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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第二章~大地の底にて~
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29. ニオブの園―居る子 要らない子―

 要塞に巣くっていた蜂蜘蛛達の巣を殲滅してから、ほんの数ヶ月後の、秋の頃である。

 セラ・リルケは通信兵として働きながら、蜂蜘蛛達の行方と、その中に必ず居るであろうカオン・ギブソンの存在を追い続けていた。

 術師達を中心に構成された第三部隊が確認した様子では、化物の巣の中にも、城塞の中にも、カオンはいなかった。

 事情を知っているらしい、アン・セリスティアと言う邪気浄化係の清掃員から聞いた話では、カオンは蜂蜘蛛達に操られたまま、彼等の幼虫を守るために逃げてしまったのだと言う。

「それは、カオンが選んだ事なのか?」と聞くと、アンは「彼女の行動の原因は、邪気侵食の一種です。病院にかかったら、ある種の病と診断されるでしょう」と言っていた。

 カオンは何処かで生きている。自分の意思ではない者の影響を受けて、病んだまま。

 セラはそう思い、カオンを探そうとしていた。元の彼の所属は一般兵だったが、邪気に一定の耐性がある事から、魔力保有検査を受けた。ほんの微弱だが、魔力に近い力を持っていた。

 その力を「通信」の術に応用して伸ばし、夏に通信兵の資格を取った。水晶版の操作方法を学び、残存魔力から、カオン・ギブソンの魔力形跡を辿ると言う仕事を始めた。

 初期は「逃げた蜂蜘蛛の生存区域を探し出すため」と言う理由を付けていたが、やがてそれは、セラがカオンを追う本当の理由になって行く。

 その年の秋から冬の始めにかけ、ある山間地域で、多数の子供達の失踪事件が起こった。

 それと同時期に、その町の近くの山中に住む動物達が、体の一部だけ骨になった状態で発見されるようになった。毛皮を裂かれ、腕や脚や胸の肉が抉り取られている。

 人間だったら、ナイフか何かで捌いたような痕を残すはずだが、その獣達の傷は大きな鋏で何度も切り付け、千切り取ったような痕を残していた。

 誰かが、山の獣を狩っている。それも、毛皮や骨が目的ではなく、肉を得るために。

 何故だ? と、情報を知る事になったセラは疑問を持った。そこで、蜂蜘蛛達との交戦情報や、その身体的特徴を参照した。

 頭部はベスパそっくりで、口元には鋭い顎がある。胸についている蜂と同じ肢の前から二本目は蛙ような両生類の肢をしていた。腹は巨大に膨らんでいて、蜘蛛のように糸を噴き出す。

 口元の、鋏のような顎を見た時、奇妙な死に方をしている獣達の体に残された傷痕と、関連付けられた。

 蜂蜘蛛の幼虫は、成虫になって生存している。行方不明になった人間の子供達は、彼等に食われたのだろうか。しかし、獣の死体が見つかっているのに、手足や胸の肉を切り裂かれた子供の死体など、見つかっていない。

 その子供達が、蜂蜘蛛達の世界で、意識を乗っ取られ、カオンと同じ存在として扱われていたら?

 セラの推理は瞬く間に組み上がったが、裏付けのための証拠が必要だ。そこから、セラは失踪した子供達についての情報を調べ始めた。


 セラの事情から翌年の、春の日差しが強い晴天の下、暗い顔をしたポロシャツ姿の老人が、涼風の吹きぬける庭でお茶を飲んでいた。その老人は、かつてのテッヘル参謀である。

 殆ど色の付いた毛が残っていない頭髪は薄く、脂肪の付いた大きな頭と、せり出していた大きな腹は、少しだけスリムになっている。

 逆に、脚は少し太って、昔は毒キノコを思わせた体型は、どちらかと言うとボンレスハムに近くなっている。

 彼は隠居してから、すっかり激高する事を忘れてしまった。

 戦場にいる間の高揚感を忘れると同時に、なんで自分はあんなに怒鳴り散らすのが好きだったんだろうと、本人も不思議に思っていた。

 彼を戦場から引き離した妻や子達は、彼にせっせとダイエット食を食べさせる。老い先短いのであるから、もっと美味いものを食わせてくれと願ったが、このダイエット食と言うのも意外と美味いのだ。

 アルコールは控えさせられ、朝にはパンと野菜と果物と小魚と牛乳、昼飯はフルーツ入りのゼリーをたっぷりと。そして、夕飯はカシューナッツを少しと、東の国で食べられている大豆の加工食品である、白く柔らかい塊をほぐして野菜と和えたものを食べた。

 食事療法の他、血圧を下げる薬を飲む。今の彼に高揚感を保証してくれるものは、平和な事に探偵小説である。所謂、本格推理ものを愛読し、探偵役の謎解きが始まる前に、自分でも推理力を使って犯人を突き止めようと考えてみている。

 犯行の方法は分からなくても、犯人と思える人物を「当てられた」時は、まだまだ自分も老いぼれていないと確認できた。

 そんなテッヘルには、二人の子供がいる。二人とも、もうだいぶ前に成人し、結婚して孫を育てている。

 その孫の一人が、五歳になってしばらくした冬の日、忽然と姿を消した。去年のクリスマス頃の事だ。

 子供達やそのパートナーは警察に届け、自分達でも行方不明になった我が子を捜索した。

 テッヘルはその事件を知らされた時、状況と物証を知りたがった。何かとても忌まわしいものが、失踪した孫を襲ったような気がしたのだ。

 一度は、自分の子供達やそのパートナーが孫を殺したのではないかと疑いもした。何故なら、孫は冬になっても、毎日裸足で家の外に追い立てられていたと言うのだから。

 テッヘルは、孫への心配を胸にしながら、今日も探偵小説を読む。その小説の主人公は、ひどく頭脳明晰で、どんなヒントも逃さない。

 こんな人物が、現実の世界に存在してくれたら良いのに。

 そう思って、テッヘルは老眼鏡を外し、目を休めるために本に栞を挟んで閉じた。


 ノーラの母親は、すっかり疲れていた。一人娘が居なくなり、その原因は母親にあると噂され、脳はアドレナリンを出す機会を失い、意気消沈している。

 自分だけの食事を用意して、食べて食器を片づけ、埃ひとつない家の中を、入念に磨く。大好きだった家事は、それを邪魔する者が居なくなったと言うのに、楽しくなくなった。

 昼寝をしても、何時も夫に怒鳴られる夢を見て起きてしまう。空いた時間に作っていたビーズ細工や刺繡は、唯の頭痛の種になった。

 なんでこんな事になってしまったんだろうと、ノーラの母親は思った。

 あの子が居なくなったのが悪いんだ。そのせいで私は周りから苛まれて、夫から叱責され、ビクビク怯えて暮している。

 あの子が居なくなりさえしなければ。なんで子供と言うのは思い通りにならないんだろう。厚かましくて、世話ばかりかけて、泣き叫べば良いと思っていて、そして、なんで逃げてしまうんだろう。

 ノーラの母親の腹には、二人目の子供がいる。

 この子供は逃がさないように育てよう。小さな頃からきちんと躾けて、私の意向に一切口も手も出さない子供に。そう、あの人みたいに。軍人みたいに教育しよう。

 この子は、私のための兵なのだ。

 潜在的サディストの元に、新しい命が生まれるのは、十ヶ月後の事だ。

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