12.リード情報戦―豪雨の如き―
邪気の雲の中から、影が湧き上がった。新たに生まれた翼竜達が動き出したのだ。
要塞を囲んだ迎撃部隊が弾幕を作る。しかし、翼竜達は真上に飛翔し、ライフルの射程外に逃げた。
「ランチャーでも撃ち込むか?」と、兵士の一人が言ったが、「やめとけ。『学習』させるだけだ」と、別の兵士に言われ、ランチャーの使用はあっさり却下された。
アヤメはその間も、地面を歩く第一部隊の頭を、魔力弾で撃ち抜き続けている。
「こちらアヤメ。第一部隊生存者は要塞を中心に各方面のキャンプに移動中。人手が足らない」と、アヤメは通信に呼びかけた。
「現在、本部のキャンプで、第一部隊の生存者が治療を受けています。適切な処置を取れば、回復出来る事を確認。各キャンプに情報を伝えています」
オペレーターの言葉を聞き、アヤメは「適切な処置を行なっている人員は誰?」と聞き返した。
「アン・セリスティアと、ノリス・エマーソンです」と、オペレーター。
「アンの能力を軽く見ている」と、アヤメは言い返す。「彼女と同じレベルの『浄化』の術を使える者は、部隊の中には居ない」
しばらく通信は沈黙した。参謀達が話し合っているのだろう。
「アヤメ・コペル」と、隊長の声がした。「キャンプへ移動している第一部隊を『浄化』しろ。各キャンプに辿り着くまでに、汚染を抑制するんだ。他の迎撃部隊の一部にも、同じ指示を出す」
嫌な役回りがまた回ってきた、とアヤメは思った。
「『学習』されても知りませんよ?」と、隊長に伝えると、「『学習』される前に、全員を救う」と、隊長は言ってのけた。
アヤメは三十人全員が救える気はしなかった。しかし、「了解」と答え、指示された通りに、魔力弾に込める術を変えた。
真っ青な空に、飛行機雲のように翼竜達が昇って行く。その姿はライフルの射程外どころか、視界からも消えるように小さくなる。
「あいつ等、何処に行くんだ?」と、迎撃部隊の一人が言う。スコープで上空を見つめていると、雲が泳ぐ場所よりずっと高い位置で、翼竜達が四方八方に散った。
そして、翼で加速をつけ、地面に向かって落下してきた。
「落ちて来るぞ!」と言う声に気づいて、アヤメも空を見た。
肉眼で捕捉するより、術的な軌道が見えた。
「キャンプを狙ってる! 奴等は、『砲弾』だ!」と、アヤメは叫んだ。
邪気で出来ている翼竜達は、自分達の体が砕けた時に起こす「周辺への腐食」を利用して、キャンプを潰そうとしている。
迎撃部隊の一人が、素早くランチャーを手に取る。術を使える者がその弾に封印の魔力を込め、彼等は空から降って来る翼竜達を撃つ。
アヤメは、片目に指を突っ込むと、コンタクトレンズを外して投げ捨てた。虹彩の色がじわりと青に変わり、瞳孔が猫の目のように細くなる。
その片目で翼竜の動きを読み、ランチャーを構えている兵士の肩に手を当てた。
照準を見て狙うよりも正確に、弾丸は翼竜の体の中央を貫いた。
一撃につき一回、ランチャーに弾を込める。
二撃目、三撃目と撃ち取って行く度に、翼竜は液状化してはじけ飛ぶ。キャンプには邪気の雨が降っているだろう。
群れる翼竜達のうち、一匹が弾幕を越えた。
キャンプへ着弾しようとした翼竜が、頭から勢いよく、硬く透明な物にぶつかった。頭部が潰れ、首が折れ、背骨が砕け、溶けた飴細工のようにぐしゃりと丸まる。
丸まった翼竜は、圧縮され、気体化して消滅した。
本部のキャンプ中央で、ルイザ、ナタリア、ガートの三人が、術の陣を組んでいる。
「ギリギリセーフ」と、ルイザが息を吐く。
「まだ降ってきそうだな」と、ガートが言う。
「小雨は殻でしのげるかもしれないけど……。ルイザ、『罠』を作れる?」と、ナタリアが聞く。
「任せておいて」と言って、ルイザは殻を深皿のように大きく広げた。
迎撃部隊が打ち損じた数体の翼竜が、網にかかった魚のように、器の中に落ちる。
それ等は、ぐしゃり、ぐしゃり、と、面白いように丸められて行く。
先に潰された数匹を見ている者は、逃れようと暴れたが、一度罠にかかれば後は封印されるだけだった。
翼竜達の襲撃が起こっている間、アンは本部のキャンプに戻って来た第一部隊の浄化に専念していた。
アンが負傷兵達の体に残った邪気を消し、ノリスと医術師達が「状態回復」をかける。
「ああ……」と言う、ノリスの残念そうな声が聞こえた。
彼女の予測通り、患者の首に植え付けられていた糸が再生してしまったのだ。
これが、状態回復と言う術の、上手く行かない所である。
回復させる「状態」を慎重に見極め、被術者の身体が好ましい状態になるように調節しなければならない。
アンは、自分の担当を着々とこなしながら、「糸が再生した人達は、眠ってもらって下さい」と言う。
ノリスはその指示に従って、糸の再生した患者に鎮静の術をかける。
合計八名の帰還者を治療し終えた時、休憩所に隔離される「眠ったままの兵士達」は四名増える事になった。
その頃、タイガとシノンは通信係の集まるテントの中で水晶版を覗き、まだ要塞の城内に残されている兵士の情報を収集していた。
「北部キャンプに三名、東部キャンプに七名、西部キャンプに四名、南部キャンプに二名。本部キャンプに八名の第一部隊が搬送、もしくは帰還しています」
水晶版を操作し、データを確認しながらタイガは言う。
「要塞に残されて居る者の内、五名は生体反応が途切れました。生体反応が残っている一名の名前は、カオン・ギブソン」
水晶版に映し出された女性兵士の顔写真は、まだ彼女が囚われる前の者だ。
「少年兵か……。ガートが知ったら激高しそうだな」と、シノンはぼやく。
「確かに。今年でようやく十八歳になる人です。彼女の能力的特徴は、メディウム」と、タイガは淡々と応じる。
「霊媒?」と、シノンは語尾を上げて聞く。
「そうです」と、タイガは話し続ける。「霊体を呼び寄せる能力に優れてて、アラリウス神託所に就職するか、軍隊に入るか悩んだそうです。十六歳で志願兵として入隊」
「セラ・リルケとの間柄は?」と、シノンは謎の質問をする。
目を瞬いてから、タイガは水晶版を操作する。
「セラ・リルケは……。二十五歳。カレッジを卒業後、志願兵として入隊。カオンとは出身地が同じですね。元々面識があったのかも」
「妹みたいな存在なのかね」と、シノンは言い出し、タイガは「はあ……。そうかもしれませんね」と気の抜けた声で答えた。
それから、「出身地が同じって言っても、そんなに打ち解けるものですか?」と聞く。
「あのシーンを見てない坊やには、流石に男心を理解できんか」と、シノンは困ったように語り出す。「なんと言うかね、カオンを助け出そうとしていた時のセラは、自分の半身を取り戻そうとするような情熱と言うかがあって……」
「ああ。そうだったんですね」と、タイガは軽く受け流すように相づちを打った。「それで、カオンの居る位置ですけど、最初に第二部隊が侵入した場所より、だいぶ深層のほうに移動されています」
語りを途切れさせられたシノンは、心の中でタイガを「仕事の虫」と名付けた。




