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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第二章~大地の底にて~
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24.コバルトの舌戦―難癖製造マシーン―

 汚染物質が、だくだくと上の盤から滴ってくるようになった。それに触れた娘達は悲鳴を上げ、やはり焼けるように負傷し、乾いて死んでいく。

 戦闘的な娘達も、敵を遥か彼方に、体から黒煙を上げる事しかできない。

「女王。退避を」と、ある蜂蜘蛛が言う。

「ならぬ。お前達だけの力では、奴等には抗えぬ」蜂蜘蛛の女王は逃亡を拒否し、指示を出した。「娘達よ。糸で防護壁を作り、力を維持せよ。第二層に来た時に、外敵は無力化する」

 蜂蜘蛛達は、彼女達にとって毒素である薬品に脅かされながら、果敢に糸を操り、空中に浮く糸の繭の中に、女王共々身を安置した。

 蜂蜘蛛達は、自分達の体から発せられる黒雲のようなエネルギーを、第二層の「霊性幼虫」に送った。

 霊媒の吐き出す霊的物質(エクトプラズム)から作り出した「霊性幼虫」達は、蜂蜘蛛の幼虫の姿をした擬似生命体である。

 幼虫のように振舞い、幼虫のように食べ、成長し、蛹にもなる。それも、ひどく短期間で。

 成虫の蜂蜘蛛の姿にもなり、偽女王を得て新しい霊性幼虫を増やし、廃棄されていた第二層の巣盤を覆いつくしていた。

 霊性幼虫の体を構成する物質は、本物の蜂蜘蛛達の発するエネルギーにより、有毒性を持たせることが出来る。

 偽女王は交配相手のゲノムを持たない。故に生まれてくる子孫は雄の蜂蜘蛛ばかりだが、蜂蜘蛛が武器にするのは針ではなく、丈夫な顎の牙と胃酸から発生する溶解液、そして獲物を絡める粘着質の糸だ。

 敵対者を殺傷するのに、針は必要ない。

 今は、(こら)え、待つ時だ。巣に残った女王と娘達は、自分達の身を守る糸の中に踏みとどまり、上から聞こえて来るであろう物音に耳を澄ました。


 一つ下の巣盤に移動しようとして、トリム達は息を飲んだ。盤中に、幼虫達が生きている。房の中をガリガリとひっかき、その音に反応して餌を与えている成虫の蜂蜘蛛達が居る。

