お仕事しましょう~ラムの場合~
邪気からの完全変換エネルギーを使った「魔力塔」の建設は、着々と進んでいる。
螺旋を描いて組み上げられて行く柱の上に、雨除けと防壁として働く滑らかな壁面が取り付けられて行っている所だ。
その表面は白く、決まった位置にある赤と青の有機的なラインが、塔の先まで続く予定である。
建設中の様子を見に来たラム・ランスロットは、内部構造の一番下から、上空に伸びて行っている鉄の塔を見上げた。
何処も錆びたり劣化したりしている様子はない。柱の鋳造時から、細かく術を仕込んだ甲斐はあったようだ。
この塔が包括するのは、天辺から半径三十キロ以内だ。それより外に出てしまうと、魔力波は極端に弱くなり、魔力波で機能していた機器も使えなくなる。
なので、非魔力保持者でも使える「遠距離通信ボックス」も、圧縮魔力で動く周回バスも、塔のある場所から、半径三十キロ以上離れないように設置運営される事になっている。
一番問題なのは、この町の一部を通過する列車である。圧縮機関に縮力魔力を備えている列車が、町の外側にある田園地帯を突っ切るのだ。
時間としたら、ほんの五分程度の事だが、普段の縮力魔力以外の魔力波を受けることになるので、あまり何度も町を横切ると、動力車の機関が焼けてしまう事も考えられる。
最も安全を確保できる手段としては、魔力波の届く範囲に列車が来たら、限定結界を強化して外からの影響を受け無くする方法がある。
その限定結界の強化を図るために、レールにも術を仕込んだ。魔力波の届く範囲に来たら、強制的に限定結界が強まるように。
「……と、言うわけで、今の所は順調だ」
ラム・ランスロットは、紙の人形に宿った状態で、ファルコン清掃局の近くにある喫茶店にいる人に説明を終えた。
向かいの席に座っていたアンは、箒を隣の席に立てかけ、ハムレタスサンドを嚙みながら、紅茶で流し込んでいる。
「はぁ。ようやく夢の町が出来上がりつつあるのね」と、お茶を飲んだ後のため息混じりに述べる。「邦零大洛の軍部からの追及は無かったの?」
「いや、一時期までは、『完全変換エネルギーのデータを寄越せ』と、矢の催促を受けたが」と、ラムも考えこむように腕を組み、唸る。「ある時点から、その催促がぴたりとやんだ」
「どの時点よ?」と聞きながら、アンは片手を上げてウェイトレスさんを呼ぶ。それから、「ランドマークミックスパルフェを一つ」と注文した。
ラムは、霊符を持った片手を上に上げて空中に小さなスクリーンを映し出す。其処には、今月の日付表が描かれていた。その画面を、ひょいと指先で操作して、前の月の日付表に変える。
「丁度、お前が『話を聞かせろ』と言って来た四週間前だな。それまで、毎日来ていた通信が、ぷっつりと無くなって、むしろ俺達のほうが話を蒸し返しそうになったくらいだった」
そう言ってから、ラムは声を潜め、囁いた。
「邦零大洛の方でも何かあったか、それとも、例の『分岐』のせいかと、俺とフィンの間では噂している」
「噂の規模が小さくて何よりです」と、アンも囁いた。「そもそも、あのアメジストが存在するって言う事を邦零大洛に教えたのが、『双神』達かもしれないしね」
「そう言う話かもな。しかし、俺やフィンがそれを知ってるのに、何故錯誤が起こらないんだ?」
「その話を知ってても、あなた達は魔力塔の建設をやめなかったでしょ? 多分、錯誤が起こるほどの変化でも無かったんだよ。彼等その者が別人になったから」
そんな話をボソボソごちゃごちゃと話していると、さっき呼びつけたウェイトレスが、注文の品を持ってきた。
四角くカットされたフルーツと、四角いビスケットバーがアイスクリームに突き刺さっている硝子の器の中は、クリームとイチゴのピューレが層になっており、見るも鮮やかである。
「その、クリームに墓石が刺さってるものは何だ?」と、ラムは苦い顔をしながら冗談を飛ばしてくる。
「ランドマークミックスフルーツパルフェ」と、アンは商品名を挙げる。
「ご当地パルフェって言うのが、最近流行ってるんだよ。色んな町の色んな喫茶店が、自分の店の看板パルフェを作ってるの。この四角いフルーツとビスケットは、墓石じゃなくて『町並み』なのだよ」
「ふーん。で、お前の腹は、それを完食できるのか?」
ラムの疑問に、アンはフォークとマドラースプーンを振るいながら答える。
「任せておいて」と。
実際に、パルフェを食い崩し始めた相方を見ながら、ラムはテーブルに法杖をつき、困ったように言う。
「それだけ食えるのに、なぜ太らんのだお前は」
「え? 太ったよ?」と、アンは答える。
「体重計が壊れてるのか?」と、ラム。
アンは顔の前で手を振りながら言う。
「いやいやいや、神殿で暮らしてた間、三キロくらい太ったんだよ?」
「去年の話をされてもな」
そう切り替えされて、アンは「うーむ」と呻く。
恒常性が「より低体重になるよう」にセットされているままだったら、三キロくらいは一年の間で消費されてしまうだろう。
アンはパルフェを完食した後、とても満足したと言う風に腹を撫でた。
料金を払い、二人は喫茶店を後にする。
「いやー、なんであれ、上手く進んでるって聞けたのは良かったよ。じゃぁ、また後でね」と、さらりと挨拶を述べると、アンは箒にまたがって家のある町の方に飛んで行った。
また後で。そう、また後で、ラムは、意識の町で、あの痩せの大食い女と、再び会わなければならないのだ。
別にその事実に不満があるわけでもないし、相手の人生と言うものに付き合う相棒になると約束をしてしまったのだから、その責務は果たさざる得ないだろう。
何でも、アンは弟には「幸せな結婚」と言うものを体験させたいと熱望しており、弟が気を許しているらしい「アヤメ」と言う女と弟が関わる機会を、増やさせたいのだそうだ。
意識の町に行った時は、その作戦を一緒に練ってくれと言われており、時々、意識の町の町長のエヴァンジェリーナも交えて、三人で話し合いをする。
「どのように、あの感情の薄い青年に『愛情表現』と呼べる行動を起こさせるか」と言う所で、アンとエヴァンジェリーナの話は白熱している。
今の所は、軍を辞めたガルムと、まだ在籍中のアヤメは、文通相手になっている。
愛弟子が除隊した事を、マダム・オズワルドと言う人物が非常に気にかけており、アヤメの手紙にマダムの直筆のポエムがついて来る事もあるらしい。
その他に、ガルムの知人からの近況報告も付いてくる。
タイガ・ロンドと言う人物の手紙が同封されてきた時は、ガルム青年の表情も緩んでいたそうだ。
「愛情表現……」と、呟いて、ラムはちょっと考えた。
人生の相棒と言う位置で、アンから「愛情表現」を求められたら、自分ならどう対応すれば良いんだ? と。
そもそも、ボディタッチもないし、話していても「ごく普通」だし、何か行き詰まる事でもないと、「助けてくれ」とは言わない女だし……と、一頻り考え込みながら、ファルコン清掃局までの、そう遠くもない路地を歩いた。
裏門を潜る時に、「考えるだけ無駄だな」と言う結論を出した。
そもそも、人生について一緒に考える「協力」はすると言ったが、「愛情」がどうのと言う話は、アンともした事がない。
つまりは……考えるだけ無駄なのだ。彼が自覚している通り。
「人間ってものはよく分からん」と、ぼやいて、ラムは自分のオフィスに戻った。




