通ってきた道」を目視し、坑道と、その内部の様子を知った。それを各隊員に共有するためのデータに変換する。
チームαに属していた術師から「殻」を纏わせてもらい、援軍は坑道に向かった。
軍病院で休んでいたルイザは、まだ片目と片脚を包帯で覆っていた。隣のベッドを使っているアンネも、右の利き手がギブスで覆われている。
エンは外傷は無かったが、殻越しでも、高濃度の邪気を長時間大量に吸い込み続けた事によって、疲労から回復できないでいる。
チームαとβの援軍が迫った時、魔神は何も言わずに姿を消した。多数の人間に自分の姿を見られない事を優先したのだろう。
隊員の誰かが病室を訪れ、エンのベッドのテーブルに手紙を置いて行く。エンは、その文章を読んで、疲れた顔に少し笑顔を浮かべた。それから、「ルイザ。私、髪を伸ばす事にする」と、告げた。
除隊の意思を固めたらしい。
「そうか」と応じ、ルイザは起こしてあるベッドに背を預けた。
その日の眠る前に、ルイザはまた煙のような存在を見た。
ベールを被ってドレスを着た、青い花束を持った女性の姿。その影は背中の方に居るエンに向けて、ブーケトスをすると、今までルイザが観たことの無いような美しい表情で笑み、姿を消した。
こいつ等も、悪い事だけ知らせる奴って事じゃないのか。
ルイザはエンの体の上に落ちた青い花束を見つめていた。それは明るく光を燈していたが、瞬きをする間に、ふっと消えた。
半年後。除隊したエンから、ルイザの元に手紙が届いた。エンとウォン氏が映っている写真が同封されている。
少年のように短かった髪が少し伸びたエンは、平服を着てロングスカートを履いていた。
「なんにも不安なことが無いなんて言ったら嘘になる」と、エンは綴る。
「だけど、フェイフェイを信じることは出来る。私を見捨てないでいてくれる人だって。そう思えたのは、貴女のおかげ。何時か、赤ちゃんの写真を送る。ルイザの人生をどうこう言う資格なんて、私にはないけど、ルイザも『幸せ』を手に入れてね」と。
ルイザはその手紙を居室の机にしまう。
戦う事が幸せだなんて、エンには理解できないだろうな、と考えた。
あの時のエンのように、口元に控えめな自嘲を浮かべて。