 彼等を生物的に殺傷するための毒の霧の中でも、全く平気な様子で。

「煙霧が効いていない!」と、トリムは第一巣盤に退避しながら通信で地上に告げた。「生きている蜂蜘蛛達が居る! 成虫も、幼虫も……」

 その声を聞きつけ、幼虫の面倒を看ていた蜂蜘蛛が、威嚇の声を上げた。


 眉を寄せた気難しい顔を作り、テッヘルは目の前の、二人の兵士を怒鳴りつけた。

「だから間違いだったと言うのだ!」

 怒鳴られているのは、魔獣の邪気から殺虫剤を作り出すと言う案を発案したタイガと、それを医術的に可能だと言って、アプロネア神殿に話を通すよう進言したノリスだ。

 テッヘルの脳は、怒鳴れる興奮を、苛立ちの興奮にすり替えて、正々堂々と唾を飛ばす。

「お前達の浅知恵のせいで、尊い兵士達の命が四人も失われたのだぞ?! お前達は自分が、戦争犯罪を起こしたと言う自覚はないのか!」

 ユニアと言う名の女性の参謀が、冷ややかな調子でテッヘルに言い返す。

「まだ地下の三人は死んではいない。それに、自国の兵士を戦犯扱いするのはお門違いだ。彼等の発案から、作戦を決行する旨を許したのは我々だ」

「その、地下の生き残りの三人は?」と、モームと言う名の参謀も、テッヘルの「いつまでも激高していたい気分」をスルーして言う。

「視界を妨げていた、第一層の巣盤が洗浄されたので、退避させています」

 大尉が答えた。

「死んではいません」

 その言葉を聞いて、タイガとノリスは少しだけ気が楽になった。


 テッヘルのお説教から逃れ、大尉達から次の段階に進むための知識を聞かれた後、タイガとノリスは参謀本部から解放された。

 夫々の持ち場に戻る間、タイガはノリスに話しかけた。

「たぶん、アンさんを呼び出して怒鳴りたかったんでしょうね」

「難癖製造マシーンが?」と、ノリスは聞き返す。

「ああ。そんなあだ名があるんだ……」

「そう。簡単に言いたいときは『難癖マシーン』でも通じるよ。朝の『挨拶』にも辟易したけど、よっぽど言い負かされたのを気にしてるんだね」

「なんで、ノリスさんがその事を?」

「いや、シノンがペラペラ喋ってたから、みんな知ってるよ。『難癖マシーン』が、淡々と言い負かされてたって。サディスティックな趣味を仕事に持ち込むなって言われてたとか」

 それを聞いて、タイガは口を押さえ、周りに不審がられない程度の小声でクククッと笑った。

「僕も、あの現場に居合わせたのは、幸運でした。伝説の証人になれますもんね」

「分かる。『難癖マシーン』、ついにサディストと呼ばれる伝説、だよ」

 二人のやり取りを、リハビリ中の隊員が、通りすがりに聞いていた。「あの『マシーン』がなんだって?」

 松葉杖をついて立ち止まった兵士に、ノリスも足を止めて、明るく声をかける。

「カーソン。もう歩けるの?」

「松葉杖があればね」と言って、カーソンはまだ動きの鈍い片脚を少し上げてみせた。

「俺達の様子について聞きたいけど、ガートに知られたらお説教だから……」と言う所まで言って、「こっそり教えてくれないか?」と囁いてくる。

 タイガとノリスは顔を見合わせ、ガートの意思を察した。

 何せ、カーソン達の体中のほとんどの皮膚と筋肉は再生したばかりで、新しい皮膚で出来た頭には、頭髪や眉毛の再生まではない。

 瞼や耳や鼻の皮膚や骨は再生しているが、部分的に炎症が残っており、形が歪だったり、所々が薄かったり分厚かったりする。

 邪気による意識麻痺を起こしているからか、汚染レベル八を経験した「彼等」は、まだ自分達の体の様子が全体的に歪な事に気づいていないようだ。

 カーソン達も兵士だ。重症を追う事もある仕事をしていると言う意識はあるだろう。しかし、体中のあちこちが滅茶苦茶になっていると、不用意に認識してしまうのは避けたほうが良い。

 そこで、ノリスは誤魔化すことにした。

「実は、私達も、ガートには強く出れないんだ。タイガにとって、ガートは『お父さん』だし、私にとっては、有能な先輩なんでね」

 カーソンは、そんなに期待してなかったと言う風に、軽くチェッと口元を鳴らした。

「やっぱり駄目かぁ……」と笑顔で愚痴ってから、「じゃぁ、リハビリを頑張りますよ。タイガ坊や、パパによろしくな」と余計なことを言って、両脚が自由に動くようになるよう、運動を続けた。

 ノリスとタイガはその背を見送り、再び歩を進めた。

「ノリスさん」

 タイガがノリスの横を歩きながら、少し怒ってる声で言う。「誰が、誰の『お父さん』だって……」

「あ。私、治療班(こっち)だから、バイバイ坊や」と言って、ノリスはさっさと自分の受け持ちのテントに戻って行った。

「もう!」とだけ、不満げに溢し、タイガは通信班のテントの方向に歩を進めた。

 呼び出されていたせいで、数十分間は、戦線の状況が分からなかった。

 アンも無事にアヤメと合流できたようだし、作戦自体は崩壊していないはずだ。

 タイガは走りたいのをこらえて、出来るだけ素早く足を進める。

 視線を感じた気がして、肩越しに振り返ってみたが、タイガのほうを見ている者はいない。

 変なの、と、心の中で呟き、首をひねった。

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