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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第二章~大地の底にて~
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10.リード情報戦―そこにいたもの―

 遂に城塞中央へとアン達は侵入した。

 かつて大広間だったと思われるその内部は、床の中央が崩落しており、地下に続く深い穴がある。

 凸凹の穴の途中途中に、古びたものから新しいものまで、蜘蛛の巣のような糸が張り巡らされていた。

 広間の中央には、シャンデリアの代りに青白い光の塊が燈っており、薄暗くなりやすい内部の造りを明るく照らしている。

 術的な視野で床の穴の中を観ると、そこから数十本の「蜘蛛の糸」が、外に向かって伸びていた。

「この糸に捕まった贄から、穴の中にいる者が情報を読み取ってるのは、ご存知の通り」と、アンが解説する。

「人質達には、胚が産み付けられてたみたいだけど……」と、アヤメが尋ねると、「それはカウントダウンです。私達が『時間がない』事を意識して、深く考慮せずに罠にかかるように」と、アンは答える。

「邪気が溢れてるのは、この穴からですか?」と、タイガも問う。

「ずっと前は、この穴からだったんでしょうね」と、アンは縦穴の縁にしゃがみ込んで言う。「今では、この城のある山全体から邪気が放たれています。地面の中に在る『場』が広がっているんでしょう」

「それじゃあ、城を括っても、邪気は零れるの?」と、アヤメ。

「そう考えたほうが良いです」

 アンはそう答えてから、「タイガ。アヤメと貴方に回復と……『増幅』は使えますか?」と補助係に聞いた。

「勿論」と、タイガは応えた。実際にアヤメと自分に、状態回復と合わせ、体力と魔力の増幅の術をかける。「アンさんは必要ないんですか?」

「状態回復だけで良いです。『増幅』は要りません」とアンは応じる。タイガは言われた通りに、術を施した。


 アヤメは縦穴を下りるのかどうかを考えていた。

「降りるにしたら、ロープが居るな……」と良いながら、縦穴のふちに屈みこみ、黒々とした闇の渦巻く底を見つめる。

 そう言いながら、出っ張っているブロックをつかみ、握力で握りつぶせることを確認した。

「だめだ。壁を伝うには、脆すぎる」

 アンは、アヤメが状況を充分観察するのを待ってから、こう提案した。

「下りるって言うより、上がって来てもらいましょう」

 そう言いながら、空中に灯って居た青白い光の塊を手で示した。

 アンの首元の水晶がぼんやり光り出し、彼女が片手をぐるりとひっくり返して下に向けると同時に、光の塊は縦穴の中に吸い込まれて行った。

 闇の中で、爆発音と何かが短く叫ぶ音が響き、小規模な地面の揺れを感じた。地下の「場」で何かが起こったようだ。

 数本を残して、縦穴から伸びていた蜘蛛の糸がぷつぷつと切れた。

 地上に居る三人は、異変を察して縦穴から間合いを取る。

「アヤメ、タイガ」と、アンが呼び掛ける。「銃を構えて」

 縦穴の通じている地下から虫の悲鳴のようなものが聞こえて、アン達の目の前に「敵対者」が姿を現わした。

 蜂のような頭と胸と肢、前から二つ目の肢は蛙の手のように変形し、蜘蛛の腹を持った、頭部が異常に肥大した生物だった。それは外皮に多少の傷を負っており、その「傷を与えた者」がアン達だと言う事を察したらしい。蜂の目に似た鋭い複眼が、三人を捉える。

 アン達も気付いた。

「邪気を放ってるのは、こいつですね?」と、タイガが聞いてくる。

「一端を担っているのは、こいつ等です」と、アンは不穏な答えを返す。

「等?」と、アヤメが聞き返す。

「おしゃべりしてる暇はありませんよ」

 アンはそう言うと、蜘蛛のような何者かを指で示す。その指の先から放たれた青い光線を、魔獣は身をひねってかわし、腹部を内側に丸め、糸を放ってきた。

 三人は、糸につかまらないように一斉に身を翻す。

「私が『こいつ』を捕まえるまで、援護をお願いします!」と言って、アンは箒にまたがり、空中に飛翔する。

「了解!」と二人から声が返って来て、ライフルとショットガンによる攻撃が行われた。


 魔獣の纏っていた「殻」を破り、物理攻撃が届くようになった。アヤメが、持っていたショットガンで、目立つ蜘蛛の腹に弾丸を撃ち込む。その弾丸は魔獣の体の中に残り、術の効果を発揮し始める。

 動きが鈍くなった魔獣を、アンの術が捕えた。青い光が網目のように敵対者を覆う。魔獣は、行動の途中で硬直した。

「タイガ。この個体の情報を、本部に」と、アンが飛翔高度を下げ、敵の方を見たまま言う。

 タイガは背負っていたザックを開けて、小型の水晶版通信機を取り出した。敵が動かない事を目の端で確かめながら、アンに駆け寄る。

 アンは箒を降りて、空いた片手をタイガのほうに伸ばした。タイガはその手に手をかざして、読み取った魔力を暗号化して、キャンプに送った。


 交戦情報を持たせて「巣穴」に返さないように、情報を得た個体は先の魔獣達と同じように抹消した。

 邪気の発生源は突き止めたと言う事で、アン達は出口の近い北口に向かった。

 途中の通路には数人の「人質」が残されていたが、まだその身と喉を蜘蛛の糸に捕らえられている。

「今は、放っておくしかない」とアヤメは判断し、アンも頷いた。

 タイガは小さな声で、「きっと、助けに来ますから」と囁いてから、城塞を後にした。


 キャンプに帰還した三人は、城の内部の様子と、発見した「姿を変える邪気」の事、それから大広間にある縦穴から這い出てきた蜂と蜘蛛のキマイラの事、邪気の発生源は地下にあり、蜘蛛のようなキマイラは複数いる様子だと言う事を、参謀達に報告した。

 報告の後、アヤメとタイガは退室を許され、アンは残されて質問を受けた。

「固体化する邪気は、体組成物質で情報交換を行なうのか?」

「その通りです。元々が『微粒子のような泥』の集まりですから」

「城塞の周りを飛んでいる『翼竜』を撃ち落とす事は可能か?」

「可能です。撃ち落す事で、視覚的な情報は、巣穴に届かなくなります。ただし、屍を『封じる』か、回収できない場合は、あまりお勧めしません」

「その理由は?」

「『翼竜』達の死亡原因を知られる危険があるからです。銃弾に込められた術の効かない個体を作り出される要因になります。撃ち落とす場合は、弾丸に封印の術を込めて下さい」

「こちら側が、さらに強力な術を行使すれば、『成長』した敵にも攻撃は可能か?」

「可能です。ですが、彼等に新しい術の存在を教える事には成ります」

「人質達の生死は?」

「まだ彼等は生きています。外部に運び出せる状態ではありませんでしたが」

 そこまで答えると、アンはようやく席を離れる事を許可された。


 首を括っていた蜘蛛の糸から逃れた者達の中で、自我を取り戻した兵士達が居た。

 自分の身の周りに接着するように産み付けられている「胚」をナイフで削ぎ取り、体を縛り付けていた粘着質の糸を切り取って、出口を目指した。

 体力はまだ持つはずだが、空腹と渇きから、誰も「他の者に構っている余裕」は無かった。逃れられる者は逃れるし、それが出来ないものは取り残された。

 彼等が逃れる様子を、じっと見ている者達がいる。城の塔に隠れている翼竜達だ。兵士達がどのようなルートを辿って、どのように「ねぐら」に帰るのか、翼竜達は観察し続けた。

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