24.大成功
ギルドでの仕事を終え、イヴァンが家に帰ってくると、子供達が出迎えた。三歳になったばかりの男の子と女の子の双子だ。
「おかえりなさい」と、二人は声を揃えて言う。
「ああ。ただいま」と、イヴァンは受け応えて、子供達へのお土産の「蛙人形」と言う玩具を渡した。「壊さないように遊びなさい」と、お父さんらしい言葉を添えて。
「イヴァン。おかえりなさい」と、妻の声がする。そちらを観ると、髪を纏めている、だいぶ大人っぽくなったペチュニアが居た。「仕事の方はどう?」
「今の所、何も問題ない」と、イヴァンは答える。「唯、もしかしたら今後、荷物を運ぶ先と『治療』をしなきゃならない人の居る場所が、離れることはあるかも知れない。長旅になるかもな」
「充分問題があるわよ」と、ペチュニアは口を尖らせる。「子供二人の面倒を、私一人で何日看てれば良いの?」
「そんなに長く留守にしないよ」と言って、イヴァンは妻を抱き寄せ、頬にキスをして誤魔化した。「カスパー達の先生にも、挨拶しなきゃならないし。授業料を払う事を考えたら、仕事は多いほうが良い」
「エリスさんは、そんなに強欲じゃないわ。普通に働いてても、月謝くらい払えるわよ」
そんな両親のやり取りを聞いて、双子はもじもじしている。自分達が居るせいで、両親が喧嘩をして居ると思って居るのだ。
「あの……あのね……」と、黒髪の男の子のほうが言う。「エリス先生は、げっしゃ、要らないって言ってた」
「私達を引き取ってくれたから、イヴァン父さんとペチュニア母さんに、むしろお礼をしなくちゃって」と、赤毛の女の子の方も言う。
「カスパー、カリス」と、イヴァンは呼びかけ、屈みこんで子供達と視線を合わせた。「それ、本当の事なのか? 本当に、エリスさんはそんなこと言ってた?」
双子は一生懸命に首を縦に振る。
「困ったな」と、イヴァンは敢えて声に出して言う。「世の中の常識ではな、子供を教育してくれる人には、お礼をしなければならない。だけど、その人が、こっちに『お礼をしたい』と言っている」
双子は、自分達に話しかけられてるのが分かり、若い父親を見て頷いた。
「そうすると、お礼のお礼をお礼で返さなければならない。つまり、月謝は払わなければならない。これは働き甲斐がある」
イヴァンの訳の分からない理論を聞かされ、子供達も妻も、真顔でポカンとしている。
「働き甲斐があるうちに、熱心に働いておいたほうが、人間は幸せになれるんだ。話は纏まった。風呂に入りに行こう。今日は誰の家がお湯を沸かしてる?」
そう言って、イヴァンは強引に話を終わらせた。
ペチュニアは、もらい風呂が出来る親戚の家の名前を挙げ、固形石鹸とタオルを洗面器に入れて、夫と子供達に渡した。
イヴァンったら、何時でも子供っぽいこと言って誤魔化すんだから、と、納得していない気持ちを抑えながら。
イヴァンとペチュニアの夫妻に「養子」の話が来たのは、ほんの数ヶ月前の事である。ペチュニアがかつて例に出していた通り、もらわれる事になったのは赤毛の子と黒髪の子だった。
二人は、まだ幼いせいか、髪を隠して顔だけ見ると、どっちがどっちか分からないくらい、とても良く似ていた。辛うじて、眉毛と睫毛の色で判別できるくらいだ。
孤児院に預けられる子供達を「養子」にもらえないかと、夫婦も養父母登録だけはしてあったのだが、その関係で、「魔力を持った子供を引き取ってもらえないか」と言う話が来たのだ。
その話を持って来てくれた、「エリス・ヴィノ」と名乗る青年と会った時、イヴァンは何処かで見た事があるような気がした。
しかし、珍しい白い髪と雪影のような青い瞳をしているのに、肌がオレンジがかっている……と言う不思議な特徴のほうが気になって、何処で似た人を見た事があるのかは忘れてしまった。
エリス・ヴィノ氏は、元は軍に勤めていたが、「些細な理由」があって退職し、今では孤児達の教育者や扶養者を探すと言う、非営利活動法人に所属して働いているらしい。
本人も、魔力を持つ子供に「合法の範囲で使える術」を教えると言う個人的な活動をしており、その力の正しい使い方を知らなかったために、魔力事件を起こしてしまう子供を減らそうと尽力している。
旅芸人として働いている獣人の少年の、傀儡人形を使っての人形劇は、毎度拍手喝采でもてなされる。
ある時、大きな劇場から声がかかり、獣人の少年は人間大の人形が動く、大掛かりな人形劇を、音楽以外は「一人で」やりこなした。
劇が終わってから拍手をした人々は、再び舞台にスポットライトが当たった時、どう思っただろう。
演者が「全員」登場するはずの舞台には、黄色い髪と青い瞳をした、人間にごく近い姿の、狐耳のある少年が一人だけ立っていたのだ。
「声の演出、人形演出、照明演出、そして、お客様の周りの馨しい花の香りの演出、全て、ラビッジ・アルベール! この超絶技巧を成し得た彼に、今一度、盛大な拍手を!」
そう司会が紹介する言葉に合わせ、ラビッジは手を胸にあてて会釈をする。劇が終わった時以上の拍手が、少年に送られた。
その劇が世間で話題になって間もなく、その少年の所に、手紙が来た。
差出人は、ガルム・セリスティア。
アンの方じゃなくてよかった、と思いながら、ラビッジは手紙を読み始めた。
「親愛なる、ラビッジ・アルベール。調子はどうだい? 僕の方は、まずまずだ。
例の件では、君には感謝してもしきれない。何より、命を狙われてるのが僕だって教えてくれたのは、非常にありがたかった。
それにしても、僕とそっくりに考えて動く傀儡人形なんて、すごい物を作ったね。僕は、そんなに分かりやすい行動をする人間なのかな?
でも、それを成し得るために、沢山の犠牲があったことは分かるよ。レーネが僕の手を取って、お別れを言った時の事を、僕は覚えてるんだ。声を聞いたわけじゃないけど、霊体に記憶がある。
まさか、双神達も、神気体が体に戻った直後に『入れ替わってる』なんて思わなかったんだろうね。
フォーレは元気? 僕の傀儡人形から取り出された後、彼女がちゃんと精霊に戻れたのかは、僕はまだ知らされてないんだ。ジークさんが中々教えてくれなくてね。
それから、カスパーとカリスの事は安心して。ちゃんとした養父母に恵まれて、大人しい良い子に育って行ってる。僕も、度々魔術を教えに行くけど、本当に何でもない普通の子供達なんだ。
彼等にとっては、愛情をくれる両親と、理を教えてくれる魔術の先生が必要だったんだね。
ラビッジ、君達の『復讐』の結末は、そんな所で良いかい? もし、カスパーとカリスが大人になって、その姿を見て、許せない気持ちが湧いても、その怒りは君達の中に留めておいてほしいんだ。
彼等は、ある時点から、全くの別人なんだから」
そこまで読んで、ラビッジは一度便箋を閉じ、封に仕舞いなおした。




