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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第二章~大地の底にて~
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4.テルス防衛戦―生存者―

 血が滲むほど指を噛み、セラは治療所で土に座り、膝を抱えていた。

 医術師達が、地面に座っているセラを椅子に着席させようとするが、彼は恐怖からか、手足を伸ばす事を拒否する。

「胚が……胚が生まれる……。カオンが、カオン達が、食われる……」と、セラは目の焦点が合わないまま、ブツブツと唱え続ける。

 医術師の助手が、「セラ。落ち着いて。今は、貴方の状態を整えましょう」と、負傷兵に呼びかけた。

 セラの身体は負傷していない。邪気に意識を脅かされたことによる、意識の負傷が著しい。

 カオン以外の四名に触れた第二部隊の兵士達も、セラと同じような有様だった。体つきの大きな者は、両脇から支えるように運んでいたので、邪気による負傷兵は七人。

「神様。神様。神様」とだけ呟き続ける者や、言葉もなく子供のように号泣し続ける者、反対に興奮状態の子供のように笑い続ける者も居た。

 つじつまの合う事を話しているだけ、セラの負傷は軽いほうだと医術師達は判断した。すぐに術をかければ、助けられるかもしれない。

「衛生兵を集めてくれ。少なくとも、四人」と、医術師は助手に声をかけた。

 寝台に押さえつけて、セラの意識や体を蝕んでいる邪気に「祓い」をかけようとしたのだ。

 助手の呼んできた衛生兵の中に、術を使える者が居た。亜麻色の髪をした女性の衛生兵は、セラ達の首筋から伸びている蜘蛛の糸に気づいた。

 彼女は、糸の伸びている方角に、視線を向ける。要塞を覆う、泥のような煙の中。何者かの巣くう地下へと、その糸は伸びている。

「駄目です! 彼等から離れて!」と言って、セラを立ち上がらせようとしている三名の衛生兵に声をかける。「『要塞』のほうに、情報が漏れています。セラや他の六人にも、触れてはいけません」

「じゃぁ、どうしろって? 見殺しにするのか?」と、医術師は強い口調で問いただす。

「少し、黙って下さい」と、棘のある言い方で述べてから、亜麻色の髪の衛生兵は、セラを含む七人に向けて鎮静の術を放った。七人は、意識を失い、昏睡する。

「これで完璧に安全とは言えませんが、彼等の『感覚』を盗み取られる危険は減ります。ですか、彼等に触れては成らないのは同じです。魔力が伝播する危険があります」

 彼女はそう言って、医術師を落ち着かせるように、真っ直ぐ視線を合わせる。「彼等に触れた衛生兵に、『祓い』を」

 医術師と助手達は、気持ちを整えるように深呼吸をすると、二次感染したかもしれない者達に、術をかけた。


 城塞の周りでは、消耗戦が続いている。暴れる雲に対して、補助部隊が取れるのは「殻」を持続させる事だけだ。

 じわじわと体力を削られる魔力の放出は、長距離の持久走に似ていた。

「ナタリア。こちら、本部キャンプ。邪気の削除に長けた人物が、間もなくそちらに配属されます」と、耳元でオペレーターの声がした。

 人物が単数形であることに、ナタリアは気づいた。そして問う。「どの程度の能力を持っている人物?」

「経歴は明かせませんが、『絶対に間違いのない人材』だと言います。名前は……」

「それは後で本人から聞く」と言って、ナタリアは本部からの通信を切った。補助部隊だけの通信に切り替え、応援が来る事を皆に伝えた。

 アヤメとルイザの消耗はひどく、「状態保存」が効く時間がどんどん短くなって行っている。十五分に一回の「状態回復」が必要だ。

「駄目だ。見てらんねぇよ」と、シノンが言い出す。「もう、術を解こう。個別に殻を纏って、全力で逃げれば良い。このまま、バービードールとアヤメお嬢ちゃんがガタガタになって行くなんて……」

「俺達も『標的』と見なされている。個別の殻くらい、『何か』は物ともしないだろう」と、ガートが慎重に返す。「現に、煙は俺達を狙って殻を壊そうとしている」

「だけど、アヤメさんとルイザさんが消耗してるのは確かです」と、タイガも荒く息を吐きながら言う。「せめて、誰かに術を引き継げれば……」

 全員の疲労が、声からも伝わってくる。本部からの通信が入った。ナタリアが応じる。

「こちら、東側補助部隊」

「お疲れ様です。こちら、本部キャンプ」と、さっき通信を途絶えさせられたオペレーターは少し冷たい声で言う。「補助部隊代行の人員を呼び寄せています。到着まで最低三十分持ち堪えて下さい」

 オペレーターの冷静な声が、「邪気も押さえ込めない貴女達でも、三十分くらい待てるでしょう?」と言いたげな嘲笑に聞こえてしまうのは、恐らく疲労のせいだろうとナタリアは自分に言い聞かせた。


 空はひどく晴れている。雲の一片も浮いていない快晴は、春の空としては強い日光を陰らせる気配すらない。

「この辺だと思うんだけどなぁ……」と言いながら、彼女は片手を目の上にかざして、日光を遮りながら辺りを見回す。

 山の中では、新緑だったであろう枝葉が、段々と色濃くなってきている。広葉樹の葉で日差しが遮られるようになるには、もう一ヶ月もあれば十分だろう。

 箒に乗って、黒いロングワンピースと、灰色がかった白い長い髪を揺らしている彼女は、そんな事をぼんやりと考えていた。

 だが、彼女は道に迷っているらしい。

「お城……お城……。お城は何処だ……」と、片手で目元の日差しを避けたまま、何度も周辺を確認する。

「地図はぁ……」と言って、自分の周りに魔力を展開した。

 光線で描かれた四角い絵図が浮かぶ。その絵図の斜め上には、針を持った時計が時を刻んでいた。

「今が十三時で、太陽がこっち側だから……こうか」と言って、地図の方向を変える。「うん。この峰を越えて、東に真っ直ぐだね」

 話し相手も居ないのに、道に迷っている女の子はブツブツ何か呟き続ける。

 箒の柄を両手で握ると、彼女は素早く峰を越えた。

 上空から廃城を発見し、「あーあ」と、やはり独り言を呟く。「こりゃ大変だ」

 彼女の視界の中にも、城塞一帯を覆いつくす泥のような雲が見えた。それから、城全体を包んでいる殻の気配も。溢れ出てこようとする、黒い煙のような雲を押さえ込んでいるようだ。

「よく『殻』で邪気を押さえ込めるなぁ……」と言いながら、箒にまたがった魔法使いは空から城に近づいた。術を使っているらしい、数名の姿がある。最初に見えたのは西側の三名。そして、城の向こうにも三名。

 鈍いグリーンのアーマーと濁った黒の装束。どうやら軍人のようだ。

 鍛え方が違うと、無茶な術でも使えてしまう所が人間の怖い所だと、彼女は思いながら、今回支給された水晶のペンダントに力を送った。

 一体の精霊が、魔女の周りを包む。青緑色の、水か気体かも分からない精霊の内部は、水晶の持ち主を守るためのエネルギーが満ちていた。

「ホウガ。『固定』するよ。エネルギーチャージ」と、城を見たまま精霊に声をかけると、頭の中に「承知しました」と言う声が響く。

 箒にまたがった魔女は、箒の房の部分から青白いエネルギーを発しながら、城塞の周りの空を一周した。

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