分裂した軸~レーネの場合~
それは、ラビッジ達がガルム・セリスティアの傀儡人形を作った時の物語。
真っ白な空間に、一つ、緑色の炎を飾る魂の花が埋め込まれた。その場に居た、金色のカーリーヘアの女性は、その「不思議な魂」に引き寄せられ、空間を浮遊するようにして、その魂に近づく。
片手をふわりと炎の上にかざすと、組成が読み取れた。とても強い浄化の力と融合している霊体だ。恐らく、精霊と言うものだろう。
「あなた、だあれ?」と、女性は新しく覚えたほうの言葉で問いかけた。「私は、レーネ」と。
「私の名前は、フォーレ」と、魂は優しい女性の声で答える。「少しだけ、この場所で仕事があるの」
「そう。フォーレは、何処から来たの?」と、レーネは呼びかける。
フォーレも問い返した。
「逸歳洛って言う国は知ってる?」
レーネは答える。
「知ってる。東の国でしょ? とても勤勉な人が多いって聞くわ」
「確かに、この国からすれば東のほうだけど……」と、述べてから、フォーレは言う。「貴女、世界地図を見たことはある?」
「帝国の位置を描いたものなら、見たことがある」と、レーネ。
フォーレは、ピンと来たように、「それは、多分ずっと昔の地図ね」と応じた。
そして、現在では冒険家達が調べた「陸地」として、東の陸塊と西の陸塊の正確な位置が分かっている、と告げてから、「今の感覚で『東の国』って言うと、イディシュより東ってことになっちゃうわ」と説明した。
レーネは、その話がにわかに信じられなかった。栄光の大帝国の時代に作られた、ユーリア大陸の形が分かる地図でも、中央海流を離れた場所の事までは描かれていなかったからだ。
「精霊達の世界では、ユーリア大陸の他の大陸が、見つけられているの?」
そう尋ねると、フォーレは困ったような声を出した。
「いいえ。人間の世界の事よ? 何百年も前に、冒険家の船が、星を一周したの。それで、世界は平面じゃないって事が知られたんだけど……」
「星って、空に浮いてるものの事?」
「ええ。この世界も、空に浮いてる月や星と同じものなの。この星は『テラ』って呼ばれてるわ」
「テラ?」と、レーネは復唱して、目を瞬く。
「大地の古い呼び名よ。女神の名前とも言われている。この世界は、『テラ』と言う名前の、一つの星なの。その星の東側に、ユラングリーク大陸って言う陸塊があって、西側にも別の大陸があるわ。
仮の名で、アステリカ大陸って呼ばれてる」
「何故、仮の名をつけられたの?」と、レーネが聞くと、フォーレはこう答えた。
「あの土地は、土着の人々の他には、移住者しかいないからよ。私達の取り決めが届かない場所なの。やっぱり数百年前までは、強力な魔力を持った土着民がいたらしいの。
だけど、船団が何回か海を渡ってた間に、土着民はいなくなってたんですって」
「ふーん」と答えて、レーネは空間の床にかがみこんだ。話が長くなりそうだと察したのだ。
魂の姿のフォーレは、随分と色んな事を知っていた。何でも、生前は、教会を守る尼僧だったらしい。
「フォーレは、なんで炎の姿をしてるの?」と尋ねてみると、「ある子からね、仕返しを手伝ってほしいって言われてるの」と返ってきた。「それで、この人形の中に」
レーネは暫く黙って考えた。それから、口を開く。
「人形……って、なんのこと?」
「貴女も宿っている、この器のこと」と、フォーレは述べてから、「ガルム・セリスティアの霊体と同じ組成を転写する時、貴女も巻き込まれたのね」と、状況を教えてくれた。
「じゃぁ、この場所は、アルア・ガルムの中じゃないの?」と、レーネはようやく理解した。「どうやったら、戻れるのかな……」
恐らく、この空間に居るレーネは、「ある程度の意思を持っている転写された魔力の名残」のようなものだ。
本来は、ガルムの体の中でエネルギーとして消費されるはずだったが、ガルムの本体が目を覚ます前に傀儡人形を用意してしまったので、レーネの意識がわずかに残ったのだろう。
「残念な話だけど、もう貴女が宿ってた体には戻れないわ。けど、悲観しないで」と、フォーレは落ち着いた声で諭した。「貴女が守ろうとしていた者は、きっと救われるから」
「私が……」と、レーネは言いかけた言葉を飲み込んだ。そして、「何か、フォーレ達の役に立てることはある?」と続けた。
フォーレの変化した魂は、明るく笑んでいるのが分かる声で答えた。
「じゃぁ、一緒に、この空間を満たす仕事を手伝ってくれない? 貴女の得意な方法で良いわ。内側が空っぽじゃ、いつか彼等に悟られるかもしれないから」
その言葉を聞いて、レーネは考え、聞いてみた。
「誰か、この人形がアルア・ガルムだって言う風に、騙さなきゃならない人がいるのね?」
「ええ。とってもビックリさせなきゃならないの。仕返しのためにね」と、フォーレ。
レーネは、子供のような笑顔でにこりと笑み、頷いた。
そんなやり取りの後で、ガルム・セリスティアにそっくりの傀儡人形は、軍病院に送り込まれることになる。
その時に、内側に満ちていた心は、憎悪でも不安でもない。何度も何度も、大切に思い出していた、新しい世界との出会いと、そこで生まれた希望と言うものだ。
このまま、エネルギーとして消えてしまうとしても、レーネはそれを恐れていない。
自分が心を満たすだけで、愛しい者が救えると言うのなら、いつまでも夢を見続けよう。
レーネは思う。
私は空に架かる、あの虹の橋、そのものなのだ。幸せな結末への鍵を、此処に置いておくから、いつか、きっと探しに来てね。
アルア。アルア・ガルム。私の最愛の人。
彼女は祈り続けた。その呼び声が、届かないとしても。




