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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第二章~大地の底にて~
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26.コバルトの舌戦―好い夢―

 長い白い髪をした、朱色の瞳の黒いワンピース姿の女の子が、両眼から涙をぼたぼた溢しながら、背を丸め、両手を胸に当てて、必死に謝ってくる。

 血圧の急激な変動で卒倒した割に、気を失っている間のテッヘルはそのような、彼にとっては心地好い夢を見ていた。

 その夢は明晰夢らしく、テッヘルは懇願するように謝ってくる十七歳ほどの女の子に向かって、好きなだけ罵詈雑言が飛ばせたし、お酒の相手をしてくれるお店の女の子に対して、べろんべろんに酔っ払った勢いで言うような、下品な言葉を使った下賤な台詞も投げかけられた。

 しかし、起きている時のテッヘルは意外と堅物で、女の子が話し相手をしてくれるような酒の店に行ったことが無い。なので、その下品な言葉も下賤な台詞も、空想上のものだ。

 だが、夢と言うものは大変便利で、どれだけ「知らない言葉」「思った事も無い台詞」でも、気分好くスラスラと唱えられる。朱色の瞳の女の子は、唯ひたすら謝って泣きじゃくるだけだ。

 その夢を見ていると、頭の中にドーパミンがたくさん出てきて気持ち良かった。であるが、人間の体と言うものは、脳がある程度活性化すると、目が覚める。

 夢の中で、声高に決め台詞――盛大なる悪口――を言おうとした瞬間に目が覚めて、テッヘルは不満そうな表情で目を開けた。

「参謀。ご加減は?」

 さほど心配そうでもなく医術師が聞いてくる。高血圧以外はとても健康な人物であると知っているからだ。

「私は勝ったぞ」と、寝ぼけているテッヘルは、ごにょごにょ言う。

「まぁ、勝ちましたね」と、医術師は答える。「『我々』は、ですけど」

 テッヘルが目を瞬き、耳を澄ませると、どうやら夜が更けているらしい本部キャンプの外で、複数の笑い声や話し声がする。

 任務最終日なので、明日の撤退作業に支障が出ない程度のアルコールが許されたのだ。


 アルコール五パーセントまでの飲料が一瓶だけ許された兵士達は、普段より楽しく成ったり悲しく成ったり、ふざけ回ったり、陰気になったりしていた。

 悪質なファン達と、その害悪からアイドルを守ろうとする兵士達の間で、アルコールより怒りで真っ赤になったルイザは、必死に抵抗しながら物のように引っ張りまわされている。

 唇を尖らせながら近づいてきたり、隙あらばボディタッチを狙っている兵士達を、蹴りや鉄拳や肘鉄や関節技で退けていたが、あまりに敵がしつこいので、ルイザは女性兵士用の休憩テントに避難した。

 ナタリアは、その騒ぎが大事にならないように見守りながらリキュールの瓶を傾け、キャンディ包みをされた小さなチーズを、フィルムから剥がしながら口に運ぶ。

 ルイザが数名の女性兵士と一緒に、手近のテントに避難したので、後で彼女達を保護しなきゃな、と考えていた。

 タイガはさっさと自分の分のアルコールを飲んでしまったらしいが、顔が赤くなってすらない。

 その青年も、お父さん達とお兄さん達に、「俺の分も飲んで良いぜ」と、積極的に追加のアルコール摂取を強要され、それを必死に断っている。

 ガートは暗い顔をしたままチビチビとリキュールを傾け、同世代で故郷に子供を残して遠征してきている兵士達と、我が子等への愛情を切々と語り合っている。

 シノンは何故かアヤメと一緒に、そんな騒ぎを遠巻きに見ている。

「あれ? どうしたんですか?」

 補給班のテントから出て来たアンが、宴会場から離れて地面に座っている二人に声をかけた。

 アンの手にしている紙の皿はつまみが山盛りだ。余所者のせいか、彼女のためのアルコールは用意されていなかったので、つまみを大量に食べてお腹を満たそうとしているようだ。

