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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
第十章~取り返した未来~
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23.笑う死神

 急ブレーキが戻ってくるような音を立てながら、それは空間に急接近してきた。

 双神が、魂を包むために作っている物質外物質と同じ組成の殻で身を守り、空間の中で唯一床がある白いピラミッドの天辺に、隕石のように着地した。

 新しい目的のために情報を集めていた双神は、空間を叩いた衝撃音に気付き、百合の咲き誇る水園の水面を、ピラミッドの方に走った。

 しかし、()()は接近を許さなかった。

「驕るな! 呪い児!」と、かつて双子を諫めた者達の声が、重複して響く。

 水園のあちこちから、人間が湧いてくる。老人から子供まで、どれも「遥か昔」に見た事のある姿をして。

 ピラミッドの方からは、青白い顔をしている腹の大きな女性が、高くまで続く階段を降りてくる所だった。

「私の命を壊して生れて来たから」と、その女性は言う。「世界を壊す事ばかりを考えるのかしら」

 意識感化だ、と、双神の女の方は気づいた。反射的に目をそらし、きょうだいのほうを見る。

 男の方は、魅入られたように「母なる者」を見つめ返していた。

「魔力さえなければ、世界は『正しくなるはずだ』なんて」と、腹の大きな女性は言葉を続ける。「『正しい』はずの歴史を辿って、『正しい』はずの未来を得れば、『誤り』は正されると思うの?」

 赤毛の女は、頭の中に鳴り響くような声に、耳を塞いだ。取り込まれつつある片割れを助けようと、黒髪の男の方に数歩踏み出す。その足首を、水の中から湧いてくる人間の手が捕んだ。

 女は水面に倒れた。無数の腕が、女の身に絡みつき、指を食い立てて、水の底に引き込もうとする。

 魔力を維持している間は、水面の位置を保てるはずだ。そう、魔力を維持している間は。

「『魔力の無い正しい世界』を望むのに」と、水面まで下りて来た母なる者は言う。「どうしてあなた達は、『魔力』に縋っているのかしら」

 その手には、一振りのナイフがあった。三日月のように弧を描き、銀色に輝いている。

「自分達だけは、特別な存在で居たいの? 神として君臨したいの? それは、あまりにも矛盾している。だって、あなた達は……」

「カスパー!」と、赤毛の女は、水面に頬を押し付けられながら、叫んだ。「カスパー! 聞くな! グレース・ジェンナー! そいつが……そいつが私達の未来を殺したんだ!」

 その叫び声を聞いて、母なる者は、ナイフを振り上げ、亀裂のような笑みを浮かべた。

「人間なのだから」

 魅入られたままの黒髪の男は、首をナイフで貫かれた。刃の切れ味は見事と言えるほどで、黒髪の男の頭が、皮膚一枚を残して斜めに傾いだ。

 魔力を発さなくなった体が、ずぶりと水園の中に沈む。その身の沈んだ場所から、赤黒い液体が広がった。

 百合の花の隙間から、その様子を見た赤毛の女は、瞼が凍り付いたように、視線を動かせなくなった。

 ゆっくりと、母なる者の姿をした死神は、娘の方に近づいて来る。

 血だらけのナイフを持って、首を少しずつ左右に動かし、あやすように声をかけながら。

「カリス。カリス? カリス?良い子ね?」

「うるさい!」と、赤毛の女は言霊に抵抗する。「うるさい、うるさい! お前なんかが、お前なんかの手で……。お前なんかに……殺される気は、ない!」

 そう叫んだ時、呪縛が解けた。

 ついさっきまで、完全に忘却していたのだ。魔力を以て反撃する事を。

 赤毛の女――カリス――は、片手を水面に付き、硬いものを握りつぶすような動作をした。水の中に居た「人間達」が、割れるように一気に潰れて破片を散らす。

 傀儡人形(パペットドール)だ。

 カリスはそう気づき、急いで体を起こし、辺りを見回した。

 何処かに居るはずだ。あの獣人の少年が。だが、完全に封印していたはずの空間に、奴等ごときが侵入できるはずがない。魔力量も神気の含有量も、こちらの方が遥かに上なのだから。

