27.ニオブの園―二人の戦争―
公共放送や、ニュースペーパーで、軍の勝利を知らせるニュースが報じられました。
明日には、軍隊に働きに行っている、お父さんやお母さん、お兄さんやお姉さんが帰ってくると、小さな子供達は浮かれています。それも、魔獣の大群に勝ったと言う、嬉しいお話が聞けるはずなのです。
五歳のノーラは、その話を聞いても、あまり嬉しくありません。
神様と人間が交わした約束のお話を知っているノーラは、せっかく神様が作って下さった、世界の生物を傷つけるお仕事をしているお父さんが嫌いでした。
いのちはびょうどうだって、いつもゆうのに、たたかいにいったときは、たくさんころしたおはなしばっかり。
ノーラはそう思って、それをお母さんに言った事があります。お母さんは顔を真っ赤にして、ノーラの頬を音が出るくらいの力で叩きました。
そして、「お父さんを誇りに思えない娘なんて、私の娘じゃない。家から出て行け」と言って、ノーラを靴も履かせないで、家の外に追い出しました。
ノーラは、玄関で何度も謝って、謝っても返事がない事を知ると、裸足のままで近くの河原に行きました。河原で遊ぶために、靴を履いて来なかったんだと言い訳をするためです。
それから、ノーラは身体が冷え切るまで水遊びをしました。
夜になってから家に帰ると、玄関の鍵は開いていて、帰ってくるお父さんのための食事だけが用意されていました。
一度、ノーラを外に出すと気分が好いと言う事を覚えたお母さんは、それから毎日、何か理由を付けてノーラを叩くと、「私の子じゃない」と言って家から追い出しました。
ノーラはその度に河原に行きました。近所の友達も、一緒になって遊ぶ時もありました。そんな時は楽しかったし、嬉しかったのですが、季節が寒くなると誰も遊んでくれないし、むしろ、毎日河原に居るノーラを不思議がるようになりました。
ノーラが居ない間は、お母さんは好きなように家事ができるし、好きなように昼寝が出来るし、好きなように楽しみを見つけました。子供が居ないと言う事が楽だと思ってしまうようになったのです。
ノーラのお母さんは、叩くと言う行動も好きになりました。特に、子供の頬は柔らかくて、叩くと良い音がしました。手応えと言うものが心地好いと思ったのです。そして、ノーラが泣きながら謝ってくるのも心地好く感じました。
ノーラのお母さん本人は、自分は怒っているんだ、怒って子供を躾けようとしているのだと思っていましたが、それは自己暗示と言うものでした。
わざとそう思わなくても、ノーラのお母さんの脳は自分の心を守るために、勝手に自己暗示を考え出しました。子供の柔らかい頬を叩くと興奮するのは、イライラして怒っているのだと思わせ、泣き伏させることに快感を覚えている心を隠しました。
「私だって泣きたいのよ!」と、お母さんはある日のノーラに叫びました。「何時までもワーワー泣いて謝れば、どうにかなると思ってるの?!」と言う、矛盾したことも。
だって、快感を隠す言い訳をするのに、理屈なんて要らないんですもの。
そうして、お母さんはまたノーラを家から追い出しました。
ついに、雪が降る季節になりました。お父さんは、相変わらず戦いに行って居ます。
今回の魔獣は、少し手ごわいんだと言う手紙が届きました。
その手紙を見て笑わなかったノーラを、お母さんは罵って叩き、家から追い出しました。
「怒られてるのに、謝りもしないで! そんな子は私の子じゃない!」と言うのが、その日の理由でした。
ノーラが謝っても謝らなくても、お母さんは気に入りませんでした。最終的には、子供を怒鳴って叩ければ、本能は満足なのです。その、気分を満足させることを「させまいとする」ノーラの行動は、生意気に感じました。だからこそ、謝って来ても、謝らなくても、気に入らないのです。
その日も、ノーラは河原に行きましたが、皮膚が塗れると凍えそうで、水辺には近づけませんでした。それで、河に沿って歩いてみる事にしました。河原が途切れて、丁寧に舗装されている場所を見つけました。
川の流れは穏やかです。風が無いので、水面が揺れる事もありません。ノーラは、水辺に顔を近づけてみました。
其処には、ノーラとそっくりの女の子が映っていました。それはそうです。波を打たない時の水辺は、鏡のように見えるのですから。
「あたな、だあれ?」と、ノーラは話しかけました。水の中の女の子は、ノーラの言葉と同じ風に口を動かしました。
「わたしは、ノ……。ノノラ」と、水の中の女の子は答えました。
ノーラは、その空想のお友達と、長い間おしゃべりをしました。
ノノラのお父さんは、ノーラのお父さんと一緒で、兵隊さんでした。
色んな土地で発生する魔獣を討伐するために、離れた土地まで遠征に出ています。
ノノラは、ノノラのお父さんも、ノノラのお母さんも、嘘吐きだと言います。
ノノラのお父さんは、魔獣と言う生き物の命は平等だと思っていないし、ノノラのお母さんは、怒鳴ったり叩いたりするのが好きです。
どちらも、何かを攻撃するのが大好きな人達なのです。
「だから、けっこんして、ふうふになったんだろうね」と、ノノラは言いました。
とっても気の合う二人なのでしょう。何かを攻撃することで、満足感を見出すと言う性格が。
「つまりね、おかあさんがすきなのは、おとうさんだけなの」と、ノノラは言いました。「ノーラは、おかあさんはすき?」と、ノノラは聞いてきました。
ノーラはちょっと考えてから、「わたし、おかあさんのこじゃないの」と答えました。「だから、ほんとうのおかあさんをさがしたいの」と。
ノノラは、ノーラとそっくりの笑顔で、にっこり笑いました。「じゃぁ、これからさがしにいこう」と言って、水面から手を伸ばし、ノーラの手を引きました。
冷たい水の中に、ノーラは転がり込みました。
水面に突っ込む瞬間、ノーラは目を閉じました。
心臓が止まってしまうくらい冷たい水の中で、ノーラは暖かさを感じました。目を開けると、自分の手が、目の前に居るノノラと、しっかり繋がれている事に気付きました。
「ノノラ。ここはどこ?」と、ノーラは聞きました。
「せかいのあいだだよ」と、ノノラは答えます。そして、河上のほうを指さしました。
「このむこうに、いろんないのちの、うまれるところがあるの。そこでなら、ノーラのほんとうのおかあさんが、みつかるよ」
「わたしのいたせかいは?」と、ノーラは不安で聞きました。ノノラは困ったような顔をして、「ノーラは、しんでいるせかいにいたの」と答えました。そして、ノーラの手を引いて、少しずつ歩き出しました。
ノーラはノノラに付いて行きながら、「しんでいるせかい」の事を聞きました。
嘘で満ちていて、みんなが自分の心を誤魔化し合っていて、でも、本当の事が分かっても、誰も幸せじゃない世界。それが、死んでしまった世界だとノノラは言います。
ノーラは、ノノラに導かれて、「ほんとうのおかあさん」を探しに行くことにしました。




