恋せよ乙女~ルイザお姉さんの恋愛塾2~
後日、また寝室にエンとルイザしかいなかったとき、ルイザはエンに「恋の相手が女性なのは何故?」と訊ねた。
エンは、「恋って、何かに憧れる事でしょ?」と、何かおかしかったかなくらいの表情で返してくる。「リャンとエルドナに対しては、『あんなカッコイイ女の人に成りたいなぁ』って思うの。シューマンは……単純に、カワイイ」
それを聞いて、ルイザは「一番恋の相手に相応しいのは猫かな」と思ったが、言わないでおいた。
休暇の日。ルイザとエンは休む日を合わせて、町に映画を観に行った。エルドナ・ピソが、辣腕な女社長役を演じる画面で、エンはトーキーに釘付けだった。
エルドナの演じる若き女社長スカーレット・ライアンの仕事ぶりと、破綻している私生活を垣間見た後、スカーレットは社を挙げた一大プロジェクトを指揮する事に成り、資材不足の危機に陥るが、辛くも展示会に間に合った商品のシステムは大ヒット。様々な会社からロイヤリティーをもらえるようになり、女社長の会社は安定した収益を得て、以後も繁盛して行く。
物語の終わりには、こんな言葉が添えられていた。
「あなたが、もし、これをおとぎ話だと思うなら、一度会社と言う場所に行ってみましょう。そこでは、ハルシオン社のスカーレットがシステムの商標を握る商品が幾千と並んでいます。そう。みなさんが良く知る、水晶版です」
帰りにシャイナ料理のレストランに行った時、エンはずっとエルドナ演じるスカーレットの話ばかりしていた。
水晶版が出来た当時の、古風であるが洗練されたドレスに身を包んだスカーレットが、仕事の邪魔だと言ってスカートを縁取っていたフリルを引き千切るシーンがある。せっかく隠していた脚を見せてしまう、当時の淑女としては「恥ずべき」行為であるが、スカーレットがそうしたのは色気を振りまくためではなく、社内を快適に歩くためなのだと言う事を、おさらいする。
ルイザ達が笑顔を浮かべたまま蒸し餃子を食べていると、東風のドレスを身に纏ったすらりとしたウェイトレスが、お茶のポットとカップをトレーに乗せて持ってきて、テーブルにサーブした。
料理に使われる濃い油を分解するための、特別なお茶だ。花の香りが付いているので、女性でも好んで飲める。
このお茶が運ばれて来たと言う事は、後の食事はデザートでフィニッシュ。
思った通り、生地の中に餡が練り込まれた、揚げ饅頭が出てきた。
しっかり遊び、しっかり食べ、エンはすっかり自分に降りかかろうとしている事態を忘れ去ったらしい。帰り路を歩きながら、エンは伸びをする。
「なんか、憑き物って言うのが落ちた気がする」と言いながら。
ルイザは「スカーレットの事、大好きになったみたいだけど」と、前置きを述べて、「あんなふうに生きてみたいとは思わない?」と聞いた。
一生を仕事に尽くし、恋人からの愛情を受けながら、その愛に応えられない事もあって悲嘆にくれたスカーレット。恋人には別れを告げられ、行き場のない怒りと情熱を「水晶版開発」に注いだ人生。
「確かに、カッコイイと思うけど」と、エンはまた、控えめな自嘲を口元に浮かべながら答える。「私は、好きって言ってくれる人と、離れちゃうのは嫌だな」
「難しい部分はあると思う」と、ルイザも応じる。「だけど、このまま除隊して、家業を継ぐための後継ぎを作る事だけ、期待される人生になるのは?」
そう言われて、エンは唇を噛み、寒さを感じたように胸を抱く。
ルイザは続ける。
「本当に思ってる気持ちを言って良いんだよ。今は、基地の中じゃないし、同僚も、私しかいない」
エンは、大きく息を吸い、二回頷いた。
「分かってる。分かってるんだ。だけど、私が私の運命を否定したら、そんなの……みっともないもん。だって、結婚相手が、すごく素敵な人かもしれないし、私の事を『大好きだ』って言ってくれるかもしれないし、赤ちゃんは可愛いかもしれいないし」
そう言い続けようとするエンに、ルイザは返す。
「スカーレットは、『水晶版は売れるかも知れないし』で、行動してた?」
エンの反論が止まる。ルイザは穏やかに声をかける。
「エン。貴女は、予測の中の『かも知れない』人生に踏み込もうとしてるの。何の情報も無しに。そうだね。次のレッスンだ。家業を継がせる跡取りが欲しいって言ってる実家に、連絡を取りなさい」
エンは、目を大きく開き、「どう言う事?」と質問する。
「親が決めた相手とやらの、写真と、その人物からの手紙を受け取りなさい。そして、貴女の方からも返事を書くの。手紙のやり取りを、少なくとも半年はする事」
エンはその行動に何の意味があるのかは分からなかったが、ルイザの提案を受け入れ、基地に戻ると家族に手紙を書いた。
一週間後、エンの実家から、一枚の男性のスナップと、封筒に同封された手紙が届いた。手紙にはこう書いてある。
「初めまして。僕は、フェイロン・ウォンと言います。今年で三十歳丁度です。エンさんが僕と連絡が取りたいと思っててくれると知って、嬉しいです。それもそうですよね。親が決めてくれたと言っても、素性も分からない人と夫婦になるのは、心配ですよね。
僕がどんな人かを、僕が紹介するのは、ちょっとおかしい気がしますが、出来る限り説明してみます。
僕の家族は、父さんと母さんと兄が一人と弟が三人います。両親の希望では、どうしても女の子が欲しかったみたいだけど、全員男でした。僕は二番目の子供なので、エンさんと結婚したら、婿入りをすることになるでしょう。
もちろん、婿入りのための資産はしっかり持って行きますけど……。貴女が知りたがってるのは、そう言う事じゃないと思うので、話を変えます」
その後は、ウォン氏がどのように育ったのかが綴られていたが、「話が長くなるので、『祖父のカメラを壊しちゃったエピソード』は、ここまでで。またこれからも手紙を書くから、もし、ちょっとでも『興味が出て来た』と思ってくれたら、返事を下さい」と書かれて、文章は終わっていた。
エンはそれを読んでから、ルイザにも手紙を見せてくれた。
「なんて言うか……。だったっ子を宥めてくれてるお兄ちゃんみたい」と言いながら。
ルイザは人差し指を振りながら、「いやいや、年齢が上とは言っても、男性って言うのは案外子供だよ?」と言っておいた。




