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ストリングトーンの虹へ向けて  作者: 夜霧ランプ
エピソード集
41/433

ラムの仮宿暮らし2

 シャワー室で全身を洗い、伸びて来ていた髭を剃り、衣服を着替えた。髪の毛はある程度の長さで適当に切ってから、清掃局の所在地である町の理髪店で整えてもらった。

 そして、飯を食い、喉を潤し、医務室を借りて十六時間ほど眠って起きた。

 不死と引き換えに永遠に眠れなくなっていた病人の体は、見る間に回復した。

 まともな姿になってから鏡を見てみると、瘦せこけてはいるが、歯も欠けていないし、中々凛々しい中年男である。

「ふーん。これが、あんな姿にね…」と、病んでいた魔性の口から、ランスロットの声がする。「レヴィン。不死不眠の治療方法は、まだ確立されてないのか?」

「ああ。何せ、病人達は、どれももう意識が保てないくらいになってから見つけられてるんでね」と、医務室の主レヴィンが言う。「何処で感染したのかも、何が原因なのかも、さっぱり。今の所分ってるのは、『何等かの強力な魔力に侵食された』って事だけだ」

「それだけ分かってるのに、手の打ちようは?」と、ラム。

「無い。感染を広げないのだけで精一杯だ」と、レヴィンは答え、「お前も、結界の中に戻るまではその体から出るなよ」と念を押した。


 不老不死不眠症候群。文字通り、不老不死を得ると同時に「決して睡眠が得られない体になる」事で様々な症状を併発する病だ。病の初期は普通の不眠症に似ていて、栄養を補ったり、ストレスを緩和したりすると、運が良ければ数時間眠れる。

 病の中期段階になると、ある程度の纏まった睡眠をとるために睡眠薬が必要になる。次第に睡眠薬も効かなくなって行き、カフェインの摂取量を減らそうが、どれだけ食べてどれだけ身体を疲れさせようが、一時間程度うとうとできるかできないかになる。

 次の段階に入ると、強力な睡眠薬でも眠れなくなり、発狂したり、幻覚や白昼夢に悩まされるようになる。

 その状態で、体が病の発症期間から老いていないと判断されると、「不老不死不眠症候群」の病名がつく。

 病名がつく頃には、自力で正常な行動を行なったりは出来なくなっており、意識は朦朧としていて正気でいられる患者は少ない。

 子供が不死不眠にかかると、体の成長が一定から全く変化しなくなるので、大人の不死不眠よりは発見が早い。その子供達のデータから「魔力による意識の侵食」であると言う事は分かってきた。

 通常の状態だったら、睡眠が取れなくても、体を横たえて目を閉じれば、ある程度の休息は得られる。しかし、この不死不眠症候群は、患者本人が自分の意思で体の状態を保てないと言うおまけの症状がついてくる。

 目閉じていることが不安になり、常に体を動かしていないと――最低でも、体を起こしておかないと――ならないと言う恐怖に駆られる。

 とある医者が不死不眠症候群の患者から感染した事例では、患者と触れ合った五年間の年月の間にゆっくりと病が進行し、患者が自力での行動が不可能になった時点で、医者自身も「おかしな不眠症」を発症していることに気づいた。

 その医者は「常に考え続けなければならない」と言う強迫観念の症状を持っており、考え続けていないと不安に駆られ、眠りによって考えが妨げられるのを嫌った。その医者は不死不眠の患者の「研究記録」を書いていたが、その内容は次第に支離滅裂になって行き、最終的には自分の見ている白昼夢を書き止める内容になっていた。

 その中の一節は、ファルコン清掃局の記録にもあった。

「医師だった者は言う。『黒い影が常に私の周りに纏わりついている。これに体を侵食されては成らない。一定時間で悪魔に心臓を掴まれる。拍動がおかしくなる。深く息を吸うと、まとわりついている影が体に侵入してくる。浅く、素早く息を吸わなければならない。

 遠くの方で私を呼ぶ声がする。そちらのほうに行っては成らない。子供達は永遠に子供達だ。関節が固まってしまう。身体を動かし続けなければ、強張って冷たくなる』。そう話し続けながら、彼は忙しなく独房の中を歩き回り、体中の関節を動かし、どれだけ疲労困憊しても、決して背を横たえようとはしなかった」と。


 レヴィンは、ラムが憑依する事で、「不死不眠」の者も睡眠が取れると言うデータを得た。そうなると、ハードウェアの問題ではないのだろう。であるが、ソフトウェアである他者の霊体が憑依する事で「不死不眠」が解消できるのかどうかは、実験を繰り返さないと断定はできない。

「所で」と、ラムは仮宿の中から、レヴィンに向けて言う。「なんで、不死不眠の患者なんて独房に置いておいたんだ?」

「お前達がアーヴィングの領地でドンパチやってる間に、別の土地で『ゴミ屋敷』を清掃する事があったんだ」と、レヴィンは語る。「そのゴミ屋敷の中で『歌い続けている男の声がする』と言う通報があって、警察と、うちの局員達が呼ばれた。そこで発見したのが、その体だ。その男の世話をしていた妻は、老齢になって衰弱死していた」

「妻が老衰する年齢で、この男の見た目が……四十代って所か。確かに、不老にはなるんだな」と言いながら、ラムは医務室の鏡をじっと見つめ続ける。

「お前、中年の男に興味があるのか?」と、レヴィンは揶揄(からか)うように言い出した。

「興味はない。仮宿だから見てるだけだ」と、ラムはレヴィンの言った言葉の含みを全く理解せずに返す。「レヴィン。お前としては、この体は研究対象にあたるわけだが。興味はないのか?」

「それは……。まぁ、どの検体を見ても、ほとんど同じ症状だからな」と、レヴィンは答えながら、自分の言った含みを意識してしまい、首の後ろが肌寒くなったような気がして指で搔いた。


 ファルコン清掃局は、所属するメンバーも多いが、それ以上に「掃除現場で発見された検体」が多数保存されている。

 その検体を扱える者達は、清掃以外の仕事として、検体を研究をしたり、新しい機械や術式の開発に知力と労力を注ぐ。ラムの顔見知りであるフィン・マーヴェルも、そんな研究と開発に勤しんでいる一人だ。

 霊体を回復させる間には、健康な生活をする以外、特に何もすることが無いラム・ランスロットは、暇つぶしにフィンの最近の研究対象が何かを聞きに行ってみた。

 一昨日くらいまで検体だった者が局内を普通に歩いているので、廊下ですれ違う局員達は、みんな「おや?」と言う表情をし、二度見したり振り返ったりする。

 そう言う反応になるだろうな、と思いながら、フィンの所属しているオフィスのドアをノックして顔を出すと、その部署の局員達の表情が固まった。

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