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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第二章~大地の底にて~
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19.ルビドゥス兵器戦―おかしな事―

 真横からの襲撃に防護力を発揮していた「化物」は、頭上からの攻撃に対しては学習不足だったようだ。

 雹の弾丸に体を叩かれ、ゼリー状の化け物は激しく体を揺らした。波立った透明な肉の天辺が、斑に薄くなる。

 雹の一部が、化物の体の中央核を鋭く叩いた。化け物の動きが、極端に鈍る。ゼリー状の体の中で失速するとは言え、相当な打撃を与えられたようだ。

 化け物は体をぶよぶよさせて、下方にずれた中央核を、肉の動きを使って真ん中に引き戻そうとしている。

 アンは片手を化け物のほうに伸ばし、手の平から、緩やかな光線のように見える魔力波を送った。

 化物の体中に撃ち込まれている「封印」の術を込めた弾丸が、力で繋がれる。

 全ての弾丸を魔力の糸で繋ぐと、片手にその網のような力を掴んで、さっき打撃を与えた中央核めがけて引っ張った。

 体の中から中央核を撃たれた化物は、其れから光を放ち、飽和するように光を体中に満たすと、砕け散った。

「やったのか……」と、呟く兵士達が呆然としていると、砕けたゼリー状の体の中で、小さな核達が共鳴するように光っている。

 その共鳴に応えるように、落として砕けたゼリーのような肉が、夫々の核の周りに集まり始めた。

「まだ死んでない!」と、ルイザが叫んだ。「ナイフで、核を潰して!」

 兵士達は夫々の装備をナイフに持ち替え、足元に転がった、肉塊とも瘤とも言い難いものを、グチャグチャと切り刻む事になった。


 地表の遥か下。巣盤の中には、嗅ぎなれた甘い匂いがする。

 疲労を抑えるために眠っていた彼女は、意識の覚醒を感じた。

 眠りが覚めてきたのは、どうやら空腹の影響らしい。

 目を開くまで、耳元やあちこちで、コトコト、カシカシ、と、小さな音がしていた。

 身体は縦になるように宙につるされている。ぼんやりと瞼を開くと、片目と鼻と口の周りを残して、体中をすっかり白い糸に包まれている。

 目の前に、黄色と黒の縞模様を持った、人より大きな、蜂の頭を持った蜘蛛のような生き物が居た。恐怖心や嫌悪感は思い浮かばない。

 さっきからコトコトカシカシと言って居たのは、この生き物の足音だ。

 吊るされた彼女は、体を包む糸から出ようとはしない。口と鼻と目以外、動かしようが無かったが、それも不自由には感じなかった。

 ペタッと、頬に冷たい感触がする。大きな蛙の手で触れられているような、妙に柔らかい感触だ。それは目の前にいる蜂蜘蛛の、前から二本目の肢だった。

 蜂蜘蛛は、その手のような肢で、彼女の頬を押して口を開けさせ、もう片方の手に掴んでいた固まった樹液を、口に含ませる。

 彼女は、黙ってその塊を口に含んだ。乾ききっていた口の中に、唾液が出てくる。

 樹液を舐めとかしている彼女の様子を見て、蜂蜘蛛は仕事を終えたと言う風に去って行った。

 樹液を飲み込んでから、しばらくすると、一際体の大きな蜂蜘蛛が近づいて来た。

 体の大きな鉢蜘蛛は、身の回りに小柄な従僕を従えている。この帝国の女王である存在だ。

「霊媒よ」と、彼女にも通じる言語で、女王は話しかけてくる。

 慈しむように、蛙の手の甲で、糸に捕らえた者の頬を撫でる。「今一度、お前の力が必要だ」

「はい。女王(クイーン)」と、彼女は答えた。

 高濃度の邪気を吸い込み続け、魅入られている彼女の意識の中では、女王に従う事は絶対だった。

 この巣の中では、フェロモンのように邪気を発するこの女王が法律であり、この女王の作った、何千と言う従僕を従える国こそが、守る全てである。

 外で、この国の繁栄を邪魔する人間達が、何かの活動をしている。かつては、霊媒もその仕事に(くみ)し、女王達の生存を阻もうと言う愚行を行なっていた。

 理知ある女王は巣を作る時に、大きな目立つ縦穴を用意した。

 その縦穴は、外で捕まえた獲物を巣の中に引きずり込むためにも使っていたが、縦穴を見つけた人間が、そこを狙って攻撃を仕掛けてくると知ってから、出入り口として国の一部から伸びる横穴を作った。

