表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集10
425/433

忘れてきたこと~ミノンの場合~

 アンが自宅を持つようになり、定期検査以外ですっかり神殿から離れてしまってからも、ミノンは巫女の仕事を続けていた。

 神殿でも、「邪気の完全変換による資源化」についての研究が進んでいる。その事で、アンから、かつての清掃員時代の経験を聞く時もある。

 ミノンは、アンから聞き取り調査をしながら、何となーく気づいていた。

 アンの目の中に、誰かが居ると。


 近年、彼女は結婚と言う選択をしないかと、研究員から催促されており、それなりの人物を選んで「人生の相棒にしました」と、報告してくれた。

 相手は男性で、ファルコン清掃局に登録している清掃員である。

 霊符と言う特殊な術を使い、ファルコンの清掃局員達の多くがそうである通りに、他の清掃員の仕事の補助や補佐を得意とする。そして何故か、彼は霊体しか存在しないのだ。

 良い逃げ道を見つけましたね、と、ミノンは思っておいた。言葉には出さないが、「その手で来たか」と納得してしまった。

 今後、彼女が子供を生んだりして、その子供が親の手から取り上げられたり、かどわかされたり、研究の対象に成ったり……と言う、もし人間の親をやるなら、絶対に避けたい事態は避けられたのだ。

 だが、ミノンはもう一つの可能性を考えて居た。

 アンの実弟のガルム・セリスティアが子供を残した場合、その遺伝情報を調べたいと、うちの教授(プロフェッサー)達が思わないわけがないなぁと。

 なので、ミノンは念のために、アンと弟が住んでいると言うマンションの住所の記録を、誤魔化して記録しておいた。

 マンションの番地と部屋番号を少しずらしてあり、もし誰かが赤子を盗みに来ても、神殿に登録してある住所を信じるなら、アン達の住んでいるマンションの別棟の、二つ下の階に入り込む事になる。

 其処に、悪意のある者が侵入したら、実際にアン達が住んでいる部屋では、静かに警報が鳴ると言う仕掛けを組んだ。

 その事をアンに告げると、「なんだか、色々すいません」と謝られてしまった。

「お詫びを言いたいのは、私の方です」と、ミノンは返した。「私も、これで『チャラ』になるとは思いません。けど、これからもよろしくお願いします」

 この「お願いします」は、良き研究対象であってほしいと言う意味も込められている。

 研究対象として協力してくれている間は、教授(プロフェッサー)達も、彼女を危険な魔獣として追い立てようとはしないだろう。

 その内情を分かっているのか、アンは、明らかに苦節の分かる苦笑いをして、「どうぞ、よろしくお願いします」と、握手をしてくれた。


 現在の所のガルム・セリスティアは、軍に所属していた頃に貯めた貯金を使って生活しているようだ。

 非営利活動法人と言う、利益を求めない会社のような団体に所属して、魔力を持つ孤児達に教育を与えたり、養父母を紹介したりする仕事をしている、と、アンから聞いている。

 その仕事に行くときの様子を観察できないかと、研究員に無茶ぶられ、ミノンは、アン達のマンションから、ガルム青年が出て来るのを数週間張り込んで待ったことがある。

 最初の一週間は、待てども待てども、スーツ姿で出かけるガルム青年を見つけることは出来ず、本当に仕事をして居るのかを疑ってしまったりもした。

 であるが、何も「玄関から出て行って、玄関から帰って来なくても」良いのだ。アンだって、毎日窓から箒で出勤して、窓から箒で帰ってきている。

 そこで、窓の見える方面に回って、アンが「出勤」するのを確認した。そして、マンションの中で、誰かの姿が消えたのも。

 そうなのだ。位置情報さえしっかりしていれば、「転送」と言う術で、家の中から外へは移動できるのだ。

 しかも、蓄積魔力と発動魔力は極弱く、残存魔力に関しては「跳んだ先」を読み取れるだけの魔力量も無かった。

 元軍人なだけはあるなぁ……と、ミノンは感心していた。


 そんなわけで、アンの一家は上手に世間を渡りながら、仲良く暮らしているらしい。


 ミノンの心配事としては、アンの目の中にいる「誰かの影」に関してである。明らかに、アンとは「思考の形」が違う誰かが、アンの中にいる気がする。

 元々彼女は、朱緋眼を持っていた時代に、贄として吸収された者達の複合意識と言うものも持っていて、常に誰かに話しかけられているような状態だったらしい。

 その複合意識と言うものが戻ってきているのだろうか、と仮説を考えたが、複合と言うほどの「人数」はいないように思う。

 どちらかと言うと、アンと同等の、もう一つの存在が、彼女の内側に住み着いているような感覚である。

 その事については、アンには質問しない事にしていた。ミノンの他に気付いている者達の間でも、ちょっとした噂話くらいの情報しか流れていない。

 その噂話が、悪い方向に向かわないように調整するのも、ミノンの仕事である。

 アンにほとんどつきっきりになって面倒を看ていた事のある、巫女のソアラは、どちらかと言うと周りの「悪い噂」に気付きにくい。

 それは欠点ではなく、単純に彼女自身が純真な人なのである。他人の悪意に気付けるのは、その悪意と同じものを共有している人々だけだ。

 以前のミノンだったら、そんな事は分かりたくない、私も純真な巫女で居たいと願い、聞いても聞かないふりをしていただろう。

 しかし、共有している悪意を、さらに悪化させるか、それともその拡散を踏みとどまらせるかを選択できる事に、引け目を持つ必要はない。

「そう言う事を言葉に出すのは、良くないと思うの」

 ミノンは、自分の周りで「悪い噂」を聞きつけると、そう述べる。

 そして、こう釘を刺すのだ。「貴女も、巫女でしょ?」と。

 巫女たる者は、巫女らしくあれ。

 それは、恐れを通り越した彼女にとっての、哲学のような物だった。

 深くため息を吐くような呼吸をしてから、ミノンは空を見る。

 例え、憧れる者に届かなくても。

 そう思いながら見上げる白い雲の中に、箒で飛び回る白い髪の魔女が居る気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