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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集2
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恋せよ乙女~ルイザお姉さんの恋愛塾3~

 数ヶ月の文通を経て、エンはウォン氏を「フェイフェイ」と呼ぶようになった。東の国で、小さい子や愛らしい物に呼びかける時の呼びかたらしい。

「それは、愛称? それとも、嫌味?」と、ルイザは意地悪を聞いてみた。

 エンはにっこりと笑って、「もちろん、ニックネーム。本当は女の子呼ぶ時に使う事が多いんだけど」と答える。

「じゃぁ、貴女はエンエンになるの?」と、ルイザ。

「ううん。私が隊に登録している名前はエンナって言う……西洋風の通り名なの。本名は、フォンファ。だから、フォンフォンになっちゃう」と、エンは言って、遠距離通信機の受話器を構えるように耳の横に手を添えてみせる。

「遥か彼方に通信が出来そう」と、ルイザも同じポーズを取って笑い返した。


 明くる日の晩、ルイザは眠ってる間に金縛りにあった。

「またか」と思って、目を開ける事も無く、体の力を抜く。片手だけ動かす事に集中し、ゆっくりと右手を持ち上げた。殻が剥がれるように金縛りが解けて行く。

 よし、と頭の中で呟き、寝返りを打って、目を開けないまま眠りに戻ろうとした。

 なんとなく、瞼の向こう側が明るい気がする。

 ルイザはぼんやりと目を開けた。部屋の真ん中に、白い煙のようなものが浮いている。

 白いベールを被り、ドレスを着て、青い花束を持った女性の形をしたもの。煙のような女性はルイザの方を見つめ、悲し気に微笑んだ。

 そしてルイザが一度瞬きをする間に、消滅した。


 以前の魔獣討伐の時、幼虫を逃がしてしまってから、ルイザの所属する基地では定期的に邪気汚染地帯を見回り、魔獣と遭遇する事があったらデータを基地に届けると言う任務が課されていた。

 西の谷で、特に邪気が濃い一帯が出来ている。偵察部隊の一人にエンが選ばれた。ルイザは自分も同行すると志願した。

 西の谷まで、ジープで移動していると、山の上から谷の底に向かって邪気の発生している地点が見えた。まだ濃度は薄いが、違和感が見て取れる。

 先行部隊α(アルファ)からの通信が届く。「チームβ(ベータ)。術師と通信兵は揃っているか?」

「こちらチームβ。術師は二名。ルイザ・ケリーとアンネ・メイル。通信兵はエンナ・リー」と、運転手が答える。

「女ばかりだな」と、心配そうにチームα(アルファ)の兵士は溢す。「しかし、バービードールが居るなら安心だ」

「ルイザ」と、運転手が呼び掛けてくる。「だいぶ信用されてるぞ」と。

「頭が空っぽだって?」と、ルイザは言い返した。


 現地に着く。目前には、少しでも魔力を保持して居れば見透かす事が出来る「障壁(バリア)」が存在する。

「内側に入ったら、外への通信は出来なくなる……」と、銃とナイフで武装しているルイザは呟いた。「だけど、入ってみなきゃ様子は分からない」とも。

「そうだね」と、ルイザと同じく武装しているアンネも応え、傍らの通信兵に問う。「エン。貴女、通信以外の術の心得は?」

「多少の障壁は作れる。それから、邪気の中で息が出来るくらいの『殻』も作れる」と答えてから、手元の得物を少し持ち上げて見せ、「攻撃のほうは、(これ)に頼りっきりになるかな」と付け加えた。

「狙いを外さないようにね」と、アンネは通信兵を励ました。それから、ルイザの肩を叩く。「行こう。考えてても、時間が過ぎるだけだ」

「了解」と、ルイザは答え、少し後ろの方に立っていたエンを振り返って、頷く。

 通信機の入ったザックを背負っているエンも頷いて、三人は歩き出した。


 障壁の内側に入る前に、夫々が自分の能力で殻を纏い、邪気侵食を防ぐ。

 かつて豊かだった谷底の木々が細く枯れ朽ち、水場は失われ、泉だった場所からは、タールに酷似した物質が溢れている。

 アンネが固唾をのんだ。

「これじゃ、正常な生き物は住めない……」と、震える息と一緒に言う。

「邪気の起こす特徴そのままの場所だね」と、ルイザは応えた。「αが調べたのは、この辺りまでだ。この先で、『魔獣』らしき生物を見かけてる」

「霧が濃いけど、このまま進める?」と、エンが聞いてくる。透視が使えない彼女は、肉眼の視力で辺りを見ていた。

「進める。道順としては、平原がしばらく続く。真っ直ぐ進むと河に突き当たる。邪気がどの方向から流れてるかで、行先を決めよう」と、ルイザは促した。


 油のにおいを放つ、タールのようなものの混ざった河が流れていた。環境破壊の様子を見てルイザ達は顔をしかめる。河の向こう岸に続く上り坂を見上げると、木の板でバリケードが施された大きな洞穴があった。

「坑道だ。ずっと昔に廃坑になった」アンネが空中に照射した情報を参照しながら説明する。「邪気の流動は、そっちの方からきてる」

「この河を渡るには…」と言って、ルイザは胸の前で広げた指を組み、魔力を練って殻を展開した。光の屈折と術的な力で見分けられる橋が架けられた。

 ルイザは先に立って橋を渡り、間にエンを挟んで、アンネが続いた。


 バリケードを破り、光魔球の明かりを持って坑道の中に侵入する三人の周りで、壁一面を覆う細かな黒い何かが、ざわざわと離れて行った。

「なんだ?」と、アンネが驚いた声を出す。「魔獣……と言うには、小型だけど。虫?」

「αがどんな魔獣を見かけたかの情報は?」と、ルイザ。

「要塞に居た奴と似てるって。節足動物のような大型の魔獣」と、アンネは答えた。「こいつ等の親って事かな」

「かもね」と応じ、ルイザはエンに指示をする。「エン。記録を始めて」

「了解」と言って、エンは後ろ手にザックをいじり、通信機の読み取り装置を肩の上に備えた。魔力的な記録と、視覚と音声の記録を始める。

 数分間、誰も話さずに、銃を構えながら邪気の流れてくる方向に進むと、異変が起こり始めた。記録装置を操っているエンが、真っ先に気づく。

「何か、音がする」

「どんな音?」と、まだ気づいていない術師達は訊ねた。

「人の声みたいな……。オオオオオ、って言う音」

 エンがそう答えると、術師達は聴覚に魔力を込めた。風の音と間違えそうな、微かな音がする。その音の響いてくる方角から、邪気は流れて来る。

 三人は顔を見合わせ、それから音の方向を見た。進むしかない。

 ルイザの脳裏に、青い花束を持った白い煙の女が思い浮かんだ。あれは、何だったのか。そして何故、今思い浮かぶのか。

 どうやら、その答えは進む先にありそうだ。

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