 かつて、山頂の城に住んで居た人間達が用意した「隠し通路」と言うものに繋がれた、その穴を使って、山から離れた場所に出入り口を得た蜂蜘蛛達は、そこから外の獲物を狩る活動をしている。

 縦穴は情報収集用、兼、トラップとして残された。

 もう廃棄されている盤上の上にある縦穴の周りは常に警戒されており、人間が攻撃を仕掛けて来たらすぐに応戦できるように、数十匹の蜂蜘蛛達が控えている。

 横穴から外に出るのは、比較的体が小さい従僕達だ。従僕と言っても、同じ女王から生まれ、同じ匂いを纏っている姉妹達だ。

 女王は、余所者である霊媒を非常に好意的に受け入れ、国の上にある人間の作った城塞の中に残すのではなく、わざわざ国の中に引き入れて面倒を看てくれた。

 私は、この(かた)達を殺傷しに来たのに、なんと慈悲深い生命体だろう。

 霊媒はそう考え、美しい蜂蜘蛛達に忠誠を誓っていた。

 女王は、呪文のような言葉を唱え始める。その声を聞いているうちに、霊媒師は意識を朦朧とさせ、呻き始めた。呻き声の中から、言葉を発する。

「女王よ。汝の世継ぎ、生まれ出でたる前に焼かれ果てる。娘達よ、国を放棄し、命ながらえよ」

「従えぬ」と、霊媒の言葉を聴いていた蜂蜘蛛の一匹が言う。

 女王に付き従っている者の一匹だ。

「このような大帝国、一日で作り上げることは不可能。女王のこれまでの働きを……」

「よせ。重要なのは、国を放棄する事ではない」と、女王は従者の言葉を遮った。「焼かれ果てる……。つまり、奴等は火を使ってくると言う意味だ」

 そう考えを纏め、女王は再び霊媒に命ずる。

「火を防ぐための力を、これに召喚せよ」

 その言葉を聞くと、霊媒の体は反射のようにビクッと跳ね、口を開いた。

 その口の中から、ドロドロと青白いものが溢れてくる。霊的物質(エクトプラズム)のような其れは、気体とも液体とも言い難い。

 一定量が霊媒の前に集まると、質感が変わり、見る間に変化して行く。

 その形は水で出来た蜂蜘蛛の幼虫のように見えた。


 ゼリー状の化物の死骸を縦穴の上から退かした後、アンは化物が居た場所から、新しい蜘蛛の糸が伸びているのに気づいた。

 交戦情報を探ってたのかな?

 声に出さずに思うと、案外近く似たナタリアから、念話が返ってきた。

 ――恐らくそうだろうね。しかし、変だ。

 アンは聞き返す。

 ――何がですか?

 ナタリアの意見はこうだ。

 ――普通の蜂だったら、獲物をつかまえるために、始終巣穴から出たり入ったりするのに、その様子が無い。

 そう言われて、アンは縦穴の底を見つめた。百メートルほど掘られている縦穴の先で、何かが蠢いている。

 それ以上、奥を見ようとすると、透視の力が鈍る。結界に似た力が働いていた。

 アンが予想していなかった「横穴」が存在するのだとしたら、この縦穴を警戒しているのは、ほぼ無意味。

 ――タイガに通信を。

 アンは直感を告げた。

 ――城塞の欠損にならない位置に、横穴があるかも知れません。

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