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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第一章~死霊の町の一週間~
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5.魅入られた家の子供

 火曜日朝四時

 箒で邪気を薙ぎ払い、掃き寄せ、形を保っている死霊の居られる範囲を狭めて行く。

 寄せ集めて寄せ集めて、霊達を一体の煙を発する粘液の塊にした。

 逆さに箒を握って魔力を込め、粘液で出来た蟻塚のようになっている死霊の天辺から地面までを、箒の房で叩き割る。

 スッパーン! と言う良い音が響くと、邪霊は青白い光になって掻き消えた。

 アンは即座にその場に結界を備える。

 止めの一撃より、ずっと空中や地面を掃いていなければならなかった、細々とした時間のほうが疲れた。息を大きく吸って吐き、腕を伸ばす。

 自分の状況もニュースブックに書いたほうが良いのかなと思いつき、一番新しいページを開いてみた。

「昨日来た新人、思ったより動ける奴だ。ビクビクしてるんで、実戦経験のない役立たずかと思ったけど、魔力の展開が早い。町の中で見つけたら、思うように使ってやってくれ」

 その記述の末尾を読むと、「ラム・ランスロット」の署名があった。

 あのランスと言う先輩は、横柄な所を隠さない性格らしい。アンはそう感想を持ち、見てたんだったら手伝ってよ、と腹の中で愚痴った。


 火曜日朝八時

 街灯の明かりが点らなくなってからも、邪気の出所を発見して、掃除しては死霊を叩き潰すと言うのを繰り返していると、何かの音が聞こえた。

 気配程度しか分からないのだが、特殊な「周波数」を持つ音がする。屋根が壊されて今にも崩れ落ちそうな民家の中から伝わってきた。

 玄関の扉をノックしても、「いらっしゃいますかー?」と声をかけても、返事はない。ドアノブを回してみると、開いた。

 家の中をそっと探索する。特殊な周波数を持つ音は、段々近くなってくる。ある部屋の前で、「此処だ」と分かった。

 ノブをガチャつかせないように僅かに扉を開けてみる。

 其処には、パジャマ姿の小さな男の子が、細い音を立てる四角い箱を見ていた。

 その箱の表面には四角く硝子の部分があり、ノイズ混じりの何かの映像を映し出している。アン達のような魔力持ちも、水晶で映像や画像を送ったりするが、それを別の力で行なっているようだ。

「あの……」と言いかけると、パジャマの子供は「うるさいなぁ」と、こちらも見ずに声を上げた。「今、良い所なんだから。黙っててよ。良い所なんだから。貴女が殺される。良い所なんだから」

 反射的に、アンは箒を構え、目の前に障壁(バリア)を作った。

 画面のある四角い箱――電気文化圏で言うならテレビと言う物――から、炎が燃え上がるような音を立てて黒い火炎(プラズマ)状の邪気が噴き出した。ドアが一気に吹き飛び、障壁に高濃度の邪気がぶつかって、後方まで覆いつくす。

 このままじゃまずい、と察し、アンは箒で自分の周りに円を描いた。無防備だった背後にも結界が展開する。邪気を吸い込まないよう、口元を覆うマフラーの位置を整えた。

 男の子は、黒い煙を浴びながらケタケタと笑っている。

 この子供自体は霊体ではない。生きている人間だ。長時間、邪気を浴び続けた事で、魅入られてしまっているのだろう。

「貴女、みんなを殺したよね」

 パジャマ姿の男の子は笑いながら言う。

「お父さん達もお母さん達もお兄ちゃん達もお姉ちゃん達も弟達も妹達も、みんな殺したよね。みんな、幸せに暮らしてたのに。誰も、貴女達に『始末してくれ』なんて言ってないのに。

 あの、邪魔っけなアーヴィングのオバサン以外はさ。誰も困って無かったのに。みんな自由を手に入れて、信仰するものを手に入れて、器の制限も無くなって、みんながひとつに成れるようになったのに」

 早口に、だが、しっかりとアンに聞き取れる滑舌で、魅入られた男の子は言葉を発する。画面から溢れていてきている邪気と抱擁を交わし、実体化した邪霊を抱き寄せるように引きずり出す。

「分かる? この子。僕の妹なんだ。昨日、貴女達の仲間に殺されそうになって、僕ん所に逃げてきたんだ。だから、妹にしたんだ。可愛い子なんだよ」

 そう言って、少年は、頭の無い犬のような形の邪霊の、喉を撫でる。

「僕も、『みんな』と一緒になりたかった。だけどね、みんな、この体は生きさせてほしいって言うんだ。

 僕がずっと生きてて、みんなを見守って、貴女達を追い出して、いつか立派な王様になるのを、みんな待ってるんだ。アーヴィングのオバサンを処分して、この町を永遠に『生きさせる』ように願ってるんだ」

「邪霊になった者は、『生きている』わけじゃない!」

 アンは言い返した。言葉に魔力を込め、相手が仕掛けてきている言霊に抗う。

「生きてる人間は、邪霊になりたいなんて思わない。お前は……お前は、もう、死んでるんだ!」

 そう言って、アンは箒に魔力を込め、鋭く投げた。邪気を切り裂き、箒の柄は箱の画面に突き刺さる。魔力を帯びた硬い柄は分厚いブラウン管を砕いた。その力は機器を故障させ、噴出していた邪気が弱まる。

「あ」と、男の子は声を漏らした。顔は全くの無表情だが、その声は震え出し、「あぁああああああ。こぉぉおおおおわぁあああああしぃいいいたぁあああああ!!」と言う絶叫が響く。

 その声に引き寄せられてくる者達が居る。鴉に似た飛翔物体。

 黒い煙を纏う邪霊の一種が、男の子の頭を貫き、全身を覆い、その内側に侵入して行く……。アンは、それを、数秒後の予知として見た。

 風圧を発する部屋の中に飛び込み、砕けた硝子の中から箒を引き抜く。叫び続ける男の子の口を塞いで、鎮静の魔力を送り意識を失わせた。

 片腕に男の子の体を抱え、再び邪気が集まろうとしている家から逃げ出した。


 火曜日朝八時三十分

 町の中央地区の一画から、竜巻のような邪霊の渦が舞い上がった。

「なんだありゃ」と、崖の上で食事休憩を取っていた、黒地に銀の狼の顔が刺繍されているユニフォームを着た清掃員は、遠目にその様子を眺める。

「ギナ・ライプニッツ」と、ラムから通信が入った。「見ての通り、中央区に邪霊が集まってる。アン・セリスティアが交戦中だ。急ぎ、加勢に向かってくれ」

「ああ。了解」と言って、茶色い短髪の男性は、食べかけのトルティーヤを口に丸ごと放り込むと、グチャグチャ噛みながら戦線に向かった。

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