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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集
42/433

ラムの仮宿暮らし3

「ラム・ランスロットだ。フィン・マーヴェルはいるか?」と、ランスロットが自分の声で言葉を発した途端、オフィスに走っていた緊張の糸が一気に切れた。

 皆、肩の力を抜き、息を吐き出し、力なく笑んだり、肝が冷えたと言う表情でデスクに突っ伏したりする。

「ラム。なんで寄りによって仮宿が『そいつ』なんだ?」と、フィン・マーヴェルがデスクから離れ、出入り口のドアに近づきながら、怒った声で言う。

「言葉を話しても不自然じゃない『魔性』はこいつしかいないって言われてな。やむなくだ」と返すと、フィンは困ったように眉間にしわを寄せ、ランスロットをソファスペースに座らせて、説明を始めた。

 ラムの憑依している体は、唯の「不死不眠者」ではなく、強力な感染力を持つ魔力の温床なのだと。

「そいつの妻が老衰で死ぬまでは、感染を広げないための薬物療法が行われていた。だが、妻が衰弱死してから数日間、薬を摂取しなかったために、一時的に『歌』を歌い出したんだ。その声を聞いた連中は、初期段階の『不死不眠』を起こしかけている。術と薬で症状を抑えているが、感染者達はまだ様子見の段階だ」

「俺が憑依してる間は結界から出て良いって言うのは、そういう事か」と、ランスロットは納得した。

 感染経路が患者の『声』だとするなら、ランスロットが宿っている間は仮宿を喋らせなければ良いのだ。

「それで、他の『不死不眠』の患者との共通項は見つかったのか?」と聞くと、フィンは首を横に振る。「いや、『声』を聞いただけで感染するのは初めてのパターンだ。本当に、分かんない病気だよ」


 その日はフィンの最近の研究をざっと聞いてから、ランスロットは社員食堂で食事を摂り、また医務室を借りて眠りに就いた。自宅に帰ると言う選択肢が無い事も無いのだが、普段は霊符や紙の人形(ひとがた)の中で霊体を回復させるので、彼の家には食料と寝具と言うものが無いのだ。

 それに、幾ら中身が違うとは言っても、不死不眠の患者を一人で出歩かせるわけには行かない。

「俺の寝袋貸そうか?」と言う同僚の申し出もあったが、「それは急患が運ばれてきた時に頼む」と言って、ランスロットは医務室のベッドを占領した。

 そんなわけで、医務室で眠って居ると、ランスロットは夢を見た。鏡で見た通りの仮宿が夢の中に現れ、ジェスチャーをしている。

 手指をもやもやと動かして、体の周りを何かが包んでいると言う動作と、胸元を押さえて、開けた口の中に、何かが入って行くように指で示す動作、そして左胸の辺りを押さえる動作。それを何度も仮宿が繰り返す、と言う夢だった。

 目が覚めてから、仮宿の体の周りにもやもやしたものが纏いついているかと言ったら、何もない。呼吸をしてみて、もやが口から入って来るかと言ったら、そんな気配は全くない。

 そして左胸だが、触れてみても正常な拍動以外の動きはなかった。


 出勤してきた医務室長のレヴィンに、ランスロットは「仮宿が何かサインを送ってくる夢を見た」と話した。詳細を話すうちに、レヴィンは思案顔になり、仮宿を診察させてくれと言う。

 ランスロットは二つ返事で引き受けて、触診の他、胸の中の音を聞かれ、血圧を測られて、採血もされた。

 診察の結果は、息を切らすように忙しなかった脈と呼吸が落ち着いてた。血圧は標準、血液検査の結果は良好。人間が二、三日の間で回復できる以上に回復していると診断された。

「その仮宿の体の周りを覆ってるものと言うと、お前の霊体から出てる波と、仮宿の生体エネルギーの波しかないぞ」と、レヴィン。

「もし、俺が仮宿を離れて、生体エネルギーが消えたら?」と、ランスロットが聞くと、「消えたら……死ぬかもな」と、レヴィンは医者にしては適当な答えを返してきた。


 何回か夢の中で仮宿のジェスチャーを見ていると、どうやら仮宿は「生体エネルギー」を、何か「おかしなもの」だと思っている風だと読み取れた。

 其れまで魔力を持たなかった者が、何かのきっかけで魔力を得ると、自分の周りの様々な現象を「おかしい」と感じる事がある。

 息をするときに感じるにおいを「気持ちの悪い物」だと思ったり、唾液を飲み込む動作を「異様な反応」だと思ったりする。もしくは、正常な体温を「煩わしい」と感じて、低体温症になるまで体を冷やしたり、光を異常に眩しく感じて、昼間は目を開けられず、夜は蝋燭一本の中で生活をしようとする者もいる。

 そう言った、「突然魔力を持ったが故の生物的不適合」も、ある種の病とされている。そう言う「魔力によって生活や生存に起こる不都合」を、患者の魔力を抑える事で治療する方法はある。

 ランスロットは「俺が憑依してる間に、一度、この仮宿に魔力を抑える治療を受けさせてみてくれ」と申し出た。


 ランスロットが憑依した状態だと、仮宿の体にある魔力の流れは正常に動いてる。「祓い」をかけてから、仮宿を結界の中に戻し、怪我をしないように壁に背を付けて床に座り、憑依を解く。

 しばらく病人は意識を失っていた。そして、仮宿本人の意識が覚めようとするとき、正常に流れていた魔力流に変化が起こった。胸に集中的に魔力が集まり、肺臓と心臓を侵食し始めた。

 病人は、胸に詰まった魔力を吐き出そうと、過呼吸のような発作を起こし始めた。

 しかし、ランスロットが「ゆっくり息をしろ。大丈夫だ。胸に集まってるものは、異物じゃない」と繰り返し話しかけると、病人の呼吸は次第に落ち着いて行って、発作は止まった。

 息が出来るようになった病人に、ランスロットは「お前の声は、まだ正常とは言えない。ペンと紙を用意するから、異常が起こる前に何があったのかを文章で教えてくれ」と頼んだ。


 久しぶりに、霊体の姿のまま、紙の人形を作った。それに宿ってから、病人の隔離されている独房に侵入する。

 病人は、黙ったまま床に置いた紙に、ペンで文章を綴っている。ラムが独房の中に入ってきたことを察すると、無言で顔を上げた。

「心配するな。危害は加えない。お前の書いた文章を、読ませてもらおうと思ってな」と、ランスロットは声をかける。

 病人はあるページを引き千切って、素早く何か綴った。その紙を差し出してくる。そこには、「全部を書いてから見せる」と書かれていた。

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