「ああ。俺等、下戸チーム」と、シノンがノンアルコールドリンクの瓶を振りながら言う。「なーんでかね、アルコールとは相性悪いんだよ」

「ルイザとも相性悪いと思う」

 アヤメはシノンに言い、アンのほうを向いて「さっきから、シノンの恋愛相談受けてるの」と告げ口する。

「もー、やーだー。そう言う事は内緒にしてよー」

 何処かの女子高生のような口調で嘆き、シノンは悶える。

「アヤメちゃんは口が堅いと思ったのにー」

「アンには話して良いかなって」

 アヤメはアンを手招き、自分の隣に座らせる。「明日には別れちゃうわけだしさ」

「ま、そっか」と、シノンはくねくね悶えるのをやめた。「なんかねー。アルコールだけじゃなくて、アルコール飲んでる人間とも相性悪いんだよねー」

「ルイザって酒豪だよ」と、アヤメ。

「やめて。アヤメちゃん。俺の夢を壊さないで」

 シノンは額の前で手を組んでアヤメを拝む。

「俺も、割と今の状況に傷ついてんだから。あの麗しいバービードールが、目の前で酔っ払い(ドランカー)達に引っ張りまわされてても、助けにも行けないんだぜ?」

「何時ものように、ふざけて混ざれば良いのでは……」と、アンは言ってから、つまみの焼きソーセージを口に放り込んで嚙む。

「それが出来ないから、下戸チームで集まってんの」と、シノンは自分を笑う。「でも、アンちゃんに『何時ものように』って言われるのは、なんか嬉しいわ。ちゃんと仲間意識持ってくれてんだってね」

「ああ……はい……」と、ブツブツ言ってからソーセージを飲み込み、アンは頬を掻く。「なんか、すいません。馴れ馴れしくて」と謝る。

「いやいやいやいや」

 シノンとアヤメは同時に言って顔の前で手を振り、「そこは謝る所じゃない」と、ハモる。

 アンはそれを聞いてふふふっと笑うと、「シノンさん、アヤメさんと付き合えば良いじゃないですか」と言い出す。

「うん。アヤメお嬢ちゃんも、後十年したらイイ女になると思うけど……」

 シノンは考え込み、女性を下品な目で見ないように目をそらしながら、「やっぱりね、男としては、出っ張る所が出っ張ってないと、何か物足りないと言うか……」と、あまり上品ではない事を言う。

 確かに、濁った黒の軍服を着ているアヤメの胸は、そんなに目立つほど出っ張ってはいない。

 アヤメはアルコール以外の理由で目を座らせてから、「さっき聞いたシノンの相談、言いふらしてくる」と言って、その場から立ち上がろうとした。

「ま、待って! 冗談! 冗談って言うか、君のでっぱりには、未来がある!」

 シノンはアヤメの手首に縋りつきながら、どんどん墓穴を掘っていく。「十七歳が、未来を諦めちゃいけない!」

「何騒いでんだー? ノンアルー!」と、ほろ酔いの兵士達が大声をかけて来る。

「シノンがー!」と、アヤメが叫んだので、シノンはその後の台詞をかき消すためにか、絶望からか、全力でドラァグクイーンのような悲鳴を上げた。


 最後まで気の抜けない治療班の隊員達は、気分を浮かれさせる飲み物はもらえていない。

 キャンプを取り払ってからもリハビリ治療の必要な、カーソン達のような重症者は、昼間の間にジープで病院に運んでもらった。

 首から蜘蛛の糸が消えた者達も、大事を取ってテントの中にいる。重症者と軽症者で別室を用意しなければならなかった状態は、アンの許可により解除になったので、病人同士でリキュールを傾け合い、今回の大騒動の反省会をしていた。

 それ等の状態を見て、テッヘルは「私の宴」は終わったのだと知った。

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