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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第二章~大地の底にて~
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8.リード情報戦―夜明と共に―

 ザッザッと箒で土を履く音がする。廃墟となっている古城の敷地を箒で掃いているのは、白く長い髪の、黒いロングワンピースを着た女の子。

「アン。この通路を全部『掃除』するまで、どのくらい?」と、武装したアヤメがその女の子に聞く。

 彼女は答える。

「大体……十五分って所でしょうか。ゆっくりじっくり掃除したら、それだけ『封印』は強固になります。『浄化』だけで良いんだったら、もっと早くも進めます。どちらを優先するかは、状況次第ですね」

 清掃員の女の子、アンが掃除しているのは、要塞の南側から、木々の生える城壁跡を辿って坂を上り、城内に入るまでの細く長い土道の先だ。

 アヤメは背中にライフルを備え、ショットガンを手に構えており、それから六連式の拳銃とサバイバルナイフを腰につけ、アンの周りに近づいてくる邪魔者が居ないかを警戒している。

 回復役として二人に付き添っているタイガも、ショットガンとナイフで武装している。常に本部キャンプからの通信を受けている彼の周りには、光の線で描かれた城の原型図に、現在地を示すカーソルが燈っていた。

 彼等の体の周りは、緑色とも青ともつかない液体のような膜に覆われており、その膜に触れた泥煙のような邪気は、浄化されて瞬く間に消える。

 辺りは黒い煙状の邪気が包んだままだ。「何者か」が住み着く前の城塞の情報が無ければ、今、自分達が何処にいるのかも分からないだろう。

 今掃除をしている場所から、城壁に沿って移動するなら、城塞の裏口まで約二キロメートル以上はある。

「この距離を……十五分で?」と、タイガが辺りを見回しながら言う。

 訓練を受けているアヤメやタイガだったら、全力疾走すれば五分で突っ切れるかもしれないが、アンの体つきは何処となく瘦せぽっちで、とても筋肉を鍛えているように見えない。

「はい。今の所は、まだ地道に掃いて行かないとだめなんですけど。後五分もすれば……分かりますから、と言うか、変わりますから」

 確かに、行動としては地味だが、アンが箒で掃いた場所から、邪気が青白く発光して削られて行くのが二人にも分かった。

 削られ浄化された邪気の光は、何処かに散るのではなく、城内のほうに向かって飛んで行く。

 しばらく、風の吹く音と、枯れかけた草木がそれになびく音と、アンの箒の音だけが聞こえていた。

 アヤメとタイガは、ほとんど同時にその声に気にづいた。

 ギィギィと言うような、ギャァギャァと言うような、小型の哺乳類が敵を威嚇するような声が、城を包む邪気の向こうから聞こえてきたのだ。

「そろそろ来ます。アヤメ、お願いします」と、アンは掃く手を止めないまま気軽に言う。

 邪気の煙の中の一部が、ゆらりと揺れた。

 形の崩れた塔の上に、何かが居る。被膜の翼と、長い首を持った何か。

 それは塔の上から翼を広げると、空を掻きながらアヤメ達のほうに飛んでくる。

 アヤメはショットガンを構え、瞬間的に目標を捉えて引き金を引いた。

 術を備えた弾丸が、紫色の血飛沫を飛ばす物に食い立つ。

 飛翔する者は、一度遠くに逃れた。アヤメは素早く銃を持ち替える。ライフルを構えて、敵が頭上に近づかないうちに、撃つ。

 悲鳴は聞かなかったように思う。アヤメは、城壁の縁に手をかけ、退けた者の行く先を見た。

 二撃目は、「飛翔生物」の脊椎を撃ち抜いたようだ。空中を羽ばたいていた翼が、ショックで伸びきった状態になり、滑空するのかと思ったら、力を失ってボトリと地面に落ちた。

 禿山の坂と坂の凹みに、そのものはうずくまる。

「見てくる。タイガは、後続を警戒して」と、アヤメは言って、城壁の縁を超え、斜面を滑り降りる。

「了解」と答えたタイガの声は、届いていただろうか。


 まだガタガタと体を震わせている「何者か」は、コウモリに似た巨大な翼と、爬虫類の首と腕と尾、そして狼に似た首を持ったキマイラだった。

「なんだ、これ……」と、間近でそれを見たアヤメは呟いた。

 考え込む暇もなく、キマイラは震える身体で地を這いずり、敵対者に接近してくる。獣の牙を向き、首を伸縮させながら。

 威嚇しているのか、噛みつこうとしているのか。

 アヤメはライフルのスコープを覗かずに、化物の首に三撃目を撃ち込み、標的が怯んだ瞬間、四撃目で頭部を捉えた。

 仕留めた、と思った。

 頭蓋骨が存在しないように、化物の頭はぐちゃりと潰れた。

 頭を潰されたキマイラは、首からドロドロと紫色の粘液を溢れさせ、まだアヤメに近づいてくる。

 落ち着け、と、アヤメは自分に言い聞かせた。脊椎を撃ったらコントロールを失った。頭を潰して駄目なら何処だ?

 一秒も置かずに考えを巡らせ、銃を構えて爬虫類に似た胸部を撃つ。

 心臓からそれた。胸骨にあたったか?

 そう思って、引き金から指を離さないでいたが、その「何者か」には、心臓も胸骨も無かったようだ。

 キマイラの体の中で、光っている物がある。銃弾に込められた魔力が、光る球体を満たした。それは風船のように破裂して、キマイラの体の輪郭ごと、水のような光になって崩れた。

 光の飛沫を浴びそうになり、アヤメは一瞬たじろいだが、青緑色の液体状の結界によって、「被害」に遭う事はなかった。

 キマイラだった液体を浴びた周りの木々が、酸を浴びたように腐っていく。

 アヤメは腰の拳銃を手に取り、「迷惑だ」と言って、引き金を引いた。


 土の坂を戻ると、アン達は思ったより先のほうまで移動している。掃除をしながらなのに、もう百メートルは動いていた。

 アヤメは走って追いつき、「『変な生き物』の形をした、液体状の邪気だった」と、二人に報告した。「体の中央に『核』がある。核を砕くと、形を失って周りを腐らせる。今の奴は、液体化してから封じておいた」

 それを聞きながら、アンは空に目を向ける。

「アヤメ。あれは『飛沫(ひまつ)』です。スコールが来る前に、走ります!」と言って、アンは箒の房を下に構えたまま、歩調を速くした。

 アンの首元の水晶と、箒の房が青く光り出し、同時に彼女の脚は唯の清掃員とは思えないスピードで疾走し始めた。その背後に、青い光の帯が走る。

 箒の引きずられた後から殻状の魔力が展開され、城壁内に在った邪気を抉り取るように消し飛ばす。浄化された邪気の光は、城内のほうに飛んで行く。

 アヤメとタイガもアンに続いたが、二人の体も、まるで追い風を受けているように素早く動く。身体が「運ばれる」速度に追いつかなくなりそうな脚を、必死に回転させた。

「ここまで」と言って、アンは壁を備えた狭い入り口の前で立ち止まった。

 光の帯は其処で途切れ、アヤメ達は「後押し」が無くなるのを感じて歩を緩めた。

 その先の、城内の通路への入り口は、辛うじて、天井と周りの壁が残っている。アンはひょいと先に通路の壁の内側に隠れ、アヤメとタイガも、一緒に身を隠した。

「アン……」と、アヤメが声をかけようとすると、アンは閉じた口の前で人差し指を立てて見せ、通路の壁の外を見ながら、天空を指で上を示す。

 さっきのキマイラに似た、大小複数の翼竜が、城塞から南の空に飛び立って行く所だった。

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