 しかし、あるはずがない状況が、今起こっている。死神は、相変わらず微笑みながら、こちらに歩んできているのだ。

 カリスは、水園を走り、ガルム・セリスティアから取り出した「魂」のある場所に急いだ。あいつの持っていた魔力と神気を使えれば、二人分の働きは出来る。

 が、その歩を遮る者があった。黒い服の人物が、ひらりと舞い降りるように水面に降り立ち、「魂」を守るように、強固で巨大な結界を展開する。

 舞い降りた黒服の術師は、朱緋色の瞳をした、黒髪の女。ガブリエルだ。その瞳は、真紅と言って良いほど赤く染まり、体の周りに、かつての彼女には無かった型の神気を纏っている。

 そうか、こいつの能力で増幅を……。

 カリスは直感的に思った。

 ガブリエルは、何処かで大量の贄を得たのだ。それにより、短期間で双神達と同等の能力を発現できるようになった。

 だからこそ、誰を操ろうかと「外」を探しても、アウレリアしか見つからなかったのかも知れない。アウレリアだけが、都合よく、アン・セリスティアと一緒に外出していた。

 そして、都合よく、こちら側の意識感化に乗っ取られた。

「お前達……」と、カリスは言葉を言いかけ、言霊に切り替えた。「分かっているぞ! 何処に隠れている! ラビッジ!」

 そう叫んでから、声に魔力を込めたまま、脅し続ける。「お前達が残った所で、何が出来る? 不確定な未来を、切り抜けられると思って居るのか?!」

「出来るさ」と、目の前のガブリエルが答えた。「お前のように、『邪魔』をする者が居なくなればな」

 その言葉に籠る言霊に、カリスは抗う。「ほう。私達を邪魔だと?」

「私達?」と、ガブリエルは切り返した。「誰の事を言っている?」

 そう言われて、カリスは沸騰した頭の中で、自分の片割れがさっき殺された事を思い出した。

 絶対にあり得るはずがない。私達の存在は、永遠であり、私達こそが、未来を創り出せるのだ。そうだ、きっと、蘇生すれば間に合う。そのためにも、「魂」の魔力を……。

 行く手を妨げる結界に両手を当て、手の平を焼かれながら、カリスは両手に魔力と神気を込める。白い光が、ガブリエルの結界に僅かな皹を入らせた。

「がぁあああああああ!」と、力を込める声を発し、カリスはどんどん力を集中する。だが、ガブリエルの結界は砕けない。

「もう、おやめなさい」と、母なる者の声が、耳元で聞こえた。カリスは片手を結界から離し、真後ろに居た傀儡人形(パペットドール)の頭を掴んだ。

 その人形の顔は、きょうだいのそれと変わっている。一瞬怯んだと同時に、もう片手に掴んでいた結界が消えた。カリスの体がバランスを失う。

 その隙を逃さず、ガブリエルは、爆風を伴う氷の塊をカリスの体に叩きつけた。

 体中を押しつぶすような圧を受け、カリスの体は水面から跳ね上がって宙を舞う。

 全身の骨が砕けたのが分かった。頭蓋骨もダメージを受けたが、砕けた骨が右脳に刺さっただけなので、言語野は生きていた。

 治癒を……と考えても、ついさっきまで高出力を維持していた魔力は回復していない。

 私達は、二人居ないとだめなんだ。二人で生まれてきて、二人で世界を導いて……もう少しで、「未来」が始まるはずだったのに。

 カリスの体は、ピラミッドの階段の一番下に、体中の関節も骨もおかしな方向を向いたまま落下した。もう痛みも感じない。

 其処に、死神が来た。

 双子のきょうだいの顔をした其れは、笑顔を浮かべ、血だらけのナイフを、姉の胸の上にかざした。

 ――もう良いよ。殺せよ。

 カリスはそう念じたが、意思を持たない傀儡人形(パペットドール)は、作り笑顔のまま、まだ動いている心臓に、冷淡にナイフを突き立てただけだった。

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