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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第二章~大地の底にて~
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16.ルビドゥス兵器戦―入り口は?―

 東部キャンプからの生還者(ゾンビ)達は、大規模な浄化を終えた後、本部キャンプに運び込まれた。

 治療班のテントに、ガートが呼び出されて行った。一人一人に状態回復よりも高度な「治癒」をかける。体の細胞に生命力を与えて、傷や欠損部分を速やかに再生させる。

「良い術がかけられている」と、患者の体の上に手をかざしながら、ガートは呟く。「浄化と言うより、『ある種の治癒』みたいだ。邪気が蔓延った部分で、細胞を変質させるエネルギーが、別のエネルギーになってる。それが、体の浸食を防いでいるな」

 その言葉を聞いて、同席したノリスは「別のエネルギーと言うのは?」と聞き返した。

「断定は出来ない。だが、細胞の生命力を促すエネルギーだという事は言える」と、ガートは述べ、「おかげで、俺の『治癒』も、行き渡りやすくなってる」

「そうですか……」と、ノリスは何か言いたげだったが、仕事のほうを優先した。

 ガートが治癒を終えた患者の体を清め、劣化していた衣服を着替えさせて、一人一人を、隔離の術を掛けてあるテントに運び込んだ。

 カーソンが目を覚ましたのは、その処置を追えて、ほんの三十分後の事である。


 アンは疲れた様子も見せずに本部キャンプに帰還し、その足で第三部隊に加わって要塞へと向かった。

 その働きぶりに、参謀達は大満足なようだった。

「我が部隊の術師達も、あのように機敏に動けると良いのですがね」と、ある一人が、要塞へ向かう第三部隊を眺めながら言う。

「鍛え方が足りんのでしょう」と、テッヘルが言う。

「邪気の清掃を専門にする者と、同レベルの技能習得は可能なのか?」と、別の一人。

「同レベルの技能習得」と、隊長が復唱する。「一年や二年の訓練では、無理でしょう。術の習得にだけ時間を注げる人員を確保しなければ」

「基地に戻ったら、会議に提案してみよう」と、最初の一人が言い、参謀達の会話は一度静まった。


 翼竜達が砲弾として使われた事によって、要塞の邪気の濃度は若干薄くなっている。

 それでも、生身の人間が飛び込むには危険な濃度を保っていたので、ガスマスクをして防護服を着た兵士達は要塞に近づく前に、アン・セリスティアから「魔力の一部譲渡」を受ける事になった。

 方法は簡単だ。要塞に近づくまでの道中、一列に並んで、アンと手をタッチする。それだけで、微弱な魔力流が彼等の周りに纏いつく。

「殻に包まれてる時に似てる」と、第二部隊に参加した事のある者が言う。

「ああ。だけど、殻より軽くて……丈夫そうだな」と言って、他の兵士が城壁の壁に軽くパンチをした。

 その途端に、城内を覆っていた邪気が晴れる。

「あ」と、壁にパンチをした大莫迦者と、それを見ていた兵士、そして気配に気づいたアンが同時に声を漏らす。

 まだ、魔力の譲渡を受けていない者は、五十人ほどいる。

「手を出して!」と、叫んでから、アンは列の横を走る。息が切れてくる前に箒での飛行に切り替え、手を出し損ねている者は、肩を叩いたり、腕を叩いたりしながら、どうにか、残り五十人への「譲渡」を完了した。

 列の先の方では、邪気から変化した魔獣との交戦が始まっている。

 作戦が開始直後に崩壊しなくてよかったと思いつつ、アンは一度息を吐き、深く吸い込んでゆっくり吐くと、気分を切り替えて戦場に向かった。


 今回の作戦では、邪気の液体で出来た魔獣を排除・封印しながら、城のホールの地下から侵入できる縦穴を通って、キマイラ達を殲滅し、人質を解放して、巣を焼き尽くす。

 単純に言えばそう言った内容だ。

 邪気で出来た魔獣の親であるキマイラ達に、この情報が知られて居なければ、順調に仕事は進むはずだ。治療所で眠って居る「首筋に蜘蛛の糸が植えられている者」達を通して、人間の言葉がどれだけ知られて居るかが危ぶまれるが。

