21.あるべき姿を探す者
百合の咲く水園の中に、複数の光の渦のような物が燈っていた。双神はその渦の中の「現在軸」を眺めている。
主に、灯台のある岬で、死霊使いと攻防中のアン・セリスティアの様子と、明識洛の都市で「渇き人」と攻防中のガルム・セリスティアの様子を見ているようだ。
「アウレリアを持続させられるのはどのくらいだろう?」と、黒い髪の男のほうが言う。
「持って後二時間」と、赤毛の女のほうが言う。「流石に、老いた人間はリミッターを外しても持たないものね」
「仕方あるまい。『渇き人』の方も、一対一で勝てるかどうかだ。何しろ、『敵』が銃器を手に入れてしまった」
その言葉を聞いて、赤毛の女は黒髪の男が見ている光の渦の方に手を触れる。
渦が拡大し、その向こうが見えた。
ガルムの神気体は、術のかかった弾丸の入っているショットガンを構え、獣のような体毛の生えている四つ足走りの人間と言った様子の、「渇き人」のほうに、走り込んで行っている所だった。
「渇き人」も、これ幸いと敵の方に牙をむきながら疾走する。
ガルムは一定の距離で足を止め、目標に向かって至近距離から弾を撃ち込んだ。狙いは体毛の薄い眉間。
唯の短銃では傷も付けられなかった「渇き人」の皮膚と体毛に、擦り傷のような痕が出来た。続けて、痕のついた箇所に二発目を撃ち込む。擦り傷は同じ個所を何度も乱雑に切ったような切り傷になった。
リロードの隙をついて「渇き人」は牙で食い掛るが、ガルムは一瞬早く後方に跳躍し、アンナイトの翼で離れた場所に飛翔した。
時間を得た「渇き人」は、自分の額に治癒をかける。
その隙にショットガンをリロードしてから、ガルムはライフルに持ち変える。スコープを覗くと、「渇き人」の体の一部が見える。見えたのは胸の辺りだ。
弾丸を撃ち出す時に、銃を持っている人物の魔力波が仕込まれる。弾は銃口を通る時に術が刻まれ、着弾と同時に起動する。その時に撃った弾丸は、「火炎」の術を纏っていたらしい。
弾丸が抉った胸部から、「渇き人」の全身に炎が回る。血みどろに成りながらも、よく乾いていた獣の体毛は、鉄の焼ける匂いをさせて燃え上がった。
「渇き人」は、身に纏いつく炎を消そうと、地面を転がり、たまたま車から零れていたガソリンに引火させた。
トーキーで聞く効果音ほど派手ではないが、そこそこの爆発音が鳴り、壊れて乗り捨てられていた車が炎上し始める。
既に道が封鎖されて居なかったら、ちょっとした「恐ろしいこと」になっていたかも知れない。
ライオットポリスの車両に積まれていた銃器の中では、自動小銃が一番攻撃性が高かったが、ガルムはそれを選ぶことを遠慮した。
下手に有能な銃器を使うと、「渇き人」を始末する前に、町が壊れるだろう。
特に、大量の弾丸を撃ち出す自動小銃――マシンガンと呼ばれる物――の扱いを間違えれば、流れ弾でビル群が倒壊するかもしれない。
なので、ガルムは目標に自力で近づいては、近距離でショットガンの連射をお見舞いし、皮膚に傷がつけられたら距離を取ってライフルで攻撃すると言う、地道な方法で、相手のダメージを稼いで居た。
「華の無い戦い」と、光る渦から手を離し、赤毛の女は言う。「もっと盛り上がる展開は考えられないのかしらね」
「観客が盛り上がる戦いをしても、その後に利益が無いからだろう」と、黒髪の男は言う。「観てるのは我々と、公共放送の視聴者だけだしね」
「スクープ記事の見出しは?」と、赤毛の女が言う。
別の光の渦の中を覗き、男は答える。
「『巨大魔獣 一兵士の手により殺傷』」
どうやら、明日の朝刊の記事を観ているようだ。女は目を閉じ、諦めた。
「そこまで結果は出ているか」
そう言って、自分の赤毛を撫でてから、「じゃぁ、私が出る。『渇き人』は、まだ使えるでしょ?」と述べた。
男の方は町の中の戦況を観ながら確認する。
「外側から焼かれても、内側から回復させてる。あの少年を驚かせる方法として、攻撃が止んだ隙に完全回復させるのが有効だろう」
女は神官の服の袖をたくし上げ、利き手である右手を、鋭い爪と関節を持った金属的な甲羅で覆い、自身の魔力波を消した。
「準備完了。タイミングを合わせて」
「了解。三つ数えるよ」
ゆっくりとしたカウントダウンが始まり、「一」が唱えられた拍で、赤毛の女は、光る渦の中に甲羅で覆われた腕を突き入れた。
ようやく目標の足元がふらつくような気配が見え、安心しかけたガルムの目の前で、「渇き人」はアスファルトに手足を食い立たせ、狼の声で遠吠えを上げた。
焼け焦げて一部がケロイドになっていた皮膚に、瞬く間に新しい体毛が生える。
「第二形態?」と、ガルムは冗談を口にした。
その私語と油断の間に、アンナイトのガードが遅れた。
背後の「無」から伸びてきた、黒い爪と甲羅を持つ腕が、ガルムの背から神気体の中央を抉った。
神気体の内部にある霊体の中を爪でまさぐられ、その内で燈っている「魂」を掴まれた。その腕は、何事もないように後方の「無」の中へ戻って行った。
アンナイトは、操縦者が自身をコントロールするすべを失ったことを察し、高圧のエネルギーフィールドを展開した。
神気体の周りだけではなく、「渇き人」も、大通りの広い車道も、ビルの一部も飲み込むくらいのフィールドだ。
人間と翼の形に凝縮されていた神気が、宙に浮き、発光し始める。
「渇き人」が、その危険に気付く前に、神気体のエネルギーは氾濫を起こし、フィールド内にある全ての物質を光の下に焼き尽くした。
明日の新聞の記事が変わらなくても、双神達は気にしないだろう。
何せ、自分達で手を下すことになったと言っても、しっかりと「ガルム・セリスティア」を抹殺できたのだから。
ガラス球のような物質外物質で覆った、その魂の花は、青と緋色の炎を燈し、時々銀と緑に光った。
「姉の物とよく似ているね」と、黒髪の男は赤毛の女に声をかける。「長い時間をかけて、此処まで成長させたのだろうに」
「何の話?」と、ガルムの魂を握っている女は、白けたように訊ねる。
男は静かに答えた。
「彼等は『対・永劫の者』のために作られた。私達が時間軸を移動するようになってから、何百年か経ったけど、私達の方はまるで無視して、彼女は『永劫の者の排除』だけを考えていたんだ」
「それがどうかした?」と、女は大した事じゃないと言う風に言う。
「どうもしないよ。それが頭に浮かんだだけだ」と、男は穏やかに述べてから、「さぁ、これからも大変だ。ちゃんと調節して行かなくちゃ。『機械的発達期』が訪れるように」と続けた。
赤毛の女は、つくづくと言う。
「やっと、『何事もない未来』に出会えるのね」
「いや、『何事もない』わけじゃない」と、男は述べ、無表情だった口元を笑ませた。「『そうあるべき未来』だよ」




