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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第二章~大地の底にて~
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13. リード情報戦―懐かしい誰かの―

 本部キャンプに帰還した第一部隊の治療が終わった。

 参謀から指示され、手の空いている兵士達は、彼等のための新しいテントを用意した。そのテントには、軍事術師により「隔離」の術が施された。

 そのテントに運び込まれた第一部隊のうち、イソ・ガウスが意識を取り戻した。 

 イソは首に『根』を残したままだが、糸が再生することが無かったうちの一人だ。

 意識がぐらぐらしているらしいイソは、しばらく呻きながら、ぼんやりとテントの天井を見ていた。

 だが、「お加減は?」と言う、聞きなれない女の子の声に気付き、そちらを見た。

 白い髪と朱色の瞳をした、黒い服の女の子が居る。軍人達と同じ黒衣ではあるが、服のシルエットが違う。立った状態で踝丈まである、ロングワンピースだ。

 魔女だ。と、イソは思った。それは間違いない。

 だが、人を呪い殺したりするような類の術師の持つ、禍々しい気配はしない。

 どちらかと言うと、この魔女を近くに見ているだけで、呼吸が整って、体が楽になるような気がする。

 起き上がってみようと言う心地が、自然に湧いた。

 イソは、さっきまで白と赤に腫れ上がっていた腕が、まともな色をしている事を確かめてから、腕の力で上体を起こした。

 しかし、膝を曲げて体を支える事が出来ない。

「悪い。まだ、脚が言う事を聞かない」と断り、腕で体を支え続けると、女の子は「そのままで構いません」と答え、イソの前に屈みこんだ。

 それから、「あなた達が侵入した時の、要塞の中の様子は、どのような物でしたか?」と聞いてくる。

「城内の様子?」と、問いをイソは復唱する。

 女の子が頷いて見せると、「それは……煙の中を歩てるみたいだった」と答えた。「いやに湿っぽくて、なのに触れると皮膚が焼かれるような感触がする煙だ。酸の霧の中を歩いていたみたいな」

「その煙の中で、城の出口をどうやって知ったんですか?」と、朱色の瞳を瞬かせて、女の子は問い重ねる。

「どう知ったのか……か。勘としか言いようがない。なるべく、空気の流れてくる方向に進んだんだ。それが、潜れないような小さな窓や、唯の壁の隙間風だったらと思うと、今ではゾッとする」と、イソは答え、片手で額を押さえる。

「貴方達が外に出る時、邪気は晴れなかったんですか?」と、女の子はまだ詳しく聞きたいらしい。

「邪気って言うのか、あの煙」と、イソは呟いてから、話し始めた。

「突入した時も、脱出した時も、ずっと視界は不明瞭だった。いや……突入するときは、最初は城の壁が見えた。奥に進むほど、あの煙……邪気って言うのが濃くなって行った。

 目の周りや口の周りが痛くなって、何人か、鼻血を出したり、目が真っ赤に腫れ上がって、涙に血が混じるようになって……。俺は、鼻で息が出来なかったから、口呼吸をしてた。喉の奥の方に違和感を感じて、何度も『喉の奥に滴る何か』を飲み込んでたら、段々気分が悪くなってきた。

 急に息苦しくなって、反射作用みたいに口が開いて、吐血したんだ。俺が『喉の奥に滴ってる液体』だと思ってたのは、鼻から流れ込んでた血液だったみたいだ。

 誰も戦闘なんて出来る状態じゃなくなって、でも、引き返そうとしたら……何となく懐かしい感じがしたんだ。懐かしい誰かに呼ばれているような、おかしな感覚だ。

 それで、引き返すか進むのか迷ってるうちに、どっちから来たかもわからなくなって、一人一人、はぐれるように居なくなって行った。俺も、出血のせいか、歩を進めてるのに物凄い眠気に襲われて……。

 それから何があったかは覚えてない。意識を取り戻した時は、物凄く首筋が痛んでいた。体はねばねばした糸で括られてて、服の胸や腹に白い大きな卵みたいなのが産み付けられてた。

 その卵の内部で、何かが動いてる気がして、物凄く気味が悪くなった。それで、このまま此処に居たらヤバいって思って、ナイフで、ねばねばした糸と何かの卵を削ぎ落して、煙の中を歩いたんだ。さっき言った通り、空気の流れてくる方向に。

 その間も、ずっと首が痛み続けてた。鏡もないから見えないし、触れてみて、皮膚が凸凹してることは分かったんだ。だけど、あんまり考える暇はなかった。それで……その……俺の首には、異常があるのか?」

 そこまで聞いて、女の子は少し俯き、「はい」と、悲し気に答えた。

 もしかしたら、知らないほうが良い事かもしれない。しかし、もっと意識がはっきりしてきて、生き残った他の者達を確認したら、自分の首もどうなっているかは想像に難くないだろう。

「イソ。貴方は、兵士ですね?」と、女の子は明瞭な声で聞いてくる。

「そうだ」と、イソは答える。

「任務中に、残酷な惨状を見た経験は?」と、問い重ねられ、「それは……無くはない」と答えてから、イソは段々事態が分かってきた。「そんなに、俺の首の様子は、悪いのか?」

 女の子は頷く。「一般の人間だったら、嫌悪感で皮膚を抉ってしまいたくなるでしょう。ですが、貴方を惨状を乗り越えた事のある兵士と見込んで、お見せします」と、彼女は言って、片手の平を縦に構えた。

 其処に、水鏡のように光を反射する鏡面が浮かび上がり、イソの首元が映る。

 彼の皮膚は、小さな木の根が表皮下に植え付けられているように、歪に皮膚が浮き上がり、その「根」が広がっている箇所は紫色に変色している。そこから生えていた細い何かが千切れて凹んだ痕が、治癒することなく残っていた。

「これは……」と、イソは言葉を失い、凸凹している皮膚に触ろうと手をかざして、手を震わせている。

 女の子は手の表面から水鏡を消して、「この『根』には、触れないで下さい。痛みが悪化するといけませんから」と、優しいく言う。

「あ、ああ」と答えて、イソは震えていた手を下ろした。

 ひとまず安心したが、「他の連中も、こんなものなのか?」と、テントの中でまだ眠って居る者達を見回しながら、女の子に尋ねてみた。

「はい。此処に居る三名と貴方は、その傷が『根』の状態で保てた人達です。貴方達は、今後、治療所ではなく、このテントで体を整え、治療を受けて下さい。治療所のテントには決して入らないように」

 女の子がそう言ってテントを去ろうとしたので、イソはその片手を掴み、「理由は?」と聞いた。

「『最悪の状態』になった人達と、接触しないためです」

 女の子は朱色の瞳を伏せて、もう一度イソの方を振り向いて屈みこむ。

 囁くように、こう説明してくれた。

「貴方達の首にある『根』の状態を悪化させないためでもあります。同じ因子を持っている者は、触れなくても魔力感染する事があるんです。意識を乗っ取られないためにも、自重を」

 イソは一つ息を吐いてから頷き、「その事を、此処に居る三人にも教えて良いか?」と聞いてみた。

「ええ」とだけ、女の子は返事をしてから、彼女の手首を掴んでいたイソの手を、優しく解いた。

 それから、声音を整えるように息をつき、穏やかに言う。

「ですが、その首の傷は、他の人達は見ないほうが良いかも知れません。貴方ほど、ショックに強くないかも知れない。ノリスに、包帯を持って来てもらいます。身なりを整えるために」

 そう言って、アンは自分の左首を叩いて見せた。

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