 アンはその危険性を考えていた。

 邪気を浄化できる者が第三部隊に加わると言う事くらいは、知られているかもしれない。

 知られているとしたら、どう行動すべきか。そして、どのように敵の裏をかけるか。そう考えながら、アンは、先頭を行く兵士に付き添った。

 ――ナタリア。此処からは声を出して話さない下さい。

 アンは相手の真横で念話を使う。通信の術が使えないので、アンの念話はそんなに遠くまで飛ばせないのだ。

 ――敵に私達の言語を習得させるくらいの時間は、与えてしまっているので。

 ――了解。参謀には、蜂の巣の除去だと思えって言われたけど。それは合ってるの?

 ナタリアは問いを返してきた。

 アンは答える。

 ――はい。ですので、害虫駆除のための……。

 そこまで言いかけて、アンはハッとしたように、前方にあるはずの、以前通った要塞の出入り口を見た。

 人一人が通れる程度の小さな出入り口は、蜘蛛の糸のようなもので綿密に覆われている。

 アンとナタリアが同時に思った。

 ――入り口が無い。

 隊列の歩が止まる。

 ――どうする? ナイフで切って進む?

 ナタリアに問いかけられ、アンは瞳に魔力を込めて、通路の奥までを透視する。

 ――駄目です。廊下中に分厚い糸が張り巡らされています。別の出入り口を探しましょう。

 ナタリアはプランが変更された事を、指のサインと身振りで、後続の兵士達に伝えた。

 各方面に散り、侵入できる出入り口を探せ。集合は、要塞の大広間。

 支持を受け取った兵士達は崩れた城壁を乗り越え、禿山の各方向に散った。


 ガートは治療所を離れられない医術師の代りに、邪気による負傷兵用のテントで、病人達の継続的な手当てをしていた。

 体が一通り機能するくらいには治したが、不具合のフォローやメンタルケアも必要である。

 実際、意識を取り戻した元・生還者(ゾンビ)達は、体が完全に治っていな事の、異常を訴えてきた。

「皮膚が、やけに過敏なんだ。自分で触れてるのに、ちょっと押すだけで痺れるような感じがして……。これは、どうにかならないのか?」

「新しく出来たばかりの組織だからだろう」とだけ、ガートは答えた。「赤ん坊の皮膚がショックに弱いのと同じだ。皮膚が強くなるまで待たなきゃならない」

「なぁ、ガート。俺達は、どんな状態だったんだ?」と、他の負傷兵も聞いてくる。「俺も、足が全然言う事を利かなくて困ってるんだ。膝が伸びないし、すぐによろけるし」

「聞く勇気があるなら教えても良いが」と、ガートは前置きを述べ、周りを見回す。「多数決を取ろう。自分達がどんな状態だったか、聞きたい奴は?」

 東部キャンプから来た生還者達は十六名。その内、九名が手を挙げた。

「あー。どちらを多数派と呼ぶにも中途半端な数だ」と、ガート。

「一人でも多いほうの意見を取るのが、多数決だろ?」と、手を挙げた兵士が、挙げたままの手をぶんぶん振って見せる。

「じゃぁ、聞きたい奴は、歩いてテントの外に出られるようになったら教えてやる」

 ガートはあえて患者を突き放す。

「聞きたくない奴等は、術に頼らずに、ぐっすり眠る事だな」

 どちらにしても、今はリハビリと休息が重要と言う事だろう。ガートは余計な精神的負荷をかけて、生きる余力を無くす方がよほど病状に悪いと判断したのだ。

 七人はシートの上に横たわって瞼を閉じ、ズキズキ痛んで熱を持つ体を休めようとした。

 不服気な顔をした九人は、自分達の体の「やけに過敏な皮膚」を触ってみて、ビリッという電気の走るような痛みに顔をしかめていた。

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