18.ルビドゥス兵器戦―化物との対峙―
自分達の通ってきた通路を守りながら、隊のうちの数十人が中央ホールまで踏み入った。
しかし、ホールは一層濃い、黒い泥のような邪気に覆われている。
「侵入は危険だ。夫々の出入り口を固めろ」と、ナタリアは兵士達に通信で指示を出した。
それから、ナタリアは発音を止め、念話で傍らの清掃員に声をかける。
――アン。どうにかできる?
――出来なくはないですけど……。縦穴の状態が気になりますね。
アンも念話で答える。
――中にいくつも糸が張り巡らされています。だけど綺麗に螺旋を描いてる。
「螺旋?」と、ナタリアは思わず言葉を発した。
アンは声から魔力を消し、答える。
「恐らく、飛び込んでくる者が居たらすぐに分かるようにって事でしょうね。這って出入りする者は、壁を螺旋状に上り下りすれば良い」
そう言った後、アンは密度の濃い結界で自分を覆ったまま、箒を床に引きずり、大広間の壁際を歩いた。その箒の房から、青白い光が床に伸びている。
何分かして広間を一周してくると、アンは箒を逆手に持ち、「しばし、うるさいですが」と言ってから、「壱、弐ぃぃぃぃ…参!」と、なるべく小声で掛け声を上げ、箒の房で足元の青白い帯を叩いた。
大砲の音に似た衝撃音が響き、一度邪気が散ってから、一体の塊になった。
透き通った赤い物質が現れる。それは特定の形を持たず、ゼリー状のままぶよぶよと姿を変えた。
体中の至る所に様々な生物の手腕や足が付いており、その肢を使って僅かに移動らしき行動をしようとしている。
アンの居る方向に向けて、化物の表面に無数の目が開く。
炎の色に染まり、金色に輝くそれ等がアンの姿を見たと同時に、化け物に向かって各隊員達が銃撃を行なった。
化物の目は隊員達の方にも散る。
目玉が散った先で、その視線の方向に「弾丸のような小さな光線」が放たれた。
胸を撃たれた者はアーマーに守られたが、熱線にでも焼かれたようにアーマーに傷がついた。
兵士達は熱線をかわし、転がり、身を隠しながら応戦する。
「目って……普通弱点じゃないのか?!」と、ある兵士が叫んだ。
誰に文句を言ってるのかは分からないが、確かになと、その場に居た全員が思った。
各隊員達が別々の場所から攻撃を仕掛けられたのは好機だった。
縦穴を守るように、大広間の中央に居る化物の注意は一点に集まる事が無く、目から出る熱線を使っても集中砲火は出来ないでいる。
邪気で出来た魔獣が、「敵を撃つ」と言う戦法を理解していた。今までの戦闘から、蜂蜘蛛達が学んだ結果が、少なからず反映されているのだろう。
幾ら「即座に封じを」かけても、微量の伝達物質は逃してしまっていたわけである。
恐らく、この邪気の魔獣は蜂のキマイラ達が作った「兵器」なのだ。
人間の考え方で言うと、目玉が多いほどそれを司るための「脳」が無ければならないはずである。
だが、目の前でぶよぶよと蠢いているゼリー状の化物は、人間のような脳はない。
その代わりに、ゼリーの体のあらゆる場所と奥深くに大小様々な核があり、これが心臓的な役割から脳細胞的な役割まで全部こなしているようだ。体の一番奥深くには他の物より一回り大きい中央核がある。
何人かが、その中央核を狙おうとしたが、分厚いゼリーの体に突き刺さった銃弾は、核に届く前に失速してしまう。
「焦るな! 末端から潰して行け!」と、ナタリアは指示を飛ばす。
そのほうが「敵の注意をそらしたまま中央核に銃撃を届かせる」には最良の方法だろう。
隊員達は、比較的外側にある目玉や、手腕に見える化け物の肢に銃撃を試みた。
化け物の行動は素早く、「別方向を見ている目玉」を撃とうとしても、瞬く間にくるりと返り、熱戦を放射してくる。
空中に飛翔しているアンを追い、目玉が化物の頭上――頭と言うものは無いような形状だが――にも発生する。
アンは片手に魔力を集中し、五つの指に風を集めた。それらは五連の矢となって化物の目を射抜く。
光の弾丸を放とうとしていた化物は、頭上の目玉を失明した。
アンは空中を移動しながら風の矢を連続的に作り出し、どんどん湧き出てくる目玉を、次々に潰して行く。
化け物は、上空に居る敵を、跳ぶ蠅を天井に押し付けて殺そうとばかりに、手腕のような体の一部を伸ばして天井にバシバシと音を立ててぶつかった。
腕が当たった部分に、べったりと邪気の泥を残す。
アンは化物の手腕を掻い潜りながら、邪気の泥がぶつかった部分を浄化し、新しい個体が生まれてこないように封印した。その度に、天井近くで青白い雲が蓄積して行った。
アン達が攻防をしている間に、こちら側の「兵器」を乗せたジープが、戦地へ向けて出発した。
運転をしているシノンは、いつになく表情を引き締め、「待ってろよ、バービードールとお嬢ちゃん達」と、焦ったように呟いた。
助手席側に居た兵士が、「お前もルイザのファンか」と返してくる。
「一番、女神のチューに近い男だと思ってくれ」と、シノンは調子に乗って言う。
「ふざけるな。アイドルは汚されないからこそ美しいんだ」と、助手席の男は言い返す。
「お前等なんの話してんだよ」と、後部座席から別の兵士のツッコミが入った。
目玉を撃って怯ませ、化物の体の一部をナイフで切りつける。ゼリー状の体を抉り、化け物の体内にある核を刺し潰す。
この戦法を編み出したのは、兵器を運んでいる最中のシノン達に尊ばれているルイザだった。
化け物の体の末端にある核は、次々にナイフで刺し潰された。
空中を舞って居るアンは、上手く敵の集中力を削いでくれている。
「ルイザ。情報は伝わっていますか?」と、オペレーターからの声が通信されてくる。
「『お化け』が出るって言う件は聞いてる」と、ルイザは銃を操りながら言う。
「要塞の城内で発現するのは、邪気浸食による幻覚と言う事ですが、別人同士が同じ幻覚を見ると言う現象あり得ません」と、オペレーターは淡々と説明する。
「じゃぁ、私達の目の前にいるこれは何なの?」と、ルイザは少し苛立った。
オペレーターの声が答える。
「邪気の中で存在する『生物』です。その生物の攻撃を受けて、負傷した者は居ますか?」
ルイザは「居る」とだけ答えた。
オペレーターは暫く黙った。参謀からの指示を仰いでいるらしい。
それから言う。
「ルイザ。その『生物』からの攻撃を受けた物が負傷するという事は、殺された場合は実際に命を奪われます」
「はーい。有力な情報をありがとう」と、ルイザは皮肉を返し、ナタリアに聞いた内容を伝言した。
ナタリアが指示を出す。
「銃撃係とナイフ係を決めろ。行動パターンを読ませるな」
「了解」と言う声が、通信の中から響いてきた。
次第に、大広間の出入り口を固めて居る、幾つかの隊の方向に目玉が集まりやすくなって行った。
一瞬、化物の頭上が、留守になる。
アンが片手を天井に向けた。
封印の力を伴った雹が、天井に蓄積した雲の中からホールの空間の中に降り注いだ。




