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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集2
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恋せよ乙女~ルイザお姉さんの恋愛塾1~

 ルイザ・ケリー。年齢は二十代である事以外を伏せている。透明な青い目と金色の撒き毛を持ち、アーマーで押さえていない時の体つきは、所謂グラマーと言うものだ。きりっとしたラインを持つ胸は豊かで腹は引き締まり、腰つきはしつこすぎない程度に丸い。優美な(ライン)を持つ脚は筋肉質で、ブーツを履いた彼女の蹴りを受けると、一般の人間だったら骨折する。そのブーツには術を仕込んだ鉄板が入ってるのだから蹴られたほうは堪らないだろう。

 彼女のその容貌から、本人の意向は無視して「バービードール」と言うあだ名がついている。ルイザ本人にとっては、「頭が空っぽ」と言う意味の悪口以外の何でもないのだが。

 隊の術師仲間の間では、大きな術を使う時の中核を担う術師として一目置かれている。そんな彼女は、術師として優れているだけではなく、時に過敏とも思える「第六感の鋭さ」を持っている。

 他人の話す声、一瞬見せた表情、仕草、不自然なぎこちなさや不自然な滑らかさ、それら全てを観察して「相手が何を隠しているか」を察する能力にも長けている。

 そして、その能力を発揮するのは、何も人間に対してだけと言うわけではない。

 最近美味しくなって来たと噂の基地の食堂に、「てりやきミート」を食べに行った時、視界の端をもやっとした者が通った。ルイザは見ないようにしていたが、知り合いに名を呼ばれてそちらに顔を向けた時、一瞬「目」が合ってしまった。

 白くもやもやとした煙のように見える、崩れた人の顔を持ったもの。

 それが死した者か、生きている何かかは、分からない。ルイザとしては、分かりたくもない。だが、それが見えた時は、近いうちに厄介ごとが舞い込む前兆であることは、今までの経験上、理解していた。

 見えたのは一瞬だが、常に働いている「第六感」から、その白い煙状の何者かの腹が裂けていて、内臓のようなものが、ぬめぬめと滴り落ちて来そうなのを察してしまった。

 煙状の何者かは、ルイザが「知った」事が分かったらしく、次に視線を向けると、先ほど居た場所から消えていた。


 内臓を見せて泣き崩れている女だと、ルイザはその日に観た「前兆」を結論付けた。それを裏付けるように、その晩、同じ寝室を使っている二十代の女性兵士が言い出した。

 二段ベッドの下を使っている女性兵士が、軍服から寝間着に着替えながら、「私、除隊しようと思ってるの」と。

「へぇ。何か心境の変化が?」と、ルイザは当たり障りない返事を返した。

「ううん。私の心境は変わってないけど、家の事がね」

 そう言って来た女性隊員は、軍人としては細身の、東洋系の女性だった。

「ずっと前に、妹が堕胎させられたの。結婚前に子供が出来ちゃったから、その子をおろした。でも、結婚してからは流産を繰り返すようになった。それで、私に、結婚して子供を……後継ぎを産めってさ」

 ルイザはそれを聞いて、彼女の中の怒りを感じた。つい、本人が怒るより先に、「女の体は物じゃない」と、ベッドの上の段から身を乗り出して、口走ってしまった。

「うん。うん。分かってる。私だって、子供を作るマシーンだって思われるのは嫌だよ?」ルイザの様子が穏やかでなくなったことを察し、その女性隊員は宥めるように言う。「だけど、どうしようもないんだ。男の兄弟は居ないし、家は絹織物の問屋を……つまり、継がなきゃならない家業をやってるから、どうしたって後継ぎは必要なの」

 話しているほうが遠慮するくらいに気を高ぶらせてしまった。ルイザは息を深く吸って吐いてから、ベッドの梯子を下り、下段のベッドの柵に手をかける。

「エン。貴女、それ、本気で言ってるの?」と静かに聞いた。「結婚以外の、後継ぎを探す方法は?」

「養子をもらうって言う方法が無くもないんだけど、両親は、どうしても血を継がせた子供じゃなきゃ『ならない』って」と言って、部屋着に着替えた女性兵士は、ベッドに座り込む。

「エン」と、ルイザは優しさを掘り起こして呼びかけた。「貴女、恋をしたことはある?」

 エンと言う女性兵士は、静かに首を横に振る。口元はうっすらとほほ笑んでいるが、それは恐らく自嘲だろう。

 ルイザは続ける。

「一度、誰かに恋愛してみなよ。両想いに成れなくても良い。手を繋げなくても、心の中で大恋愛してみたら良い。結婚とか後継ぎとかは、その後で考える。もちろん、結婚する時は、その前に恋をした人とは失恋する事になるんだけど。貴女には、『恋』って言う体験が必要だ」

 ルイザがそう言うと、エンは「そんなに簡単に……失恋前提の『恋』をするの?」と、困惑しているような、面白がっているような、複雑そうな表情を浮かべた。

「そう」とだけ、ルイザは応え、「まず、明日までに『恋』の候補を三人挙げて。身近な人でも、アイドルでも、アクターでも、歴史上の人物でも良い」と、笑顔で言う。

「変な『恋』」と、エンは自嘲を浮かべたまま言う。「でも、ルイザ。誰も相手が見つからなかったら?」

「そうしたら、七日間だけ時間をあげる。その間に、必ず相手を探す事」と返すと、ルイザはようやくエンの声に籠っていた怒りから解放された。身体が楽になり、頭がはっきりしてくる。「コイバナもしたことが無いのに、いきなり結婚は急展開すぎる」

 その言葉が終わりかける頃に、寝室に戻って来た他二名の女性兵士が、「何が急展開だって?」と聞いてくる。

「なんでもない」と、エンは恥ずかしそうに言ってベッドに身を投げ、頭まで上掛けを被る。

 ルイザも、「そう。なんでもない」と応え、二段ベッドの梯子を上った。


 翌日、眠る前にルイザはエンにこっそり結果を聞いた。「で、どう?」と。

 他二人の女性兵士達も居たので、エンはあらかじめ書いてあった便箋をくれた。

「一人目、リャン・ウー。二人目、エルドナ・ピソ。三人目、シューマン・キャット」

 名前の続きには、その人物がどんな人なのかの簡単な紹介文が。

「リャン・ウー:故郷で人気のシンガー。エルドナ・ピソ:映画界のアクトレス。シューマン・キャット:基地の近くに住んでる猫」

 どうやら、エンとしては三人目が思い浮かばなかったらしい。

 しかし、気になるのが、恋のお相手が猫以外は女性であることだ。何となく変な感じを覚えながら、ルイザはその日の便箋を枕の中に隠した。 

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