2.テルス防衛戦―束の間の歓談―
状況が正確に分かるが故に、術を使える東西の補助部隊は苦い思いをしていた。
表情にこそ出さなかったが、上官や第二部隊の聞いていない所では、「黄泉の入り口で髑髏が手招いてる」と囁き合った。
実際に城の両脇に陣取ると、ドロドロと流動する煙が、本当に目の前だ。
補助部隊だけの通信を起動し、やり取りをする。
「なるべく、第二部隊と私達が生きられる時間を長くしよう」と、ルイザの声が指示を出す。「術式の時のエネルギー放出は最低限に。その分、維持の時間を長く。邪気を吸い込まない程度の殻を作れば良い」
「ルイザ。最期にチューさせてくれ」と、シノンの気疲れした声。
「任務に集中しろ。軟派野郎」と、ガートの苛立っている声。
西部隊の悪ふざけを「通信」で聞きながら、アヤメ達、東部隊は苦笑いをしていた。
「シノン。そのバービードールはあんたが近づいたら秒殺できるんだよ?」と、ナタリアが通信越しに言葉を発する。
「おう。俺の心はもう秒殺されてるぜ!」と、シノンはあくまでふざける。「なー。ルイルイ。死ぬ前のお願いなんだから、チューしてくれよ」
「あー。うざいうざい。離れて蠅人間」と、ルイザは興味もなさそうに悪質なファンを貶す。
「俺が先にお前を殺して良いか?」と、ガートの苛立ちは、段々本気の怒りに変わってきている。
「わりぃな。俺は男に興味ないんだ。って言うか、そんなに怒るって事は、ガートもバービードールのファンなわけ?」と、シノンはよく喋る。
「仕事中に酒を飲んでたり、らりったりしてる奴が居たら、腹が立つだろ」と、ガートはイライラを抑えながら答えている。「今回の作戦では、薬物は許可されてない」
「薬物とチューを一緒にすんなよ。チューはもっとマシなものだ」と、シノン。
「そこから五センチ以上近づいたら、脳天ぶっ飛ばしてあげる」と、ルイザ。
「それは……男の子として大切な物をぶっ飛ばされるよりマシかな」と、シノン。
「変態」と、ルイザとガートが同時に言う。
真面目二人の中で、シノンはあえてふざけている所もあるのだろう。が、今は彼のジョークもジョークと受け止められない状況なのだ。
「シノンさん。ルイザさんとキスがしたいなら、いっそ結婚を申し込んじゃったらどうですか?」
タイガも通信越しに言い出す。
「もし、この任務を生き延びれたら俺と結婚してくれ! って」
「お。良いねー。だけど、生き延びれる自信がねーよ」と、シノンは空元気で返し、ケタケタ笑う。「タイガ坊やは、ねえさん二人に囲まれて、気分はどうだい?」
タイガもふざけ返す。
「でっかいママとでっかいお姉ちゃんがいるみたいで安心しますね」
「お前みたいなでかい子供のいる年齢じゃない」と、ナタリアは嫌そうに言う。それから、両陣の悪ふざけを中断させた。
「そっちも目の前に見えてると思うが、ルイザの言う通り、私達に出来るのはこの邪気の中で『なるべく長く第二部隊を生かす事』だ。術を使える時間……つまり、私達の寿命が『救助可能時間』である事の認識は?」
ナタリアの確認に、「ある」と、アヤメ、ルイザ、タイガが答える。
「しょうがないよな。仕事だし」と、シノンが渋々と答える。
「ナタリア」と、ガートが硬い声を出した。「死ぬ前提で考えるな。特に、タイガ、アヤメ。引き際を決めるのも兵士の心得だぞ。もし、全滅しそうになったら、『俺達の能力では歯が立たない』って事を、本部に伝える人員は必要なんだ」
「それは……通信でも、出来ますよね」と、タイガは少しためらうように述べる。「大丈夫です。僕達だって、兵士なんですから。みんなが覚悟を決めてるなら、僕も覚悟を決めてます。アヤメさんだって……」
「覚悟? ふざけるな」と、ガートは相変わらず、叱りつけるような硬い声で言う。「十六歳や十七歳が死んで良いような任務じゃない。良いか、命の危険を感じたら、お前達はすぐに退避しろ」
「ガート」と、ルイザの声が、お説教を止める。「タイガ達の思う通りにさせてあげよう。どっちにしても、自分が決断した通りじゃなきゃ、生きて行けないよ」
生きるにしても、死ぬにしても、誰かを裏切る事にはなる。どちらにしても業を背負うなら、自分で決断しなければならない。
みんなの会話を聞きながら、一言しか声が出なかったアヤメは、考えながらずっと要塞を覆う泥のような煙を見つめていた。
これだけの濃度の邪気の中で、第一部隊は本当に生存しているのか? 術で生体反応を感知したとは言え、人間がまともなままで生きて居られそうにない。
「アヤメ」と、名を呼ばれて思考を止めた。ナタリアのほうを見ると、「本部から通信。術式の準備を」と合図された。
アヤメは頷き、右後方にナタリア、左後方にタイガの間に、三角形を作るように並んだ。
城の中で渦巻く煙を見つめ、胸の前で伸ばした指を、手の平を自分のほうに向けて組んだ。
アヤメの指先から網目状の青白い光が放出され、両手の指先を胸の前で合わせている両隣の二人の手の中央にエネルギー流が集まる。
両脇の二人の手の平に集まったエネルギー流は、白い光を帯びてアヤメのほうに戻ってくる。
それを繰り返してエネルギー波を練る。準備はこれだけだ。
要塞の西側からも、同じようなエネルギー流が流れてくる。
アヤメとルイザは、「術式、展開」と声を合わせると共に、城門前の煙の届くギリギリで待機していた第二部隊の周りに力を送った。
第二部隊は固い甲羅のような透明な殻で囲まれた。
アヤメとルイザの目には、自分達の作っている殻の中の様子が見えた。
第二部隊が城内に侵入する。内部は暗い闇が澱んでいた。
部隊の進む方向を察しながら、通路にするための殻を煙の中に通す。
それと同時に、兵士達に個別の殻を纏わせる。
第二部隊兵士達は、何処かに居るはずの第一部隊を探している。
出入り口に近い廊下の中に、数名が倒れていた。赤黒い血液が、軍服を汚し、彼等の周りに散らばっている。瞼を閉じて昏倒している彼等は、目や口、鼻から大量に出血していた。
その第一部隊の数名は、殻の中に引き寄せられ、煙の外に運び出されて来る。動かないその体に、細かく白い糸のような物が絡んでいた。
その糸はひどくねばついていて、第二部隊の兵士は、要救助者の体を持ち上げる時に、ナイフで糸を切る必要があった。
残りの第二部隊は、更に要塞の奥を目指した。
助け出された者達が、突然意識を取り戻したように、自分の首を押さえた。息苦し気に顔を歪め、体を支えてくれていた第二部隊の兵士達の体を掴んだ。
伸びきったゴム紐がはじけて戻るように、要救助者数名の体が跳ねる。捕まえた者と一緒に。
第二部隊兵士の体を包んでいる殻が、石造りの床にぶつかって跳ね、ガツッガツッと音を鳴らした。
抵抗する前に、兵士達は通路用の殻の届かない場所まで引きずられて行った。
「アヤメ。今の、観た?」と、ルイザからの通信が届く。「すぐに、隊員達の位置を確認。可能な限り、殻を拡大する」
「了解」と答えて、アヤメは殻に込める魔力を強めた。




